2008年月日
海南新聞
1909(明治42)年
3月23日〜25日
老馬新聞

1909(明治42)年3月23日 


雑   報
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●伊藤公を担ぐ(田内機織所の魂胆)
・・・兎に角 田内が伊藤公を鰹節に使って一山当てんと試みたる魂胆は見事に外れて同業者及び世間一般より反感情を買ふに過ぎざりしは自業自得にして笑止の至りなり

●統監滞在彙報
 ▲統監帰る 大三島参詣の伊藤統監は無事満悦の裏に二十二日午後一時三十五分道後鮒屋に帰られたり
 ▲三津の歓迎会 ・・・
 ▲終日在館 ・・・
 ▲盲人献詩 ・・・
 ▲統監への贈品 ・・・

1909(明治42)年3月24?日 
●衆議院の可決 二十日午後 外国領海水産組合法案、砂糖消費税案、建物保護、競馬法案を可決したり

 ※外国領海水産組合法はサハリン関連、砂糖消費税は、戦費調達のため奢侈品に対する課税制度として明治三十四年に創設されたそうだ。

雑   報
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●統監大三島へ来る 伊藤公の一行は水雷駆逐艦初春、初霜に分乗して二十一日午後一時三十分越智郡宮浦港に来着したり ・・・・・・・・・・・・

1909(明治42)年3月25日
●魚付林の荒廃 近時わが国に於ける漁業法はすこぶる進歩し 陸地に接近せる沿岸に於てこれが従業をなすもの従て減少し 加ふるに製塩業の勃興 沿海岸の土地を使用すること多きため 我国沿海岸に於ける魚付林の如きは二社共に之れを顧みざるの結果 今や何れの魚付林と雖も昔日の姿を存するもの無く 甚だしきは全く其の形を止めざるに至り 沿岸凡て禿々たる陸地を化しさりしが故に 遠洋漁業者に於てはその従業上何等の痛痒も感ぜず 特に製塩業者の如きはこの観念絶無なりと雖も 独り小規模の漁業者に至つては魚付林の荒廃特にその従業に関係し 年々漁業の方法困難に赴きつつあり 然るに是等小規模の漁業者の多くは経験を基礎として其の業務を塩梅し いまだ学問的の知識を応用して漁獲の多数を計るが如き者無きが故 自ら関係深き魚付林を伐採するもあり 旁々我国における魚付林の荒廃今日の如きはあらず 将来之れが栽培存置の方法を講じて漁業上の保護をなさずんば 沿海岸に於ける魚類の捕獲 年々減少して 従業者の困難増加すべし と説くものあり 東北地方各県の如き夙に茲に留意し それぞれ技士を派遣して調査中なりと云ふ

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