海南新聞韓国関係記事
08年12月19日 金曜日
1909(明治42)年4月2日付

●大阪の統監 伊藤統監は神戸駅に出迎へたる((三月二十九日午後))服部知事、水上市長其の他官民百余名の中を酔を吹きて闊歩しつつ新聞記者を捉へて例の怪気炎を浴びせかけて曰く 今日我が輩は今春来総ての新聞記者に会はぬと極めた理由を話さう それは新聞は嘘ばかり書くからだと云ふ 記者は透かさず (略) ▲道後滞在中位忙しかつた事は我が輩滅多に出会ふたことがない 而も其の忙しさは快き忙しさであつた 島国の淳朴質実でまるで赤子のやうな国民が涙を以て遠近都鄙到る処での歓迎には自分も涙を感じた事も尠くない 而かもソコが自分の遠祖発祥の地であつて見れば感は益々深かった