2008年3月18日
海南新聞
1909(明治42)年
3月27日・28日
老馬新聞

1909(明治42)年3月27日 
●東洋拓殖本社
東洋拓殖会社本社は 竜山軍司令部付近に新築することに決定せりと

雑報
●統監不信任案
第二十五回議会最終日たる二十四日 又新会より衆議院へ伊藤統監不信任の決議案を提出すべしとの説あり 之れが為め政友会にては二十四日夜来所属議員召集を為し大に警戒を加へ居りたり

●三津浜の統監歓迎会(本文略)

1909(明治42)年3月28日
伊藤公を送る 臨天居士 (本文略)

雑報
●統監滞在彙報
▲統監の招待宴(伊藤統監は廿七日午後六時より鮒屋旅館に於て安藤知事、竹井事務官などを招待して宴会を開いた 本文略)
▲統監の寄贈品(本文略)
▲統監帰京 滞在中なりし統監は愈々廿八日午後一時五十二分道後駅発特別列車にて三津浜に下り同地にて呉鎮守府より差回せる駆逐艦に搭乗し宇品に上陸同地より汽車にて帰京する事に確定せり

●韓海漁業法実施準備 韓国漁業法実施に付 本県庁よりは斉藤事務官補、水産組合よりは村上紋四郎、赤松泰莟の両氏渡韓して 漁業権の収得及び移住根拠地の経営を為すべく村上、斉藤両氏は廿九日、赤松氏は不日出発 先づ京城に赴き打合の上 鎮海湾蛇龍島、漆川島其他に出張すべしといふ

●米の韓国伝道熱
十有五年来韓国に在留せる宣教師アシダーウード及びハーバード等は米国人の力を以て韓国を基督教化するの急務なるを感じ 伝道に要する費用を目下米国加州の諸教会青年会等に就き募集中なるが 右全金額は二十五万弗にして其の内十七万五千弗は既に米国東部において募集済となれりと

1909(明治42)年3月29日
●伊藤統監出発 (伊藤統監は予定通り3月28日三津浜港を発った 本文略)