●枢密院臨時会議
      二十四日午后六時三十五分東京特発

今二十四日日曜日なるにも拘はらず午後枢密院臨時会議を開きしが多分対韓政策の諮詢ならん

●新納(にいのう)氏健全なり
      二十三日午後三時四十分東京特発(輻湊延着)

海軍少佐新納時亮氏は忠清道巡邏中 朝鮮人の為に殺害せられたりと云ひ、(二十一日紙上参看)又其踪跡を失したりと云ひ(前号紙上参看)種々の説ありしが 同氏は健全にして仁川より同氏自ら電報を海軍省へ発し帰京する旨通知し来たれりと云ふ

●芝罘兵の出発 仝上
芝罘より昨夜(廿二日)アハカタ(電文の儘)兵士六千朝鮮に出発するとの電報あり

●清国の出兵

清国政府は又々朝鮮へ出兵せしめたり

●清国政府、日本人の電報を斥(しりぞ)く

(本文略 軍用に充てるとの風説あり)


雑報

●朝鮮最近報
(十六日仁川発)

▲大島公使と海兵の入城

大島公使は去る十日午前五時 海兵を率ひて陸路仁川を発したるに 雨天の翌日とて泥濘に脚を没するほどの非常なる悪路なりしより頗る進行に時間を費やすのみならず 途中外務協弁と公使の対話にもよほどの時間を費やしたれば一隊の入城せしは殆ど六時過ぎに及びたり

▲大島公使申込を斥く

大島公使が兵を率ひて入京するの報一たび京城に達するや 朝鮮政府は何思ひけん急速(中略)兵の入京を止められたき旨を申込ましむるため(使を)急遽下仁せしめたれど(中略)公使は断然として之を斥け確然として少しも取り合ざりしと言ふ

▲日本兵来着す

日本陸兵は去る十六日御用船和歌浦丸にて(仁川に)着港せしが 早速上陸をはじめ一応海岸通りに整列し 叡聖文武 天皇陛下の万々歳を対腰夫れより分かれて宿所に投じ翌朝未明京城に向かひたるが 之に引き代り曩に入京したる海兵は十三日京城を発して下仁したり

▲外兵借来に付き責任者なし

(本文省略)

▲其実三千人

((本文省略 支那政府が天津条約により朝鮮に出兵する予定の兵員は千五百人と伝えられていたが実際は三千人とのことだ)

▲更に三千人を増発せん

虚実素より保証する限りにあらざれども(以下略 袁世凱はさらに三千人増発されたき由の本国への急電を発したとのこと)

▲露国公使の忠告書

頃者(このごろ)専ぱら風説あり(本文省略 清国の兵は急速帰国せしむるにしかず、と露国公使館より朝鮮政府へ忠告があったと)

▲官兵全州を復す

(僥倖的に)第二の大勝復城の報は韓暦五月八日を以て来たれり この度は実に城を復したるには相違なきも 敢て大戦大勝の上には非ざるが如し 其次第を聞くに 東徒は今回清兵一万余人来り攻むると云ひ 他の各国の兵丁も接踵して来り囲まんと云ふの説を信じて迚(とて)も城守り難きを思ひ 姑(しばら)全羅道中最も要害の聞こへある茂錦山の深谷に退きて時節を待たんとの計を定め 五月四日の夜に乗じ竊に城の東方に抜け出で丶悉く遁れ去りたれば(以下省略)

▲上海米を兵粮に充てん

(本文省略)

●清国開戦の準備に忙し

(本文省略)

東軍大に潜勢力を養ふ
(韓廷に小策を東軍に授くる者あり)

一呼して古阜、井邑を抜き、遂に破竹の勢を以て全州を陥れし東学軍が昨今頓に 其勢焰を収めし如き観あるは何故なるぞと聞くに 是れ韓廷の貴顕中 閔泳駿の専横を悪む者 暗に東学徒と通じ 策を彼等に授けしに因れり 其の所謂策なる者を聞くに 日清両国の軍隊既に韓地に屯営するの今日 若し猛虎の勇を振い所在の官兵を討伐するが如き事あらば 勢ひ日清両国の軍隊と事を構へ遂には彼等の為めに鎮圧せらるるや火を見るより明らかなり 夫れ未だ弊政革新の大目的を達する能はずして 外兵の為めに鎮圧せらる豈に千秋の遺憾ならずや 今日の急務は暫らく兵気を潜め 機を俟つに如かずと 世の近眼者流昨今東軍の俄に兵気を収めしとの報道に接し 東軍の兵気既に挫折したりとの速了をなすは不可なり 彼等の兵気は屈したるにあらずして 今や大に潜勢力を養ひ居るなりと 某朝鮮通は語る

●英露両国軍艦の動静

(本文省略)

●清国戒厳令を布く

(本文省略)

●英国巨文島を占領せんとす

(本文省略 風説報道)

●清国朝鮮を横領せんとす

(本文省略 風説報道)

●日清間の風雲

聞く処によれば 二三日前清国政府は我政府に向て○○(二字伏字)の事を請求し来りたるに付 我政府は会議の上之を拒絶するに決したりと云ふ
清国が十七営の兵 則ち八千五百人許りを徴発し 其六千已に京城に向て出発したる者 蓋し○○(二字伏字)の要求を我政府に拒絶せられたるを以て 支那政府の慣用手段に出で 清兵入京の上 袁世凱再び威嚇的談判を試み以て○○○○○○(六字伏字)を逼らんとするの方針に非ざるか 然ども我政府にして果して方針を一決したりとあらば 容易に之に応ぜざるべきは勿論 今後為す所見るべし

●出兵と汽車

松山第二十二連隊より出兵の際は伊予鉄道会社に於て昼夜の別なく臨時汽車を発し 且つ見送り人の利を計り乗車賃の割引をなす由なるが 其割引賃は外側(とがわ)古町両駅より三津駅迄下等二銭、外側古町両駅より高浜迄下等二銭五厘、中等は下等の二倍、上等は中等の二倍なりとす

08年08月31日 日曜日
海南新聞
明治27年
06月26日


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