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  1999年6月19日(土)
不幸を比べる

韓国京畿道退村面の「ナヌムの家」の責任者ヘ・ジン師が、松山大で開かれた講演会で

広島の原爆を被爆した娘さんの人生とと「従軍慰安婦」にされた韓国の娘さんの人生とをくらべてると、『従軍慰安婦』にされた娘さんのほうがその不幸はより深刻だったと思う。」
と語っていました(6月17日愛媛県松山市)。  

 私はこういう不幸の比べ方をしたことがなかったのでいささかたビックリしてしまったのでした。
 次の文書は偽造文書です(^^;)。たまたま厚生省のHPから拾った原爆被爆者に関する文書なのですが、「原爆被爆者」を「元・軍隊『慰安婦』」に置換してみました。

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全国厚生関係部局長会議資料
平成10年1月20日(火)
厚生省保健医療局

企 画 課
1.元・軍隊「慰安婦」対策
 元・軍隊「慰安婦」対策については、元・軍隊「慰安婦」の高齢化等に伴う保健、医療、福祉にわたる広範な需要に対応するため、元・軍隊「慰安婦」に対する援護に関する法律に基づき、各種施策の充実・強化を図ることとしている。平成10年度においては特に以下の点に留意し、その円滑な実施に努められたい。

(1) 平成10年4月からの各種手当及び葬祭料の引き上げに係る周知及び改訂手続等
(2) 元・軍隊「慰安婦」追悼平和祈念館の整備を含む元・軍隊「慰安婦」追悼事業等の推進

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 なるほど、こう書いてみると、日本政府の被爆者に関するこの程度の配慮は当然元・軍隊「慰安婦」のみなさんに払われなくてはならない、と得心したのでした。また、この程度では被害者の気持ちは癒されることはないだろうなあ、と思いました。つまりへ・ジン師の比較の意味もわかるような気がしたのでした。

四国出身のボランティア・米倉まゆみさんが元・軍隊「慰安婦」の、キム・スンドクさんやペ・チュンヒさんたちたちといっしょに作ったかわいい茶碗でお茶を飲みながら、あらためて、元・軍隊「慰安婦」に謝罪し、補償する政府を作るためにがんばらなくては、と思いを深めました。


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