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  1999年4月28日(水) 晴れ
若さの値打ち

★彡ファイルを職場に置き忘れてしまい、28日が29日の後になってしまいました。悪しからず。

 「たかが野球、されど野球」とは池田高校野球部の蔦監督のことばだが、「たかが野球」というところが至言である。

 昨日は、西武の松坂投手が完封で2勝目をあげた。マスコミは彼を「怪物」と呼んでいる。
 巨人の松井選手は「ゴジラ」と呼ばれているが、「ゴジラ」と「怪物」は違う。「ゴジラ」はゴリラとクジラが合体したもので身元ははっきりしている。

しかし、「怪物」は正体が知れない。時来れば、今以上の威力を発揮することが世間に確信されているが、それが将来どんな展開になるか予測できない。松坂投手が今後野球界にどんな数字を残すか、世間は注目しつづけるだろう。
 確かに「怪物」は今の松坂投手にふさわしいニックネームである。

 しかし、松坂投手が本物の「怪物」でないことはみんな知っている。彼は早晩しなびてしまうのである。二十数年後にはパワーをうしなう。

 昔、赤ちゃんコンクールというのがあった。忘暮楼の友人のひとりなどはいまだに、昭和17年の高岡市の赤ちゃんコンクールで2位になった、と自慢している。「産めよ増やせよ」というわけで、りっぱん兵隊さんをたくさん補給するためにこういうコンクールが企画されたのだろうが、表彰された親は結構鼻が高かったと思う。

 しかし、赤ちゃんコンクール入賞者はいつまでも赤ちゃんでいてはならない。赤ちゃんを卒業して初めてりっぱな赤ちゃんだったと再評価されるわけだ。

 スポーツの選手たちの栄光も、ほとんどは、実はこの程度のものなのである。
 「若いから出来ること」をもてはやすのは近代の陥穽である。神風特攻隊の主役が青年たちだったことを想起したい。特攻隊員が青年でなければならない理由がどこにあろう。 ヒットラーユーゲントの活躍や、紅衛兵の闊歩を想起したい。もののわからない青年たちの蛮行を助長したのである。

 人間の歴史のほとんどの時間、若者は年寄りをあこがれ続けてきたのではなかったのか。


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