海南新聞
1894(明治27)年
8月4日
老馬新聞

1895(明治27)年8月4日

兵士の家族救助に遅々すべからず

 臨時召集に逢ひし予備 後備の家族にして差し当たり救はざるばからざる者甚だ多きを聞く、彼れ現役兵の如きは身未だ家を成さざる者多しと雖ども、予備 後備に至つては三十既に身を立て家を成す者多く、営々妻子を養ふに余念なき時 遽然(げきぜん)臨時召集に逢ふ、恒の産ある者にあらざるよりは其の家族の窮する当に然るべき所とす。

彼等兵士は国家の多難に当り国民に代わりて其身命を犠牲に供するものなり、其双肩には国家の安危を担ふ、彼等は一死以て国家に奉ずるを天職とすると雖も、国民に代わつて其衝に立つを思はば吾人同胞たるもの豈何ぞ其家族の窮乏を坐視閑観するに忍びんや、吾人は国民の義務として其救助策を講じ 彼れ等兵士をして内顧の煩無からしめざるべからず。

救助の方法果して如何。有志の義捐、市町村の救助等已むを得ずんば其方法一二にして止まざるなり。然れども我輩が信ずる処を以て云はば、有志の義捐よりも寧ろ市町村の公けなる救助を以て正当の法と信ず、既に之を前述するが如く 其家族を救助するは之を慈善と云ふよりも寧ろ国民の公義務をす、然らば之を一部有志の義捐に託せずして一般人民の手に救助するは国民が其公義務を果たし得るの理にあらずや。

加之(しかのみならず)市町村費を以て之を救助せんか、其の決議を変更するにあらざるよりは長く其方針を転ずる事なく、其供給すべき費用は最初議定の額を以て始終かはる事なかるべく、被救助者をして安心を為さしむるは彼れ有志の義捐よりも確然なるものとす

夫れ有志の義捐たるや、其の応募金額之を予定し得べきものにあらず、且つ始終一定の義捐を募集し得べき望みあるものにあらず、甚だ不確定なるものなるべし、仮(よ)し 一歩譲りて有志の義捐も尚ほ之を採用すべきものなりとするも、その先後を論ぜば正に市町村救助を以て先きとし、之れに次ぐに有志の義捐を以てすべきなり

余輩は其優劣に就て尚ほ論すべきものあるを知る、然れども茲(ここ)に多弁を費やさざるなり、唯だ国民の公義務なる事を陳じて一般人民の手に救助すべきものなる事を論ぜば我事足る、市町村会は急に臨時会を開設して 此の救助方法を講ずるに遅々すばからざるなり。

※※忘暮楼メモ※※
明治22年改正(昭和2年まで)
陸軍の場合
現役(3年:20歳〜22歳)
→予備役(4年:23歳〜26歳)
→後備兵役(5年:27歳〜31歳)
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 電 報


●宣戦の公布
二日午後九時四十三分東京特発

只今 詔勅を以て宣戦を交付されたり