海南新聞
1894(明治27)年
9月4日
老馬新聞

1895(明治27)年9月4日

●東学党の再蜂起 ((日本を敵とする))

 東学党に関しては 我国にても同情を表するものあり また表すべき事情もありしが 今や該党中に頑愚なる分子は 日本を敵として起るものあり 回顧すれば東学党は 日清 兵を出だすに遇ふて 禽奔獣散 一事其影を蔵(か)くせしが 過日来またまた全羅道起りしこと 之れを当時の紙上に報ぜり 然るに尚ほ聞く所に依れば慶尚道 烏嶺(うれい※鳥嶺か)に於て 此頃再び其旗をかかげて起りしものあり 其言ふ所を聞くに 朝鮮官吏にして日本の為めに奔走し人夫を募るなどの便宜を与ふる官吏は 一切之を斬殺すべしと声言するにありと云ふ 抑(そもそ)も全羅道の再起暴徒は其後別に聞く所なければ もとより一揆的に一時勢力と有せしものならんが 今彼等が烏嶺(※鳥嶺か)の嶮に拠らんとするに至ては由々しきことを生ぜずとも言ひがたしと思はる 去りながら 我兵は疾くは烏嶺(※鳥嶺か)の嶮をを扼(やく)しあり 且つこの再興起も漸やく鎮撫につく傾きありと云へば 先づ安心すべしとの事なり 改革の何物たるを知らず漫(みだ)り習旧古慣に依りて騒ぐの徒は 早晩文明の光の前に屈服する猶ほ我維新時代の如くならんと云ふ


●軍用電線開通
 京釜間軍用電線の鳳凰台 陳安の間に於て不通となりしことは一昨日の号外に記せしが右は修繕の手廻し最も迅速にして 去三十日午前一時より開通したる由 其筋へ電報ありしと、従来電 信の不通の多くは 韓人の所業に因する事は本誌再三記載する所 然るに昨今又一怪報を伝ふるものあり 此程大邱付近に於て 窃かに 地雷火を埋設しつつありたる支那人両三名が工兵隊の手に縛せられたりと 此事もし事実なりとせば 今日軍用線に妨害を加ふるものは 或は忠清道其他に潜伏する支那人の所為には非ざるか 是最も掃討を厳にして以て其の実否を明らかにすべき一大急務なりと 其向の人は云へり