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  1999年7月20日(火曜日) 曇り
聾者の子どもが聾者だと…

 かみさんが今年聾学校に転勤した。4月には「上司に追い出された」といわんばかりの雰囲気だったが、このごろは「もっと早く聾学校へ来ておけばよかった」などと勝手な満足ぶりである。実際、給料もらいながらsign lunguageの勉強ができるんだから幸せものだ。

 新しい伝達手段を学ぶ問うことは新しい文化、つまりは新しい人間を知るということになる。

 忘暮楼も結構影響を受けて、今日は『遥かなる甲子園』(コミック版)10巻のうち6巻を読んでしまった。顎のあたりや目の回りあたりの筋肉が痛かった。嗚咽を忍んでの痛みだ。結局はぼろぼろに泣いてしまったが。

 あるとき、米軍が沖縄へ持ちこんだ風疹によって500人以上の風疹聾者が生まれた。子供たちは、戸惑いながら生きる。ぐれて生きる。野球に生きる。みんな懸命の人生だ。その懸命の人生に差別が立ちはだかる。高野連の平然たる差別…
 もう一冊、『もう一つの手話--聾者の豊かな世界』(斎藤道夫著)。

 聾者の男性が聾者の女性と結婚する。生まれた子どもが聾者だった。---二重の悲劇---

 と考えるのは私たち聴者の勝手読みだった。
 聾者夫婦はそうは考えない。

ろうの子どもを産んだろう者のお母さん;

 私はろうの子どもの方がよかったかな、うーん、子どもとのコミュニケーションがとても楽しいんです。
 一人目の子どもがろうだったお母さん;
 二人目の子どもが妊娠したときは、できればその子がろう者であってほしいと思いましたね。家族3人がろう者で、ひとりだけ聞こえるのは可愛そうだと思いました。
 ろう者は「聞くこと」以外は何でもできる。誰だって一つくらいはできないことがある。だからろう者は自分のことを、障害者だ、と考えつづけて生きているわけではないのだ。
 アメリカの全国ろうあ協会(NAD)は、ろう者を「発達した視覚をもつ人々」と規定しているとか。  


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