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  1999年9月5日(日曜日)
和歌山のカレーと長崎のカレー

 長崎の礼子さんは、昨年10月、愛人にそそのかされて息子(16歳)を殺して保険金を手に入れ愛人に貢いだ。愛人は同じ目的で、礼子さんの長女(10歳)も殺さそうとしていたらしい。
 それだけではない。礼子さんは同じ目的で、7年前に夫を殺した、と自供したという。カレーライスに睡眠薬を混ぜて眠らせ、海に放り込んだのだという。
 礼子さんは、その後カレーのテレビコマーシャルを見るたびに、あるいはカレーを作るたびに、自分の所業をちらと思いだした(忘暮楼の想像(^.^))が、世間がカレーライスをうまいものの代表選手と考えている限りは安住できていた。
 その礼子さんが昨年は和歌山毒物カレー事件をテレビで見た。近所の皆さんの下痢が食中毒と思われている間は礼子さんはまだ危機を感じていなかったが、マスコミにあおられて、世間はしだいにカレーライスを殺人の道具の一つと考え始めた。学校の給食からもカレーが消えた。カレー・ルーのテレビ・コマーシャルを自粛し始めた。
 新聞はそのころの礼子さんの気持ちを
私みたいなことをする人がいるのかと、いたたまれない思いだった
と伝えている。完全犯罪となるはずだった自分のカレー事件も早晩露見するに違いないと観念したのである。
 しかし、もう少し思いを致せば、礼子さんは和歌山の事件を通して、自分の罪深さが、自分だけに特殊なものではなく、実は人間の罪深さに起因していることに気がついたとも考えられよう。
 人間は何にでもなれるのである。だから自分も何にでもなれるのである。愛を知った女も、時によっては、或いは鬼女ともなり、また夜叉ともなって子すら食らうのである。
 このあと何をするか分からない自分を予感して、礼子さんは居たたまれなくなったのである。

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