2008年1月5日
海南新聞
1909(明治42)年
3月17日

海南新聞韓国関係記事掲載が6ヶ月にわたって滞っていた。不調の原因は、一つは1909(明治42)年の伊藤博文来県関連記事満載に辟易したこと、もう一つは肝心の『植民地朝鮮と愛媛の人々(仮称)』発刊についての関係者の意思統一が十分出来てないことが判明して意気阻喪したことであった。しかし新年を迎えた。ここらで気持ちを取り直して作業を再開することとしよう。


「伊藤公来県歓迎」関連記事は厖大な量であるので仕事の進捗の為にさしあたり大部分は見出しのみ記録しておき後日必要に応じて詳細を補充することにしたい。


1909(明治42)年3月17日


雑報
●伊藤公歓迎会


●統監来県彙報
▲三週間の請暇
▲十六日の公
▲重要物産要覧
▲運動会番組


●大三島通信


藤公余影
▲統監の清遊
▲質実なる服装
▲無邪気なる行動
▲また
▲合掌以て公を拝す


1909(明治42)年3月18日


韓京通信
京城にて 清家瑩三郎

▲予て御承知の如く愈々東洋拓殖会社も開業の運びと相成り、土地の調査やら、資本の貸付準備やらにて、漢城の経済界はよほど色めき来り候。自然、この事業本来の趣旨が今少し世人に徹底致し候はば、韓国へ移住する者、更に一段の多きを加ふるに至るべく候。之れに対する我が県民の意向など如何にや、聞かまほしきものに候。
▲、今夜拓殖会社は、新聞記者及び日韓官民の重なる人を招待して、歓を宴席に結ぶ筈に候。由来、表立ちたる交際のみよりは、宴飲一席の歓の利き目あるを十二分に悟りたる先生連の事とて、事々茲に出でたるは申す迄もなく候。去れば此種の会合は今後チョクチョク行はるること勿論に候。
▲さりながら、そは畢竟枝葉なるべく候。・・・・・
▲韓国に於ても先日酒税法、煙草税法、家屋税法の発布いたし候。之を我が本国於ける夫れと比較するに、精粗の別、固より同日の談に非ず候へども、財務当路者は三税法の実施に依りて、数百万の歳入増加を得べしと言明致し候。
▲・・・吾人は新税法の実施に就き多少の批難あるべきかと、心窃かに憂慮致居り候。
▲・・・韓国民の如き、納税に就いての的確なる観念なき民衆に新税を課するに至りては、誤解に基づく批難の起こり来るは勿論なりと思惟せる事に有之候。
▲然るに実施以後の今日を以て見れば、右は全く杞憂に止まり候。即ち、・・・
▲頃日内地に於ける新聞記事を読む。統監政治の腐敗暴戻を説いて剰す所無きが如し。・・・
▲思ふに、云うは易く行ふは難きものに候。・・・
▲・・・而してこの無責任なる言論を逞しうせんが為めに、列国環視の中に立ちて新聞紙上統監政治の弊を説く、豈、く然として虞れざるを得んや。
▲統監政治の弊を説く、泰西人可なり。肝心にして稍々恕すべし、而かも統監を出だしたる我が日本国民なるに至つては、蓋し思はざるの甚だしきものに非ずして何ぞ。夫れ韓民の多数は大抵定見なきの徒、浮草や明日は向かうの岸に咲く底の模倣者流也。されば渠等はさほど統監政治の悪弊を感じ居らずとも、統監自国の新聞にして其政治を批難する者あらば、一も二もなく之れを信じて付和雷同の声を大にするを図られず候。
▲遮莫、吾人は此の点のみを顧慮して、汝等統監政治の弊を認むとも尚ほ且つ口をかんせよと云ふ者には非ず候。然しながら苟も筆を新紙に揮ふもの、揮ふ筆の国際関係に及ぼすべきものに至つては充分の戒心を要する次第かと存じ候。

老馬新聞