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  1999年6月5日(土)
盗聴

 あさ、お弁当を作って、朝食をとって、服を着替えて、・・・しかし、結局出勤をあきらめた。身体と心がひどい状況だ。これはいわゆる「不登校」ってやつだなあ。同僚のみなさんには悪いけど、HPを1ページ作ったり、温泉に行ったり、心にいいことだけして早く寝ました。

 話題は、変わります。蛍が光るのは不特定多数の異性に自分の存在を知ってもらうため。小鳥たちのさえずりも同じようなものでしょう。

 しかし、人間のコミュニケーションはチョット違う。
声の大きさを変えたり、コミュニケーションの道具を変えたりして、

  • 独り言
  • 一人の相手だけへの伝達、
  • アカの他人に聞かれたくない伝達
  • joking relations への伝達
  • 特定のアカの他人への伝達   
  • 不特定のアカの他人への伝達
などと、伝達を階層化していると思うんです。

 この伝達の階層化が、その人間の個人史と個人的社会史そのものであり、したがって、その人のアイデンティティ存立の基盤になっているのじゃないでしょうか。つまり、この階層化があってはじめてそれぞれの「私」の心の安定があるのではないかと思うんですよ。

 国家による盗聴を合法化することは、国家がこの基盤を掘り返すことであると思います。盗聴が日常化しているというアメリカ合州国の人々と私たちのあいだには、すでにアイデンティティ形成上大きな違いが生まれていたりするのかもしれませんね。

 盗聴という言葉が持つ、非人間的は気持ち悪さの根源はこんなところにあるのではないかと思ったのでした。


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