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  1999年9月23日(木曜日) 沖縄県沖の台風が動き始め天草に上陸
姥捨て山

 新藤兼人監督の新作映画『生きたい』を見ました。姨捨山(おばすてやま)伝説による劇中劇(老母役は吉田日出子)と、躁鬱症でシングルの娘(大竹しのぶ)と、気位が高く、好色で、ついウンコを大量にもらしてしまう老父(三国連太郎)との交流を、時間差モンタージュ(そんなのあるんかいな?)といった手法で並行させていきます。

えらくはしゃぎすぎたかと思うと、またえらく善良過ぎたりして、印象のはっきりしない作品でした。50点くらいの映画じゃないでしょうか。

 しかし、映画が終わって思い出してみると、反復される老父の惨めな大便のオモラシと、これまた反復される姨ばの長男の元気な性交シーンが妙に重なってきて、不思議な感じ。

 「姥捨て」とはいうものの、この作品では、老婆の方が捨てられることを運命として受けとめ、逡巡する息子を励ましたりしていましたね。つまり「子が母を捨てる」のではなく、「老母が自分を捨てる」といった趣。

 「自分を捨てる」というのはよく分かります。忘暮楼も、この4、5年何をしてきたかを考えると、結局自分を私学の労働運動からどうやって消すか、ということだったような感じがします。10年後の問題を解決するのは10年後のみなさんしかいないわけですからね。


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