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  1999年9月3日(金曜日) 曇り
私生児であることを自慢した首相

 昨日

「私生児たることを誇るのは、現代でも全くないわけではない。たとえば、20年ほど前、あるイギリス首相は、自分は私生児だとつねづね自慢していた。
と引用したが、デバガメ的に詮索してみたところ、この首相はどうやら日独伊との融和政策を主張したチェンバレンのことらしい。首相就任は、無数のナチス党旗で飾られたベルリン・オリンピックの翌年である。

 異母兄のノーベル平和賞受賞のチェンバレンは、いわゆる「嫡子」のようで、Sir Joseph ...と父の名前を継いでいる。

例によって、小学館の百科辞典からの略記抜粋である。


チェンバレン

 Arthur Neville Chamberlain(1869−1940)

 イギリスの政治家。

ジョゼフ・チェンバレンの子
(ノーベル平和賞受賞者のSir Joseph Austen Chamberlainの異母弟)
としてバーミンガムで生まれる。

1931年から37年にかけて2度目の蔵相を務め、マクドナルド、ボールドウィン両政府の第一の実力者として保護関税の採用などを行った。

この時期から、対外拡張政策をとるドイツ、イタリア、日本に対する「宥和(ゆうわ)政策」を主張していたが、37年に首相に就任後、それをさらに積極的に推進した。

しかし第二次世界大戦の開始を防ぎえず、40年5月、保守党内部からも不信を買って首相辞任に追い込まれた。〈木畑洋一〉



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