1999年4月1日(木)
第354回水曜集会に参加したよ

韓国旅行の報告を少し・・・
第2日(3月24日)
 ソウル昌徳宮の後苑を歩いた。ここは普通は「秘苑」と呼んでいるが、この呼び方は日本人がつけたものだという。 ねんのために案内の女性に聞いてみたら、ちょっと声をひそめて、「そのようですよ」と答えてくれた。

 12時から日本大使館前の定例の水曜集会が開かれると聞いていたので、ヒョンホ君とイチロー君と3人で現場へ行ってみた。みんな、初めての参加である。
 やってる、やってる。大使館前は40人ほどの戦闘警察が道路沿いにずらりと並んでいて、道路の反対側に50人ほどの市民が横長の集会をしている。 挺対協の人らしい女性が演説をしている。

 我々はまず戦闘警察の列の方へ行って集会の写真を撮る。おお、松山へ来てくれた金順徳さんがいるぞ。斐春姫さんもいるぞ。「とうとうここへ来たんだなあ」としばしうっとり(?)・・・
 それから3人はおもむろに集会の一番端っこに陣取る。挨拶はまだ続いている。ナニ言ってるのか、チョット聞き取れない。

 日本人が結構参加している。10人くらいはいるんじゃないかな。その中の一人に「米倉マユミさん,いらっしゃる?」と尋ねたら、すぐ傍にいた女性が米倉さんだった。
 さすが土佐のハチキン娘、体格も立派でおおらかそうな顔立ちだ。すぐに仲良くなる。

 女性がやってきて「日本のどこから来たんですか?職業は?」などと聞かれた。
 しばらくすると、進行係の女性が「それでは日本から学生と一緒に参加してくれたオノウエ氏に挨拶をしてもらいます」って言ってるじゃない。エーーーーッ (◎-◎;)!!
 「ヨネクラさん、ヨネクラさん、通訳して・・・」。ヨネクラさんの背中を押しながらみんなの前に立った。目の前に金順徳さんがいる。

挨拶の前に金順徳さんのところへ行って手を握って「センガンナセヨ?オノウエインミダア」というと「覚えてるよ覚えてるよ、よく来たねえ」ときれいな日本語。松山へいらっしゃったときは日本語を使わなかったけど、本当は上手なんだなあ。
 進行係に急かされて挨拶。挨拶の内容は大略次ぎのようだったと思う。

 「ここへ来ても、なんと申し上げたらよいかまだわからない状態なのですが、一言御挨拶させていただきます。日本政府はいまだに皆さんに謝罪もしなければ補償もしていませんが、皆さんに謝罪し補償する政府を作り得ていないことは、日本人である私たちの責任です。これから日本は選挙の季節に入りますが、そのような政府を作るための戦いのひとつとして、皆さんへの謝罪と補償の必要を主張する政党の前進のために力を尽くしたいと思います。」

 ウエー!大演説をしてしまったなあ。

 昨日、一緒に集会に参加したヒョンホ君からメールがきた。ヒョンホ君は、1週間後(3/31)の第355回水曜集会にも参加したのだという。
「・・・今日も水曜集会に参加しました。ハルモニたちとマユミさんが挨拶をしました。韓国人だということより、人間だということで、これからもずーっとこの集会に参加したいと思っています。今日は大阪から7人の弁護士が集会を訪問しました。天気もよく暖かかったです。一日も早くこの悪夢が終わればいいと思います。」


忘暮楼日記 <


 

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