<


  1999年9月21日(火曜日) 大雨 体育祭決行
高雄

 台湾にとんでもない大地震。たくさんのビルディングがガラガラ崩壊している。倒壊した建物の小さな隙間から手を出して救いを求めている人もいる。手の動き方から見ると今のところ元気そうだ。各国から救援隊が入っている。募金活動も始まった。私も献金しよう。

 NHKが報道の中で、台湾南部の町「高雄」を「たかお」と報じていた。この呼称は前から気になっていた。というのが、「たか」も「お」も訓読みだからだ。「コウユウ」なら分かるが、「たかお」とはどうしたことだ。

 この町は昔は「ターカオ」と呼ばれていたが、この発音に漢族系移住民が「打狗」とか「打鼓」という漢字をあてたのだそうだ。

 日清戦争のあと日本は台湾を植民地にした。植民地支配が始まって25年後の1920年、日本は「ターカオ」を日本語の地名にもあり人名にも多い「たかお」に置き換え、その漢字表記も日本流に「高雄」に変えた。「高雄」が「カオシュン」ではなく「タカオ」だというのだから、台湾人も驚いたことだろう。

 こんな「たかお」だが、この際と思って松山のNHKに問い合わせてみた。ここでは結局なっとくの行くような説明が得られず、ことのついでに東京にあるNHK放送文化研究所に問い合わせた。

 以下この研究所の用語班の方の説明である。

 (上記のような地名の由来の説明があって)「たかお」という呼称は確かに植民地時代の呼称だが、現在でも、台湾の日本語学校等での日本語学習の場合でも、台湾人が日本語を話す場合でも「高雄」はつねに「タカオ」と呼ばれている。「コウユウ」などと言っても通じない。しかも、台湾当局から、「たかお」は困ると言ったクレームも来ていない。こんな事情から「高雄」を「たかお」と呼称する点についてはこれが妥当だと考えている。
 なるほどとは思ったが、植民地支配の清算という言う意味では、台湾当局の意見がどうであれ、こういう地名呼称は自主的に停止すべきなのではないか、という疑念は晴らせなかった。

ちなみに、「台湾」という表記の由来は、次のようなものだという。(『台湾』(伊藤潔著/中公新書))

 もともと「タイワン」とは、かつて台南付近に居住していた先住民のシラヤ族が、「外来者」あるいは「客人」を「タイアン」、または「ターヤン」と称していたのが訛って、「台湾」となったものである。これを聞いた漢族系の移住民は、「台員」「大湾」などの、日本人は「大宛」「大冤」など漢字をあてた。それが島そのものの固有名詞となり、「台湾」と慣用されるようになったのは、明王朝の万暦年間(1573-1620)のことである。

もどる