明治27年
06月16日


雑報 (未完)
●牙山の清兵

(本文省略 牙山に上陸した清兵は陣を敷いたまま動かず)

●京城の貼札

(本文省略)

●袁世凱朝鮮国王を説く

(本文省略)

●東学党の島津将軍

故島津左府の一子 東学党の大将になりて軍隊を指揮しつ丶ありと噂すれど 左府の子と云ふは十年の乱に与せし人なり 彼の分家なる旧佐土原藩主島津久寛の二子町田啓次郎と云ふ人在りて 時としては実家島津を名乗りしことあり 同氏は性豪邁不羈にして 夙に英国に留学し帰朝の際は恰も十年戦争の起らんとする際なれば 直に奔って賊軍に投じ 旧佐土原の士族を引率して奮闘尤も力(つと)め 城山没落後更に生死不明にて多分其際戦死せしならんとは 今日迄人々の創造する処なりき 左れば東学党に島津将軍なるものあるは想ふに此の人にあらずやと云ふものあり

●各国の軍艦派遣

(本文省略)

08年08月12日 火曜日
海南新聞
老馬新聞