2008年3月18日
海南新聞
1895(明治28)年
5月7日(5271号)
老馬新聞

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18950507   明治28年
5月7日
雑報 

李埈鎔の消息
四月廿三日 京城発信 扨ても李埈鎔氏繋留後の模様は如何 我幾万読者の当に聞かんと欲する所なるべし 彼の藤原純友とも称すべき東学党の首領全琫準、孫化忠、崔慶宣等の輩は本日国事犯を以て死刑の宣告を受けたれば 刑場の露と消ゆるは近日の内なるべし (以下略)  
 18950507 明治28年
5月7日
●東学巨魁
裁判宣告
四月二十三日京城発信 全緑斗、成斗漢以下二十一名の審問完結し 愈々今日午後三時より仮設裁判所の法廷に於て 裁判長法務協弁李在正氏、判官法務参議張博氏等は 内田京城領事の立会を得て裁判を宣告せり 全緑斗(全琫準)成斗漢、孫化忠、金得明の五巨魁 皆直ちに死刑(不待時処斬刑)を執行せられ 他の十数名は罪の軽重に依り 杖一百乃至三百、遠島一千里ないし三千里に処せらる 全緑斗は数箇所の銃創打創に加ふるに 久しく入牢せし為 全身衰弱して座に堪ふる能はず 刑の宣告を受け終るや 尚 憤然膝を打つて曰く

正道の為めに死する 毫も怨むる所なし 唯 逆賊の名を受けて死するを遺憾とする耳(のみ) と

孫化忠も亦 刑の宣告終わりて退廷せしめられんとするや 顧みて 法官及び余等日本人を一睨(いちげい)して 叫んで曰く

天下豈此(かか)る非理あらんや と

この日余等新聞記者一同 特許を得て 傍聴席に入ることを得たり 朝鮮の法廷に日本新聞記者の膨張する之を始めとす