2004年8月17日 火曜日
 使者に鞭打つ小泉首相

  16日、小泉首相の2004年元旦の憲法違反の靖国神社参拝に対する損害賠償請求訴訟が松山地裁で起こされた。私も原告の一人である。
  小泉首相の言動についはこれまでも何度か取り上げてきた(1,2,3)が、今回はこの訴訟に関連する発言をいくつか取り上げてみよう。

小泉首相は2004年1月1日に、初詣と称して、内閣総理大臣就任ご4回目の靖国神社参拝をおこなった。小泉首相はこれまでの参拝と同様、公用車を使用し、「内閣総理大臣小泉純一郎」と記帳し、一礼方式による参拝をし、献花料として3万円を支払った。(訴状より引用)
  2004年2月の衆議院予算委員会において小泉首相この参拝に関連して、

A級戦犯の合祀について抵抗感を覚えていない。日本には死者にまでむち打つ感情はない。よその国からああしなさい、こうしなさい、と言われて、今に至るまでの気持ちを変える意思はまったくない。(訴状より引用)
  と答えた。今回はこの発言のうち「日本には死者にまでむち打つ感情はない」を取り上げたい。(「抵抗感」云々の部分は稿を改めて考えたい。)
  近隣諸国を多大の不幸と困難に陥れた15年戦争の責任者であるA級戦犯に対して日本の首相が参拝することに対して近隣諸国から強い不快感、非難の声が上がった。上の発言はこれらの非難にたいする小泉首相の見解を述べたものである。外国では犯罪者を死後にわたって非難し続ける習慣があるかもしれないが、日本では死者に対してはむちを降ろすのだ。だから、日本ではA級戦犯といえども死者となっては参拝するのは当然であり、自分も何の抵抗感もない、という趣旨と理解する。
  この発言には二重のうそがあるようだ。

  まず第1は、これは証拠を挙げて言及できないのだが小泉首相はA級戦犯となった人々を罪人と考えていないと推定されることだ。戦勝国による一方的な軍事裁判によってでっち上げられた罪に過ぎない、と考えているとおもわれるのだ。つまり、A級戦犯となった戦争責任者については、生きていているときでも「むち打つ」意思はまったくない、ということだ。いわんや、死後においてをや、である。つまり「死者にまでむち打つ」云々は単なるレトリックにすぎないのである。
  第2のウソはこれよりはっきりしている。靖国神社とは誰を祀る神社か。国事に殉じた人々を奉斎するのである。すなわち、天皇国家の政治に密接な関係のあることがらのために、端的に言えば天皇のために、自分の命を投げ出した人々を謹んでお祀りもうしあげる、というのである。死者となった臣民の中から天皇のために殉じたと評価できる死者を選び、そうでない死者を捨てるのである。

  靖国神社の前身である東京招魂社は、明治維新の内戦で戦死した「官軍」(天皇側の軍)のための招魂社でした。したがってこの基本的な性格を継いだ靖国神社も、天皇に手向かう者は逆賊・朝敵として当然合祀されませんでした。その意味で戊辰戦争時の白虎隊は祀られていません。1887(明治10)年の西南戦争の際の政府軍戦死者は合祀されていますが、西郷軍の戦死者は含まれていません。当然のことながら反逆者として自刃した西郷隆盛は合祀されませんでした。(「Q&Aもっと知りたい靖国神社」大月書店より引用)
  西郷隆盛は西南戦争戦争以来117年間鞭打ち続けられているのである。小泉首相はこのように死者に鞭打ちつづける靖国神社への参拝を何より大切にする。その一方で「日本には死者にまでむち打つ感情はない」と近隣諸国の怒りを鼻であしらおうとする。またしてもでまかせ発言である。

  小泉首相は思索らしい思索もなくいわばでまかせ発言でその場を切り抜けるというスタイルで政治を進めてきているのだが、今回の予算委員会での発言もその一例にすぎない。自己中心的な日本人はだませても、実がないのだから、近隣諸国の理解は絶対にえられない。