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  1999年11月01日(月曜日) 風強し
生と死の関係

 寺山修司さんの『誰か故郷を想はざる』(角川文庫 昭和48年初版)を読んでいる。こんな面白い本も忘暮楼は初めてなのである。常識に欠けるはずである。

 母親が死んで2ヶ月が経った。不謹慎なことだが、忘暮楼はカミサンに「人が死ぬと楽になるねえ」と話し掛けた。カミサンはちょっと応接に困っているようすだった。

 寺山修司さんは『誰か故郷を想はざる』のなかの「晩年」で

生が終わって死が始まるのではない。生が終われば死もまた終わってしまうのである。…すべての死は生に包まれているのであり、それを裏返して言えば、死を内臓しない生などは存在しないという弁証法も成り立つのである。
書いている。

 特別目新しいところはないのかもしれないが、今の私には好ましく思われるコトバである。確かに、「母の死が終わった」から私は楽になったのである。

 そういえば、母親が死んだとき私が最初に思ったことは、悲しみというよりは、

「ああ、この人はもう死ななくていいんだなあ」
という、ちょっと羨望に似たようなことだったっけ。

 


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