海南新聞韓国関係記事
December 18, 2008
1895(明治28)年1月20日付
●広島特報 
一月十八日発 
真鍋 俊雄報
東学党攻撃(大本営掲示第二百六十五号)
一月十七日午前十時十分釜山発同日午後三時三十分着の電報に曰く

忠清道報恩方位の東徒攻撃の為め派遣したる洛東、大邱の守備兵は去る十二日の夜及び十三日朝東徒を攻撃して彼れを潰散せしめたり 測量護衛隊の桑原中尉(※後備歩兵第十九大隊)は負傷、東徒の負傷は数百なりとの報ありたり
                            釜山今橋兵站司令官
川上兵站総監


一月十七日午前十時廿分仁川発同日十一時釜山発同日一時四十分着の電報に曰く

洛東飛鳥井少佐の報に依れば当地方より報恩付近に向ひたる我兵は十二日午後十時夜襲して賊を破り 翌午前七時更に進んで攻撃し 同九時に至り賊北方に潰走せり 此役 桑原少尉微傷 東徒死傷者数百 分捕牛馬数十 武器数多なり
                            仁川伊東兵站司令官
川上兵站総監