海南新聞韓国関係記事
作成日2009年2月3日 火曜日
1909(明治42)年5月22日付海南新聞

●統監制と兵権
(略 韓国統監は必要なときは韓国守備軍の「出兵を命ずる」ことができることになっていたが、伊藤公が引退すればこれが改正されて、内地の地方長官と同様に「出兵を請求する」ことに制限されるだろう)

1909(明治42)年5月23日付海南新聞

●新統監と韓国
※今後の対韓政策について二三消息通の説くところを紹介している
▲大体の方針
(略 従来の懐柔策に威圧的政策を加えるか)
▲新統監の地位
(略 統監の軍隊指揮権はある程度削減され、統監の地位は一段低くなるだろう)
▲曽根子と韓国政党
(略 一進会および現与党・大韓協会との関係はどうなるか)
▲官制の改革
(略 副統監職は曽根子の統監見習いの為めの職だから曽根子の統監就任後は廃止されるだろう。統監府の官吏は現状維持になるだろう。)


1909(明治42)年5月25日付海南新聞
東京雑信

●・・・伊藤統監の統治は固より失敗とは云ふ可からざるも、今日の所 公の遣り口は在韓邦人には勿論、韓人の間にも面白からず、此侭推移せば 或は失敗に帰するやも計られず、偖(さて)こそ統監の更迭を促すに立ち至れすもの丶如し ・・・韓人の性向として今回の統監更迭に際しては、或は亦た意外の動揺あるやも計られず、雨降て地固まる、動揺は彼我の関係に一歩を進むる所以なるべきを思へば、統監の更迭も今回を好時季とせんか


●曽根統監時代

・・・従来伊藤統監すらも 時に在韓軍人を持余したる事なきに非ざれば 若し曽根時代となりて軍隊の独立を見るに至らば 其れと統監府との間に鴻溝を穿ち 我対韓策の不統一を来すの虞れ泣きを保し難し・・・


1909(明治42)年5月26日付海南新聞

●伊藤公京都行(略 木戸公三十三回忌)
雑報
●統監辞任次第
(略 伊藤公は曽根新統監の渡韓 更迭の次第を韓皇皇帝陛下に奏上予定)