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  1999年9月18日(土曜日) 暑い暑い
おばあさんはなぜ川で洗濯を…?

 母親は3年間の闘病(骨折・肺炎)生活の末私たちの前から姿を消し、今は中陰の旅の途上である。

 毎朝の御霊具は、母の好きそうなものを母の食べられそうな量だけお供えする。生きていたころ、鼻から栄養剤を投与していたのを思えば、死んだ後のほうが自然な付合いのように感じる。

 朝の勤行を終えて母の写真を見ると、「ようやってくれるね。私も元気に歩いとります。」といい顔で話し掛けてくれる。親子の関係は生前より密接である。

 母が死んだ、と日常的に実感できるのは、洗濯物を干すときである。あれだけ毎日毎日干していた母のパジャマが今は一枚も洗濯物の中に混ざっていないのである。生きているということは、洗濯をするということなのであった。

 「桃太郎」のおばあさんが毎日洗濯をしていたのは、おじいさんとおばあさんが毎日元気に暮らしていた、ということなのだ。

 子どもたちもみな家を出て、母は遠く旅立ち、我が家の洗濯物もすっかり少なくなってしまった。


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