海南新聞韓国関係記事
08年12月19日 金曜日
1895(明治28)年11月14日付

●殉国者の葬儀
和気郡和気村出身陸軍一等兵鵜高春吉氏は 客歳日清△を啓くに当り召集に応じ 後備十連隊に編ぜられ渡韓以来東徒鎮定に従事し其他功不尠(すくなから)ざりしが 一朝病魔の犯すところとなり 客月(※先月・十月)八日敢なくも韓山の露と消えしに付き 其遺骨郷里に帰着せしを以て去る八日葬儀を同村太山寺に執行せり 会葬者は同郡各町村長 同村兵事会員 赤十字社員 学校生徒其他有志等千有余名にして 式場に於て僧侶の読経村長其他二三の吊詞等ありて盛大なりしと


参考(再)
東学農民軍弾圧に動員された部隊
        井上勝生「甲午農民戦争(東学農民戦争)と日本軍」による

日本軍は約二〇〇〇名 朝鮮政府軍は約二八〇〇名
後備歩兵第十九大隊は日本軍全軍の三分の一弱
東学農民軍の死者は五万人そ推測されている


○後備歩兵第十九大隊(四国四県で編成 中隊は総員221名 ) 
  第一中隊(東路進軍)
  第二中隊(西路進軍)
  第三中隊
(中路進軍)
○後備歩兵第十八大隊(広島)
  第一中隊(忠州方面)
○後備歩兵第十連隊
  第四中隊(広島、愛媛、徳島)

○後備歩兵第六連隊 (愛知 岐阜 三重 福井 富山)
  第四中隊(黄海道方面)
  第六中隊(洪州方面)
  第七中隊(一部が黄海道方面)
  第八中隊(一部が黄海道方面)