<


  1999年11月02日(月) 天気曇り午後寒し
道路という世界

 先日、道路が管理社会の象徴であることを触れた。

 今日通勤の途中に道路を眺めながら考えたことを備忘のため書きつけておく。

  1. 道路は多様性を嫌う。常に直進者が優先される。
  2. 道路においては、自然も管理されている。見晴らしあるいは目隠しのために背丈が決められる。
  3. 道路においては、権力機関たる警察が隅々にまで監視のまなざしを送っている。ただし捨てられた空き缶にはあまり関心を示さない。
  4. 道路においては、運転者の個性は無視され、車の型式として登場するのみである。人の顔を持つ自転車は邪魔者扱いされる。
  5. 道路における第1原理「人は右、車は左」は、真偽によってではなく、単なる選択によって決められている。
  6. 道路はそこを通る最も大きいサイズの車を基準に設計される。つまり、生産が優先されている。
  7. 道路においては、最も近くに居住する人々の利便は無視されている。つまり没地域主義である。
  8. 運転者どうしは、相互に信頼しあっているが、また常に相互に監視し合っている。
  9. 道路で使われる言語は、失語症的である。「徐行」は「徐行しなさい」、「宇和島 100km」は「宇和島までの距離は100kmある」の意味。
    特に「↑」は「天にのぼれ」ではなく「まっすぐ行け」と言う意味であるので注意が必要。
  10. 車を運転するものは、それぞれが最小限の自由空間に身をひそめて、「無関係」の中を移動する。

 こんなしょうも無いことを考えながら運転していると事故の元ですね。  


もどる