2008年3月18日
甲午農民戦争とは
老馬新聞

井上勝生さんの論考「甲午農民戦争(東学農民戦争)と日本軍」の冒頭に甲午農民戦争の性格、経過概略が簡明にまとめられてあるので書写しておきたい。


甲午農民戦争(東学農民戦争)は1894(明治27)年に朝鮮でおきた反封建反侵略の一大農民反乱である。

朝鮮近代史の出発点をなすとともに、朝鮮近代史の上で最大の民衆運動になった。

二月に全琫準に指導されて東学徒を中心に農民が結集して全羅北道古阜で蜂起し、全羅道を席巻してソウルに進軍しようとしたが

東学農民軍鎮圧を名目に朝鮮に出兵していた日清両国軍の侵略の動きをみて、六月に政府軍と和訳を結んだ。

七月、日清両国が戦争を始めると反侵略の際蜂起を準備し、十月に一斉に第二次の蜂起をした。

第二次の東学農民軍の蜂起は日清戦争のために朝鮮に侵入した日本軍の排撃を主張し、近代的なライフル銃と小隊操練の組織戦力を備えた日本軍と日本軍に指揮された朝鮮政府軍の弾圧に会って鎮圧された。


年表(メモ)
1894(明治27)年  二月東学農民軍、古阜で蜂起
同年          五月 東学農民軍総決起 全琫準、総大将となりソウルを目指す
同年          六月 全州和約を締結して終戦
同年          七月 再蜂起準備に入り
同年          十月 第二次蜂起
同年          同月 大本営直轄後備歩兵第一九大隊(東学党討滅隊)を派遣
同年          十一月~十二月 公州攻防戦で東学農民軍敗北
1895(明治28)年  三月 全琫準処刑される
同年          四月 日清講和条約(下関条約)締結
同年          一〇月 三浦公使、「ロシア派」閔妃を殺害