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1999年12月22日(水曜日) 今日も寒い
私教連新聞の利用法?

 昨日の団交のあと、ある事態をめぐって、もう1つあわただしい動きがあった。

 校長たちは団交のときすでにその事態を知っていたのだが、私教連の同席する場での混乱を避けようとしたのだろうか、団交ではその件をおくびにも出さなかった。

 そういえば校長のブレインのひとりが「尾上さん、お互い私学同士ですので、それぞれの学校が発展していくようにご配慮をお願いします」とか、正確ではないがこんなことを言っていたのがそのことだったのだろうか。

 「ある事態」というのは、なにものかが、東雲の退職勧奨攻撃の実態を報道した「私教連新聞」を中学校へ匿名で郵送したというのだ。「私教連新聞」が、募集活動、募集活動妨害のために使われたのは初めてではなかろうか。三分の一から二分の一の中学校へ送付されているとの観測がある。

 関係者は、これは松山市内の他のライバル校の仕業にちがいないとみているようだ。そうかもしれない。その学校が、他校の名誉をことさらに傷つけることによって少しでも募集活動を有利に進めようとしているとすれば、これは教育者のやることではない。卑劣のきわみである。

 募集活動が泥仕合(互いに相手の秘密・失敗などをあばきあってする、醜い争い。三省堂 『新明解国語辞典 第五版』)化している。これもさかのぼれば、忘暮楼の在職校が「市内の女子高は結婚の条件になっていない」などと言って男女共学に移行したところ当たりが濫觴というべきか。恥ずかしいことである。

 いろいろ考えるべきことがあるが次の2点は押さえておくべきだろう。

  1.  ライバル校がこの学校の失敗を暴いて自陣営を有利に運ぼうとしたとすればそれは道義的に非難されるべきである。しかし、この学校の幹部は、中学校訪問のさい、やる気のない教員は辞めてもらうつもりだ、と退職勧奨を売りにして自校のやる気をアピールしているのである。
     年配の教員達は「今辞めたら『あの人はやる気のない教員だったのか』ということになる。こんなことでは辞めるにも辞められない」と憤っているのである。これまた人権侵害、名誉侵害もいいところではないか。

  2.  もとはといえば、「私教連新聞」に書かれていることは、この学校の校長と副校長の口から出たことなのである。昔から「悪事千里を走る」(よい事は なかなか人に知られないものだが、悪い事に限って、隠しても すぐ世間に知れ渡るものだ)という「定説」(~_~)があるではないか。私教連新聞があろうがなかろうが、密室でしゃべったつもりでも必ず露見するのである。問題は教員がどう聞くかではなく、経営者が何をしゃべるか、なのである。

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