<


  1999年5月29日(土) 晴れ

 やっとインターネットに接続できるようになりました。「バイオスがデフォルトになっていて、COM1が・・・」とのことでしたが、パソコンショップの社長さんのせっかくの説明も忘暮楼にはチンプンカンプンでした。ただひたすら感謝感謝。


1999年5月28日(金) くもり
敵同士

 今治精華高校の団交にでました。団交の途中、学園理事長から、「一度ききたかったこと」ということでこんな発言がありました。

・・・愛媛私教連のみなさんは、よく『私学はひとつ』ということを言っておられるが、現実は各私立学校は生徒数の確保でしのぎを削っている敵同士でしょう。この団交にでている愛媛私教連の役員は新田の先生ですから、精華の内部の問題を敵の学校の先生と交渉すると言うのは、どうもしっくりこんのですよ・・・

 この発言は、精華の組合も結成1年になるんだから、もうそろそろ理事会と単組で交渉させてもらいたい、という文脈にあったのですが、私立学校の経営者の頭の中がよくわかる発言でした。

 今回初めて経営トップの口から「私学はひとつ」というスローガンについての感想が出されたのですが、こんな気持ちでいると視野狭窄(narrow vision)にならざるを得ないでしょうね。

 たとえば、精華はいま不登校の生徒へのケアに学校として取り組もうとしています。視野狭窄になってしまっていると、この取り組みも「敵に勝つ」ための「苦肉の策」としかとらえられないでしょう。しかし、この取り組みは、国民の教育権を保障するという言う意味で非常に重要な仕事であり、教育者としての大きなロマンでもあるわけです。こういうことができうる学校は必ず国民が支えてくれると思います。国民の願いを実現する学校であるからです。

 私立学校というもののよってきたるところは国民の教育権、親の教育権です。公立高校ではかなえられない願いをかなえる場所が私立学校です。私立学校は国民が必要としている限りで存在するもので、国民が必要としない私立学校は勢いを失っていくわけです。

 理事長が他校を敵と考え、配下の教員にも他校を敵視させ、あるいは他校を敵視しない同僚を「内部の敵」扱いさせ、敵に勝つために走りまわらせるというようなことになってしまっては、せっかくのロマンも単なる術数とみられてしまうかもしれません。もったいないことです。


もどる