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1999年9月20日(月曜日) 晴れ
ピアスの穴

 昔中国江南のあたりに、父親の仇を討つために、ごつごつした薪を並べてベッド代わりにしたり、敗戦の仇を返すために獣の肝を嘗め続けたりした人がいた。「痛テテテテ」とか「ヒャー苦い」と思うたびに、復讐を誓うのである。

 この話は敵討ちをなし遂げる決意の固さを物語るものであるが、一方、人間と言うものがいかに憎しみの気持ちを忘れやすいものであるかをも物語っているわけだ。

 実際相当深刻に対立している間柄でも、ひょんなことでお互いのわだかまりが氷解することがあるものだ。これは他者への攻撃というもが、そもそも他者への憎悪から発するものではなく、自己を防衛するための即物的反応であることが多いという事実と符合するのかもしれない。

 同僚を吊るし上げた人々が、少し時間がたつと何もなかったような顔をして、その同僚に和やかに話し掛ける、といった曲芸(今治のある私立高校での例)もこうした事情があって可能なのである。

 今日の新聞は、医者の娘をめぐる一億五千万円身代金要求誘拐事件は実は当の娘の狂言であった、と報じている。今時は何が起きても驚かなくなってしまったが、この娘のせりふがすごかった。

親が憎かった。親に叱られるたびに耳にピアスの穴を開けていた。
 この言葉で忘暮楼は思った。この娘さんも親が憎いのじゃないのだろう。親への憎悪をすぐ忘れてしまいそうなのだ。それで、憎みつづける自分を維持しようと、薪の上によこたわる代わりに耳に穴を開けるのであろう、と。

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