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  1999年9月6日(月曜日)
人類史上初の光景

 #日記がちょっと遅れ気味ですが、ガンバリマース。

 いつぞや、「今世紀は断酒」と宣言していたのでかなり恥ずかしいのだが、この1ヶ月くらいの不摂生がたたって急に太ってきた。顔が丸くなった。ウエストが1年半前の状態に近づいてきて、気分よくはけていたズボンが急にきつくなってきた。

 それだならまだしも、とうとう尿糖が降り始めた。尿糖試験紙が目の前で無残にも緑色に変色していく。それを眺めながら私は恐怖に駆られる。壊疽、失明、脳障害…。これは本当に危険な状態だ。

 8月下旬に母が死亡し、病院通いをしなくてもよくなって、時間的なあるいは気分的な余裕が生じた。そこで、この際、もう一度初心に帰って本格的に減量に取り組むことにした。

 忘暮楼はさっそく「ココナツ」というフィットネス・クラブのフルタイム会員に登録した(手早いことはいつもの通りだが、さていつまでつづくことやら…)。

 夜道をぐんぐん歩くのも楽しいが、ランニング・マシーンで歩くのもなかなかのもの。ちょっとリッチな感じすらするのである。でも、計算してみると、一月10000円だから1日300円…実際は三日に1回程度になるだろうから、1回(1〜2時間)1000円というところ。お酒を飲むことを思えばエライ安いもんである。

 19時から22時といった夜の時間帯を使ってみたが、ビックリするのは若い人たちが圧倒的に多いことである。年配の者はおのずと時間帯が違ってくるのだそうだが、それはそうとして、若い人たちのフィットネス志向は文化論的に興味深い。

Exercise keep you fit.

 fitness(健康)系のスポーツの特徴は、基本的に競争型ではなく自己完結型であることだろう。いらぬことだが、「物見の塔」派の信者にぴったりのスポーツだと思う。

 ずらりと並んだランニング・マシーンやサイクリング・マシーンでたくさんの若者たちが汗を流している。お互い視線を交わすことなく、同じ方向を向いて、同じ位置で、しかも適当に言葉を交わしながら、汗をかく。

 ここでは互いを傷つけあう関係は全くない。それぞれの安らぎと満足があるだけである。機械が設定した「前方」に新しい神がいて、人々はその神に向かって精進している。人々はそれぞれに精進するものとして連帯している。ここには確かにある種の宗教的雰囲気がある。若者たちはひょっとしたら競争社会の疲れをここで癒しているのかもしれない。

 さて、ここではおもしろい光景が見られる。ランニング・マシーンで若い女性が走っている。隣のマシーンでは彼女の友人が歩いている。走っている人と歩いている人がずうっと談笑を続けている。談笑が続いているのに一方は走っているし、一方は歩いているのである。これは人類史上始めてみる光景である。

 ランニング・マシーンは、本来直線(1次元)的な営みである「歩く」、「走る」といった行為から「移動」的要素を消去し、点(0次元)に還元してしまう。この減算が上記の新しい関係を生みだしているのである。

 思えば、バーチャル空間もまた3次元世界の2次元世界への還元であったし、人間関係構築の道具としての携帯電話も、その本質は「距離の消去」という次元の減算操作にあるわけである。

 若者文化のキーワードである携帯電話・バーチャル空間・フィットネス=スポーツが、ともに低位次元への還元にその特徴があるということは興味深いことである。勿論これは低次元の文化だといっているのではない。


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