<


  1999年5月2日(日) 晴れ
利き足

 連休前の授業で、利き目の話をした。

 「我々は何時も両方の目で物を見ているように思っているけど、一方だけで見ていることが多いんだよ。こう、指で円を作ってその円を通してと両目で何かを見る。それで片方の目をつぶってみるとどっちの目で見ているか分かるんだよね。」

 などと自分でやって見せながら話す。ところが驚くべし、自分でもやって見る生徒がほとんどいない。2.3人がモジモジしながら指の輪をのぞく程度である。

 利き目など、あまりに常識的過ぎたのであろうか。忘暮楼は大学で初めて知ったんだけど、近頃はテレビなどを通して知ってしまうのかなあ。

 いや、生徒たちは知らないのじゃないかと思う。知らないけど、やっても見ないないのだと思う。この推理が当たっていれば、怖いことだ。知っていたかどうか生徒に聞いてみる価値がありそうだ。

 利き足というのもある。忘暮楼の場合右足だ。歩行するとき、どうしても利き足で立っている時間の方が少ーし長くなる。その分からだが利き足のほうへ大きく旋回する。左足に重心が移ればカラダも左のほうに旋回するけれど右に旋回する角度よりは少ーし小さい。

 そこで方向を意識せずに歩いていると、あるいは目をつぶって歩いていると、進路は次第に利き足の方向へぶれて行く。結局広い場所で目をつぶって歩くと元へ戻ってしまうことになる。利き足のブーメラン効果である。

 富士山麓の青木が原樹海を歩きつづけると、このブーメラン効果で、知らない間に元のところに帰ってしまい樹海から出られなくなるそうだ。
 恐ろしいことだ。

 しかし、考え様によれば、狩猟時代の昔、平原をさ迷い歩いても、このブーメラン効果のおかげでもとの場所に戻れたとすれば、これも一つの「身体の智慧」というべきかもしれない。我々はすでにこの効果の意味を見失っている。文明は「身体の智慧」を黙殺していく。


もどる