海南新聞韓国関係記事
December 18, 2008
1895(明治28)年3月5日付
雑報●広島特報(三月三日発) 真鍋俊雄  

東徒平穏に帰す

二月二十八日午前十一時五十分仁川発同午后四時釜山発三月一日午后五時五十分着の電報に曰く

忠清道は静穏に帰し目下顧慮を要せざるを以て 山林大尉の率いる諸隊は各任地に帰らしめ 東徒の接主閔センユウは公使館に護送せり 後備歩兵第十九大隊は本日龍山に帰着したり 帰途礼山県に於て 支那人十四名を捕縛し公使館に護送す 此支那人は商人と称し 各市場を巡回し 支那軍艦十八艘 仁川に攻め来たり又た倭軍は大敗し近日支那の大軍朝鮮に来る抔 風説をなし韓民を△△したるものなり

                      釜山 伊東野 兵站司令官
川上兵站総監