2008年月日
海南新聞
1909(明治42)年
月日〜日
老馬新聞

1909(明治42)年3月20日 


●古谷秘書官を訪ふ ((下)) 記者  関連記事

▲久闊の挨拶を終りて、座布団、火鉢、茶菓を与えらる丶ままに之を請けて三人鼎座し談は漸く佳境に入りぬ。
▲時に客あり 闊を廃して入りぬ、是れ別人ならず本県警務長脇田琥一氏なり、其の要望の古谷氏兄弟と見紛ふ計り似通えるも亦不思議といふべし、脇田氏は古谷氏と統監閣下の明日の行遊に関する打合せなどありて其れより復た雑談に入る
▲古谷氏曰く、
韓人と云へば一般に劣等な人間の様に思ふ人が多いやふだが、之れ大なる間違である。日韓人は其の容貌体格に於て殆ど寸分の差異無きが如く 其の精神、其能力に於ても韓国人は殆んど日本人に近く 決して劣等なるものではない 現に韓国留学生が東京の各学校に入つて居るのを見ても其の成績は頗る見るべきものがある、韓国人は教育さい施せばりっぱな国民となるべき資格が充分だ。就中韓国上流の人士にして散髪を為し、洋服を着、日本語は素より英仏等の外国語を操る朝鮮人に至つては何ふしても日本人と区別することが出来ない、現に京城に於ける宴会等に於て日本人数十名混交せる際、試みに韓国通の外国人をして其の日韓人の数を識別せしむるに一回として当つたことはない、外国人のみならず、日韓人自身と雖も容易に其の正数を区別することは出来ない。
▲話頭は一転して伊予国の歴史談に入りぬ 古谷氏は最も熱誠を込めて曰く。・・・

●雑記 昨今は統監々々で持ち切つて居るが此の反面には勿論、無論、論ずべきこと議すべきことも沢山あるであらう 乍併そんなことは今日お互に云うべきこ場合でない 吾々は只愛媛県民として真正の熱情を以て本県の貴賓や珍客を歓迎すべきである▲其やり方に就いては奈何なる人がやつてきても多少の言ひ訳はある 若し反対する人がやれば其人こそ尚ほ大に反対を受けるかも知れぬ 人は互に雅量を以て双方許し合ひつ丶而かも大に競争せねがいけない・・・