<


  1999年12月21日(火曜日) 急に寒くなった
11年振りの団体交渉

 6年制のいわゆる中等教育学校への脱皮のための退職勧奨で揺れる松山市内の女子高で団体交渉が開かれた。

 ここの組合は1988年に結成され、その年の12月に初めての団交。翌年1989年の12月に2度目の団交。

 1991年にはそれまで組合の委員長だったA先生が校長になった。1995年にはやはり組合の委員長をしていたB先生が校長になった。そんな流れの中で1989年以後はずうっと団交がなかった。問題がないので団交がないのであればいいのだが、今回の退職勧奨のもとになった「選択定年制度」が導入されたときも組合は的確に対処できなかったようだ。

 組合と経営者の蜜月では必ず経営者と組合幹部がメリットを独占する。これが「定説」(~_~)だ。忘暮楼の職場でも、組合を踏み台にして教頭になった人物が昔いたなあ。

 今回は皮肉にも、組合が校長に推したB先生を相手にして、10年振りの団交ということになったわけだ。

 組合側の今回の団交での要求は、昨日の総会で、たくさんの要求の中から絞りに絞って「指名解雇をするな」の1点とすることになった。

 回答は「(解雇今後の募集活動の結果、希望の芽がでてくるかどうか」にかかっているとのこと。とりあえず、3月23日(だったかな?)、今日からちょうど3ヶ月後の「新入生数確定までは解雇はしない」という確認が取れた。しかし、今回の事態の最大の原因は経営者の無策である。経営者こそが責任を取るべきで、「希望の芽」などを解雇の理由にされてはたまらない。

 さて、どうすれば解雇攻撃をあきらめさせることができるのか、じっくり考える時間はできた。「学校再生」と「身分保障」という両兎を追う困難だがやりがいのある闘いが今始まった。


もどる