海南新聞
1894(明治27)年
9月4日
老馬新聞

1894(明治27)年9月4日

●韓人の軍用線妨害に就いて

 京釜間電線架設の前後に於て 彼れ韓人の之れに妨害を与へ 且不通に至らしめたるもの数次 去る二十九日 復た之れに該を与へて鳳凰台と陳安の間を不通に帰せしめたり 今や平壌一帯の風雲は所謂間髪を容れざるの危機に迫り 衆皆な領(うなじ)を延(ひい)て韓山の急報に接せん事を望めり 此の時に当り 最も我れの頼みとする軍用線を断ち 一日片時と雖ども其の通信の路を途絶す 其の不便不利果して幾何ぞ 仍(より)て 其の筋に於ても大に此に顧慮する処ありしが 遂に在京城我が公使館に照会し 即ち韓廷をして急に一個と軍用線保護法を制せしめ 且つ地方官に厳達せいて最も厳密なる取締の手続を設け以て彼等の妨害を根絶せしめんとの議 既に内決するい至りたりと