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  1999年9月11日(土曜日) 晴れ
授業中の私語の洪水 その1

 やっと土曜日、今日はお休みだ。今週はほーんま、長い1週間だった。

 毎日ムシムシして、1時間の授業ごとに汗びっしょりだ。

 そんな中で3年生のあるクラスで忘暮楼は生徒たちに呼びかけた。

 このクラスは、全く授業になっていない。私語の洪水だ。これが1年生の1学期の終わりころからずーっとこうなんだという。勉強する子は前の二列くらいに集めてある。防衛手段であろう。

 国語(忘暮楼の担当)の時間はまだ静かな方だ、と生徒はいうが、信じられない。私の授業のときもう十分騒がしい。私はこのクラスを3年生になって担当し始めたのだが、一学期の雰囲気がこれからも続くとしたら地獄だ。

 前のほうの生徒は「ぼくら、この騒がしさがないと精神が集中できんようになっとるんよ」などとツライことをいう。そんなの嘘に決まってる。

 中ほどの生徒は、「センセ、もうすぐ慣れるけん」と慰めてくれる。

 忘暮楼としても、崖ップチである。「諦めて勉強する子だけ相手にするか」、それとも「みんなで普通の授業ができるようにするか」。

 大学進学を希望している生徒がいる。彼らはこれからが勝負時である。そうでなくてもこれから、9月、10月、11月、12月、正味3ヶ月を有意義に使うことができれば、生徒たち全部にとって意味あることになるだろう。いまのような自堕落な学習態度では自分の高校生活を振り返るとき、自嘲や卑下しか残らないではないか。

 と言うわけで、昨日は1時間授業全部を使って、「騒ぎ」の震源の一人N君を中心にして1時間にわたって、授業の正常化を訴えた。

 「校則が喫煙を禁止しているのは当然だ。違反すれば処罰されるべきだ。しかし、授業中に私語を氾濫させることは喫煙よりも悪いことだ。人間の向上心をあざ笑うに等しいからだ。他人の向上心をあざ笑うことは何歳になっても許されることではない。当然校則によって処罰されるべきだ。」

 「したがって、センセはお前が授業中に私語をしている場合は今までよりもはっきり指導する。人間のことだから1度や2度は過ちを繰り返すことがあるだろう。しかし、それ以上繰り返す場合は訓育部へ処分の申請をする。」

 「お前たちがこんな具合になった責任は第1に教師の態度にあったと考える。これを処分しないとするならセンセはそのこと自体を問題にしたい。」

 まあ、そんなことを宣言したようなわけです。


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