海南新聞韓国関係記事
作成日2009年2月5日 木曜日
1909(明治42)年6月18日付海南新聞

●韓太子の巡遊

韓太子殿下には 今夏休暇を以つて東北各地並びに北海道御見学の為め御巡遊のことに決し下検分の為め出張の栗原御用掛りの既に帰京せるが(中略)韓太子の御出発は八月上旬となるべしと

●新統監の方針
曽根新統監は大体に於て伊藤公の政策と踏襲するものにして(中略)鉄道のみは半島開発の根本事業なれば早晩之れを鉄道院に合併して活発に建設事務の敏捷を計るべく 又暴徒の鎮定も従来の討伐方法にては討伐隊の勢力を各地に分割せらるる不利あるのみならず 出没自在の草賊(筆者注:義兵運動のことであろう)に対して 特に奔命(筆者注:忙しく立ち回って行動すること)に疲るるの有様なれば 今後は各部隊の連携運動によりて 遂に暴徒を一地域に追ひ込むが如き方針を執るに至るべしと云ふ


1909(明治42)年6月廿二日付海南新聞

●新統監と新宮相 (本文省略)

1909(明治42)年6月27日付海南新聞
●新統監の面目(本文略 曽根新統監韓皇と謁見)
●新統監の意気
久しく打絶へたる大臣会議には二十四日朝統監邸にて開く 統監が別に形式の訓示など与へず 直に普通政務に移りたるが 暴徒討伐、鉄道新設に就ては 統監日頃の意見を熱心に唱道したれば 各大臣達も傾聴せりと (略)