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  1999年11月16日(火曜日) 晴れ
四苦三苦

 藤原先生の『続・町医者のいろはカルテ』の中に松山近郊のお寺の住職たちの法話が採録されている。松山にも面白い僧侶がおられるなあとうれしくおもった。また、このご本のおかげで、日頃接することのできないこれらの僧侶たちの法話を「聞け」たのも収穫だった。

この法話は病院の患者の前で成されたもので、究極的には自分の病気、自分の死とどう向き合うかについての提言という形になっている。そこにこの病院のねらいもあるし、独自性もあるわけだ。

 ただこれらの法話の中でちょっと気になったこともあった。それは四苦の扱いである。

 僧侶達が「生老病死」というところを「老病死」と言うことが多いのである。つまり、「四苦」が知らぬまに「三苦」になっている。病人相手だからついこう言う表現になるのかもしれないが、あたかも「生」は苦ではなきがごとき扱いではある。

 亡母はある時期から食事をとらなくなった。それで鼻からチューブを入れて栄養補給したり、点滴で栄養補給したりしたのだったが、母には迷惑なことだったに違いない。

 母の食事拒否は一種の「自殺」だと思う。世間には吐いて捨てるほどの自殺がある。これは要は「生」が苦であることを語っているわけだ。

 坊さん達にも、病人にとって「生」が苦であることをもう少し深く解明してもらいたい。きっと病人達の安らぎにつながると思う。「仏語実不虚」(「自我偈」)である。


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