1999年4月3日(土) くもり
ナヌムの家の最初の写真
ナヌムの家のこと。
 韓国政府の呼びかけに答えて、元皇軍「慰安婦」体験者としての申告をした女性は191名(1993年3月現在)。その中で今日も生存しておられる方が150余名とのこと。
 そのうちの8名が、ヘジン上人以下米倉まゆみさんなど8名のスタッフとともに、キョンギ道広州郡退村里の「ナヌムの家」で共同生活を送っている。
 行ってみた感じは相当遠い所のような印象を受けたが、今、改めて今地図で見てみると、なあんだ、それほどでもないのでした。

 ソウルの漢江のほとりにオリンピック公園がありますね。この公園の裏山(ちょっと離れてますけど・・・南東の方角)が古戦場で有名な南漢山城の山(480M)。この山の、ソウルから見て裏っ側に当たるところに、タクシーの運転手から聞いたところでは「焼き物で有名」だという広州や、漢江の最下流のダム湖・パルタン湖がある。たっぷり水をたたえて南北に長く広がるこのパルタル湖の、一番南の奥の谷間のどん詰まりに「ナヌムの家」がある。

 さて、おばあさんたちに差し上げる贈り物を何にしようか。これは訪韓前からの悩みだった。「家」訪問の前日、最終的に「韓菓(日本で言うと和菓子)」にすることになりかけていたが、そのときイチロー君だったかヒョンホ君だったかが、忘暮楼の糖尿のことを思いだし、「おばあさんの中にも糖尿病の人もいるかもしれないし・・・」とやさしいことを言った、その拍子に思いついたのが「ソコリ」、牛のシッポであった。これでスープを作れば歯の悪いおばあちゃんでも味わってもらえるぞ。

 案の定このお土産はすこぶる好評で、絵かき(?)の金順徳さんが、さっそく箱を開いて、二つの大鍋にそれぞれソコリをどっさり入れ、水をたっぷり入れて煮始めた。夕食用である。忘暮楼もアクをとったり、おしゃべりしたり、挨拶らしい挨拶もしないまま夕食の準備を手伝う。

 このソコリは、たまたま忠清南道扶余の産なのだが、歌手(? 恐ろしいほど歌がうまい)の斐春姫さんの話しでは、肉は扶余に限るらしい。

 夕食の時間になって、ソコリのスープを金順徳さんがお椀に注ぐと、忘暮楼やイチローやヒョンホが食卓の上に配って行く。あっちの方から別のおばあさんが、「イチローや」と呼びつける。何か手伝わせる積もりらしい。おばあちゃんたちとこんな関係でいられるなんてシアワセダナー。肩の荷が降りた感じ。

 忘暮楼は愛用のデジカメでこんな光景を撮りたくてたまらないのだが、おばあさんたちにぶしつけにCameraを向けるのも憚られる。それで、まずは遠慮無く撮れるものから撮っておこう、とシャッターを切ったのが、ナヌムの家のキムチ(下の写真)でした。

 あとは、お酒も入ってよい写真がいっぱい撮れました。斐春姫さんの言:「ソコリはいいお土産やね。韓菓にしようかと思ったって? あれは美味しくないよ。病気の人もいるし・・・」
 ・・・よかった。危ないところでした。「うめぼしもいいよ」とのこと。次回のナヌムの家訪問のときは梅干しも忘れないようにしようっと。

ナヌムの家のキムチ