18950913 明治29年
9月13日
 
 ●朝鮮駐屯兵

曩(さき)に 朝鮮政府より 同国に駐屯する我我兵隊を 一大隊 即ち 四箇中隊に減ぜられたし との請求ありしやに聞きしが 右は愈々決行せられしものと見え 今回更めて朝鮮国太君主陛下より該国の兵備整頓するに至る迄 我兵の駐屯して国内の平安を保たれんことを我 天皇陛下に御依頼ありしに依り 乃ち一箇大隊を釜山、元山、京城の三ヶ所に分駐することに決定せりと 蓋し 現在の朝鮮駐屯兵は該国政府の依頼に依り 
東学党沈静および沿道電線守備のため 九箇中隊を 釜山京城間、京城義州間の沿道 及び元山津等に分駐しあるものなるが 之に就いては 種々内外の故障あり 日韓両政府の交渉にては面白からざるより 遂に彼我皇室の御取扱ひとなり 井上公使其命を銜(ふく)みて渡韓したる結果 斯くは朝鮮国太君主陛下より井上公使を経て 正式の公文書今回到来したる由にて 現今朝鮮政府の依頼によりて駐屯する軍隊は之を撤去し 更に太君主陛下の御依頼に由る軍隊を派遣する筈なりと云ふ
 19850920  明治28年
9月20日
●朝鮮に暴徒蜂起す

十五日京城発電に曰く 平安道祥原に暴徒起り 去る十日夜数百人 郡守の邸及び民家に乱入したり 十四日tは此地に集まる者六百人許 其中の四十余人は洋銃を携帯す 巨魁は金ゲンキョウとて地方に勢力ある者なり 右に就き平壌観察使は軍部に出兵を請求し ハイ上駐営訓練隊中の一小隊を派遣せられたり

※本紙十月一日付にも関連記事あり 割愛す
 19851015 明治28年
10月15日 
 ●朝鮮特報
※この後数日閔妃虐殺事件について詳細なる記事あり
 19851130 明治28年
11月30日 
●朝鮮守備隊の撤去について(当局者の談)

世人は京城事変(※閔妃暗殺事件)の為めに我守備隊を撤去すといふも 最早や守備隊の必要なき故撤去するなり 遼東に我守備隊の駐在する間は 始終電信の往復を要し 海城 旅順より大狐山 安東県を経て朝鮮を通過する我軍用電信線は常に監守する必要あるも 遼東撤兵後はまたこの電信の保護を要せざる故 僅に京城及び釜山 元山の我居留民保護の為に若干の守備隊を置くの外には 亦無用の費を投じて京城以北に兵を置くを要せざるなり 去れば 遼東の撤兵も本年間に終了する予定なる故 朝鮮守備隊の大部分も之と同時に撤去せらるべしと


08年07月20日 日曜日
海南新聞
1895(明治28)年
9月13日
老馬新聞