海南新聞
1894(明治27)年
7月1日
老馬新聞

1894(明治27)年7月1日


雑報


●仁川通信(廿一日発)
 ▲仁川の警備頗る厳 東学党の勢 日に猖獗を極め 朝鮮政府の微弱なる 竟に独力内覧を鎮定する能はずして 清兵の来援を乞ふに至るや 我が日本政府又た事態の看過す可からざるを知り 出兵陸続 今や既に京城、仁川、釜山には日本の陸兵満々たり(以下略)

●愛媛義勇団の趣意書 朝鮮の変報以来 我が忠憤義烈の士は 各処に義勇兵を募り 鞭を揚げて将に豚尾漢の頭に加へんとするもの多し 由来愛国心に富める国民の挙措として然るべきなり 我が地方亦た義勇団を企つるものあり 其趣意書左の如し

    愛媛県義勇団趣意書
鶏林の警報一度天下に伝はるや 我忠憤義烈の士は愛国の熱情脈々として勃興し奮然身を挺して義勇団体を組織するもの尠しとせず 真に壮絶 真に快絶 正に神州の名を汚さざるものと謂ふべし 吾人神州男児たるもの 須らく斯の義勇あり以つて国威を海外に発揚するに足れり 愛媛義勇団の趣意とする処亦此にあり 蓋鶏林の風雲日一日に急にして 東洋の局面危機の切迫するものあり 吾人義烈の士が馬首を韓城に向けて一鞭を加ふるの機は将に目前にあらんとす 天下義烈の士 獗然と起つて此の旗下に来り会せよ 是れ今日の急務にして又吾人の責任なり