海南新聞
1895(明治28)年
1月10日
老馬新聞

1895(明治28)年1月10日

●風雲変態録


 ※井上馨が伊藤博文内閣の駐朝鮮日本公使朝鮮に乗り込み朝鮮内政改革推進を強硬に要求する。アメリカが「年次改革要望書」で郵政民営化など市場原理主義による全面改革を強要したのと同じである。改革実施を渋る朝鮮国王に対して井上公使がどう談判したか、この風雲変態録はその談判の様子を伝える長文の記事である。全文を書写する余裕がないのでごく一部のみここに掲げる。後備歩兵第十九大隊など東学党勦討兵の外交上の役割が分る。



前言屡々奏したるが如く 本使(※井上公使=私)が貴国内政の事に成功なし と断念するに至れるは 卒爾の浅慮に出でたるにあらずして 千思万考の結果なれば 今更意を翻すを得ず 

凡そ物表裏の別あり 縦へば陛下(※大君主=朝鮮国王)は表面上断行すべしとせらる丶も 裏面の情況は決して然らず 今より以後本使は毫末も貴国内政に是非する所非ざるべし 

故に陛下は中宮なり 其の他の大院君なり 何人なりとも御協議ありて御思召の儘に国政を御挙行遊ばさるべく 
又閔氏なり東学党なり何人なりと相謀議せらる丶も可ならん 去る代りに本使は貴政府の請に応じたる東学党勦討兵も引揚げを命じ 一兵だも貴国の為め力を致すを得ざらしめん (太字ママ) 尤も本使は当然職務に於て 貴政府と交渉し 我国人の東学党の為めに殺害せらる丶か mは利益を害せらる丶あらば 貴政府の存在ある限りは之に向て談判を試 若し貴政府の力之を懲治する能はざるときはや 止むを得ず我兵力を以て其罪を問ふの手段に及び 毫も顧避する所なく 貴国に対する誠意厚誼は自今全く之を擲つの外非ざるべし 請ふ 予め之を諒せられんことを言上す