海南新聞韓国関係記事
作成日2009年2月3日 火曜日
1909(明治42)年5月28日付海南新聞

●統監政治外評
(リストは筆者が施した)

最近韓国視察より帰京せる連合通信通信員ケ子デー氏は 韓国の形勢に就き次の如くかたれり

余は昨年韓国に約一ヶ月間滞在して一般形勢に就き充分なる視察を遂げしが

当時韓人の日本人に対する敵意は 独り京城に於けるのみならず 全国至る所に認められたり 是れは弱者が強者の為めに征服せられたる時に免かる可からざる歴史上の事実なるも 日本の韓国経営の絶望的なるを思へり 
  1. 韓国在留の外国宣教師等も亦日本を好まず 各閣員(筆者注:閣僚)は日本に対してこそ美顔を造り居りたれ 内心平らかならざる所あるは局外者たる外人には充分読まれたり
  2. 日本兵士の暴行裁判の不完全は勿論
  3. 教育制度も宣教師等の設立せるものの外に何等見るべきものなく 
  4. 要するに一年前の韓国は混沌たる状態にあり 当時に於て斯くの如き状態が 数ヶ月若しくは数年ならずして面目を一新し満足なる結果を来すべきを云ふ者あらば真面目に相手になる者なかりしが
今回再遊の結果 余は韓国の状態が全く一変したるに驚けり

  1. 第一に外国人宣教師及び韓国人の日本人に対する感情の融和したるを始めとし
  2. 各裁判所が着々其事務を進捗せしめ日本人の敗訴となる事あるなどは韓国人に深大なる印象を与へたり
  3. 教育も著大なる進歩を為し 外国宣教師等は遠からず初等教育全部は日本政府の手に帰すべきを以て 彼等は中等若くは高等教育に全力を注ぎ得可しと喜び居れり
  4. 殊に韓国の農業は前途最も有望なれば時季来らば驚くべき発達を来すべし
余は伊藤公が縦令統監の職を辞するも長く韓国指導の為に尽さるべきを疑はず


桂冠(筆者注:正しくは挂冠=退官の意)後の藤公

伊藤統監の桂冠理由は 
統監政治の乱脈今や到底収拾するべからざるに起因するは勿論なるが (以下略)

1909(明治42)年5月29日付海南新聞
統監更迭について 黒面記者

(略 伊藤博文が朝鮮統監退官後も、腹心の曽根新統監を国内から操縦しようとしているとの観測に触れて)▲事毎に元老(筆者注:ここでは伊藤を指す)の干渉を要するは実に国家の大病也、大患也、矣。


1909(明治42)年5月29日付海南新聞
●統監更迭と韓人

統監更任の事は一般韓人の注視を怠らざる所にして 従来伊藤公の懐柔政策に対する二本内地人の非難喧しきをも韓国民の知悉する所なるに 今回愈々統監更任が事実とならんとするより 今後の政策に一変化あるを予想し居れる際 更に臨時韓国派遣隊の事あり 近々渡韓すべしとの事にて 一般韓人は愈々武断的高圧手段を取るものと誤認し さなきだに疑心暗鬼の韓人を生ぜる韓人のこととて 昨今少しく動揺の兆あり 殊に京城政界の策士連中には此際各種の流言を放ち故(ことさ)らに人心を迷はし居れる形勢ありとの報あり