明治27年06月14日
雑報
仁川の小地誌

朝鮮暴動の今日 先づ仁川を知らざる可からず 此に小地誌を掲ぐ

(位置人口、地勢、沿革、兵備、気候、貿易、市街などにわたって詳細な紹介あり。本文省略)


雑報
朝鮮戦報

島津氏と東学党

故島津久光公の男某氏は去る明治十年南州翁の乱に与し 一敗して討死したる風を装ひたれど 其実 逃走して鶏林に奔り居り 今回の暴動には一方の首領として帷幕に在り 大に軍機を廻らし居る由

朝鮮居留日本人の混雑

今回の変乱に就き 過日領事館よりの内訓ありたるを以て 先づ一番に婦女老人を帰航せしめ 次に商人に及ぼさんとしたりしに 壮年の商人抔は 此変乱を奇貨として 充分彼の地にありて大儲けを為さんと種々商業の計画に従事し居る者もあれば 壮年の商人は在留を許さる可しといふ

京城の兵備

(本文省略)

官吏仁川に逃ぐ

(本文省略)

清兵の上陸地

李鴻章が令を伝へて威海衛△△△より派遣せし三千の兵は忠清道の海岸牙山に上陸せりと聞く(後略)

一百の汽船を要す

(本文省略 清兵一万を動かすには百隻の船が要るが果たしてそれは可能か)

清国政府軍器を貸与す

(本文省略 噂話)

鬼将軍の事

東学党の参謀に鬼将軍(きしょうぐん)なる者あり 材武勇 略(ほぼ)能く軍事に通ず 東学軍の全盛より起り一挙して京城に迫るに至れる者多くは将軍の指揮に由ると云ふ 蓋(けだ)し 鬼将軍は日本種なりとも云ひ 日韓の間の子なりとも風評す

大砲は野戦に利あらず

(本文省略 朝鮮の地勢)

官軍掠奪を恣(ほしいまま)にす

今回東学党の暴動蜂起するや 官軍向ふ所一として利なく いつも東兵の追撃を受くるのみなれば 兵器糧食等の準備に暇なく 時々調達する事ゆゑ この機に乗じ 賊勢は益々猖獗 官軍は益々敗△し 止むを得ず食糧の欠乏より沿道市民の財物を掠奪し横行暴恣到らざるなければ 官兵の民望は地に落ちたりと云ふ

政府の慰撫

東学党は一瀉千里の勢ひを以て進軍し 日夜其気焔猛烈を加ふるより 政府は大に狼狽し 此頃一篇の告文を発して 乱民の慰撫に着手したり 
告文の意味は 監守、郡守其他の地方官を免職し大に施政の方針を改め 以て農工商売の疾苦を救済せんと云ふにあり

東学党の告知文

(本文省略 東学党には学識者少なからず)

白薔薇軍

(本文省略)

農工商売の喜悦

(前略 朝鮮の官吏は常々農工商売の資材を徴発して私財を富ましてきた)然るに 東学党の起るや 農工商売は其私財を献じ 以て閔氏の政府を転覆し 爾今財産の安固を計らんと 頗る今回の暴動を喜び居れり

官賊の殺傷者

(前略)東学党の負傷者は接戦以来四五十名に過ぎざるも 官軍の死傷者は五百人以上に達したり

清の正朔を奉ず

朝鮮は東洋の一独立国、而して内実清国の正朔を奉じ居る者の如く 清国に対する国書には 光緒の年号を用ゐ 大国皇帝陛下臣李照と書すとかや 果たして然らんか 驚きの外なり

朝鮮の軍団

朝鮮事変に際し 人の先づ聞かんを欲するは 朝鮮兵の如何に在り 聞く 従前の武班(※両班の一)は已に去る十五年悉く離散して王城を去り 寒村僻地に在つて韓廷の用に応ぜず 而して今日の兵制は丁度貢夫の如く農民中の強壮者を選び上げ 文弱の縉紳。門閥の権家其将校指揮官となるなりと 其戦争に法なく東賊の破る所となる 怪むに足らず

露国の屯田兵

(本文省略)






08年08月10日 日曜日
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