海南新聞
1894(明治27)年
8月22日
老馬新聞

1895(明治27)年8月22日

●日本の壮士東学党の巨魁を訪ふ

 牙山陥落数日前のことなりとか 在京城の日本医師近藤某壮士 海浦某の両人は相携へて京城を出発 全州に赴き 東学党の巨魁崔を尋ねて之れに面会し 朝鮮新内閣組織のこと 新政の方針及び日本軍隊の挙動 清兵に対する勝利の模様 日本政府国民の意見等を諄々と解き明かせしに 崔は大に感服し気色面(おもて)に溢れ 部下に命じ酒肴を用意させ 三人携えて後園の緑陰に杯を傾け尚種々の談話をなせしに 東学党も 是迄は幾分か清兵に重きを置しがこんにちは断じて清兵を排斥し 朝鮮のため日本の為め一面を受持ちて清兵を拒(ふせ)ぎ 到底朝鮮独立の大声援をなすべしと答へ 近藤海浦より贈りし毛布(げっと)日本刀に対し 韓銭三十貫文と韓馬二頭を返礼し 三人は将来兄弟の交際をなさんと約し 混同海浦二人は崔と手を分かつて京城に帰りしが 其時は恰も牙山陥落を過ぐる二三日の後にありしと云ふ


※※忘暮楼メモ※※
東学党に崔済愚(〜1864))、崔時享(〜1898)
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