海南新聞韓国関係記事
08年12月19日 金曜日
1895(明治28)年9月4日付

●病死兵の葬儀
風早郡粟井村大字久保後備輜重輸卒河野十蔵氏は渡韓の命を受け昨年十一月七日朝鮮国仁川に着し 東学党征討軍に加入し龍山万里倉を出で所々転戦中 不幸にして脚気症に罹り 本年七月十一日朝鮮国南部仁川兵站病院に於て死去し 其遺髪故郷へ到着に付き 去る(※八月)三十一日午後二時出棺 同村同大字池田の墓地に於て仏式葬儀を執行せり 祭主は同村真福寺住職太田和瑞隆氏外七名、同郡地方各村長、村役場吏員、村会議員、駐在所巡査、在郷兵、休暇兵、赤十字社員、兵事会員、学校教員及び生徒、青年倶楽部員 其他有志等 会葬者五百余名にして在郷兵より「吊慰忠魂」と記せし赤旗 及び有志より「名誉義魂」 青年倶楽部より「忠魂輝天地」と記せし同品を贈り盛大なる葬儀なりしと云ふ