2004年8月14日 土曜日
 沖縄国際大学構内への米海兵隊ヘリ墜落事件

  いつかは起きると予想されていた大事件がついに起きた。米海兵隊のヘリコプターが、宜野湾市市街地にある沖縄国際大学キャンパス内の大学本部ビルに衝突、墜落したのである。大学は夏休み中ではあったが、集中講義や部活のために数百名の学生が登校していた。米軍は直ちに大学敷地から日本人を追い出しアメリカ兵だけで事故調査を開始した。
  琉球新報の記事を中心に、事件の流れを時系列に整理してみた。この作業をしながら思ったことを書き付けておく。
  1. 事件は必然的におきた。普天間基地米海兵隊の市街地上空での飛行訓練は常軌逸している。
  2. 基地があるということは事故があるということ、基地を移転するということは事故を移転するということに過ぎない。学生の頃、米軍基地デモで叫んだ「ヤンキー!ゴー・ホーム」のスローガンがここで再び光を放ちはじめている。
  3. 大惨事にならなかったのは偶然としかいいようがない。
  4. 日本の領土はいつでも米軍の完全支配下に置かれる仕組みなっていること。日本は米軍(かつての占領軍)の支配から独立していない、のである。
事件以前
2004/08/06政府は、今後、88施設312平方キロに及ぶ在日米軍施設全体の機能・必要性を検証したうえで、
岩国基地(山口県)に配備されている海兵隊F18戦闘機の部隊削減
三沢基地の空軍F16戦闘機をグアムか嘉手納基地(沖縄県)へ移転
――などの提示も検討する。
 在沖縄海兵隊をめぐっては、ヘリ部隊のいる普天間飛行場(宜野湾市)を沖縄県内の名護市辺野古岬沖へ移設する方針が99年12月に閣議決定されているが、いまだに着工すらできない状況に米側はいら立ち、移設計画の見直しや、戦闘部隊の一部のキャンプ富士(静岡県)などへの国内分散案を打診している。

 海兵隊戦闘部隊の大半は米本土から6カ月ごとのローテーションでキャンプ・シュワブ(名護市など)などに派遣されていることを踏まえ、政府は「沖縄海兵隊約1万6000人のうち数千人は海外移転が可能」(防衛庁幹部)とみて日本側の考えを理解してもらうためオーストラリアやフィリピンとの間で意見交換を行っている。また政府は普天間飛行場の移設計画は維持する姿勢を崩していない。
 岩国基地については米海軍厚木基地(神奈川県)の移設先として日米間で検討されており、負担軽減のため海兵隊航空部隊の削減を米側に求める案が浮上。空軍関連では三沢基地のF16の配置見直しが検討されている。

1972年の本土復帰以降、県内で発生した米軍航空機の墜落事故は、今回の沖国大墜落で41件目事故機のCH53ヘリコプターは1985、99年にいずれも国頭村で墜落事故を起こし、乗員がそれぞれ4人死亡している。 復帰前の59年6月には、石川市の宮森小学校に米軍ジェット戦闘機が墜落、児童11人と周辺住民6人の人命を失い、200人以上の負傷者を出す大惨事が発生した。

沖縄タイムズ <2004年8月14日 朝刊 11面>

老朽著しく代替対象/CH53型ヘリ

 墜落したCH53大型ヘリは、同じ普天間飛行場所属のCH46中型ヘリ同様、危険性が以前から指摘されていた。両機はベトナム戦争用に開発された輸送用ヘリで、老朽化が著しく、海兵隊関係者は「整備に神経を使う」と安全性の確保に腐心していたのが現状だ。

 米海兵隊はすでに、同型機の代替機として垂直離着陸機MV22オスプレイ導入計画を進めているが、同機も試験飛行中に相次ぐ墜落事故を起こし、導入計画が大幅に遅れている。

 CH53は一九九九年四月、普天間基地所属機が国頭村安波の沖合に墜落し、四人が死亡した。さらに翌年二〇〇〇年八月にも米海軍所属機が米国内で墜落。乗員四人が犠牲になった。

 相次ぐ事故を受け、米海兵隊は世界に展開する同型機の飛行を一時的に停止させた。米軍関係者の中には老朽化が進み、機械的な欠陥を指摘する声が上がっていた。

 〇一年二月には普天間飛行場上空で二機のCH53が接触事故を起こしていた。けが人は出ていなかったが、地元自治体などへの事故発生の連絡が一カ月以上も遅れ、反発を受けた。

 米国防総省などがまとめた報告書でも、海兵隊所属機の事故率の高さが指摘されている。米議会調査局が〇二年にまとめた報告書では、死者発生や墜落など被害額が百万j以上に上る「Aクラス」に分類される事故の発生率が、空軍など他軍と比べて突出して高い。一九八〇年から二〇〇〇年までの統計で、海兵隊は飛行十万時間当たり四・五五件で海軍の二・五五件の二倍近い。一件当たりの死傷者数も一・三一で四軍の中でトップだ。

 機種別では同じ普天間飛行場に所属するAH1攻撃ヘリが四・〇四でトップだが、CH46が一・八六、CH53が一・七六で、固定翼の他の輸送機に比べ高い傾向にある。CH46の場合は〇一年から飛行時間ごとの検査を大幅に短縮させている。

米軍所属機別の事故発生状況(1980―2000年)
合計 事故率 死傷者 事故1件当たりの死傷者
陸軍 605件 1.98% 552人 0.91人
空軍 1200件 1.64% 1152人 1.14人
海兵隊 376件 4.55% 494人 1.31人
海軍 822件 2.55% 665人 0.80人

米軍機の主な墜落事故

【復帰前】

1959年 6月30日 
石川市の宮森小に米軍戦闘機墜落。児童ら17人死亡、100人余がけが。

1961年12月 7日 
具志川村(当時)川崎の民家に米軍ジェット機墜落。民間人ら6人が死傷。

1962年12月20日 
嘉手納町屋良の民家に米軍輸送機が墜落、民間人ら7人が死亡し8人が重軽傷。

1966年5月20日 
嘉手納基地でジェット機が離陸に失敗。民間人男性が犠牲。乗員も全員死亡。

1968年11月19日 
嘉手納基地内でB52墜落。住民4人が負傷。

【復帰後】

1973年12月 5日 
海兵隊所属機(中型輸送ヘリ)が、西原村(当時)小那覇の社屋新築現場付近に墜落、乗員4人が死亡。

1976年11月 4日 
普天間基地所属のCH53が、渡嘉敷島近海に墜落、乗員4人全員が行方不明。

1978年 3月 3日 
普天間基地所属のCH46が、キャンプ瑞慶覧沖合に墜落、乗員4人が死亡。

1980年10月 2日 
普天間基地滑走路に観測機が墜落。1人死亡。

   同年12月19日 
普天間基地所属のCH46が北部訓練場内に墜落。乗員1人が死亡。

1982年 7月20日 
具志川市高江洲のキビ畑に海兵隊ヘリが墜落。

1985年 7月12日 
普天間基地所属のCH53が国頭村の林道に墜落、乗員4人が死亡。

1994年 4月 4日 
嘉手納基地を離陸中にF15が嘉手納弾薬庫地区内黙認耕作地に墜落。

1999年 4月19日 
国頭村の北部訓練場沖合にCH53墜落。乗員4人が死亡。

クリントン米政権のキャンベル元国防副次官補は「もし、民間地域への墜落事故が起きれば、1995年の少女乱暴事件に続く日米安保の危機が訪れる」と予言していた。米軍ヘリの老朽化は著しく、再発防止の掛け声は何度もむなしく響いた。危険性を軽減させる選択肢は、移設なき早期返還以外には考えにくい。 米政府内では、移設まで十数年を要する辺野古移設に対する不満が顕在化しており、県内移設以外の対応策を検討する動きが強まる可能性もある。

96年のSACO、99年の稲嶺恵一知事による移設先選定を経てきたが、環境問題などの懸案が山積し、移設作業は停滞。知事が主張する「15年使用期限」は日米間で真剣に検討された形跡はない。最近の世論調査では、辺野古移設を支持する県内世論は10%内外に低下し、世論の支持を失っている。県は厳しいかじ取りを迫られており、普天間返還・移設問題は、重大局面を迎えた。
昨年11月に来沖したラムズフェルド米国防長官も上空から同飛行場を視察した際に「危険だ。そして老朽化している」と指摘するなど、米側からも早期移転を求める声は根強い。

米軍は海外の米軍の活動についての情報を知らせるホームページ上で、イラクに駐留する多国籍軍による情報として、沖国大構内に墜落した同機種のCH53ヘリが十一日午後十時十五分ごろ、イラク西部のアンバー州でパトロール中に墜落。海兵隊員二人が死亡、三人が負傷したと伝えた。

沖縄タイムズ <2004年8月18日 朝刊 27面>

同型機4月にも事故/広島で不時着

 宜野湾市で墜落した米軍ヘリコプターと同じ部隊に所属する同型機が四月にも機体の故障から広島県の河川敷に不時着していたことが十七日分かった。いずれもCH53D大型輸送ヘリ。CH53にはD型とE型があり、D型は旧式。米軍は「捜査中だが、不時着機と墜落機は違う機体とみられる」と説明している。

 宜野湾市の沖縄国際大構内に墜落したヘリは、米海兵隊第四六三大型ヘリコプター中隊に所属していた。同中隊は、六カ月ごとに部隊をローテーションで派遣する海兵隊独特の部隊配備計画に基づき、四月上旬に米ハワイの基地から岩国基地(山口県岩国市)へ派遣された。部隊は五月中旬に、普天間飛行場に配備され、沖縄に駐留する第三一海兵遠征部隊に組み込まれているという。

事件当日(8月13日)小泉首相夏休み
13日午後2時15分ごろ、宜野湾市宜野湾2丁目にある沖縄国際大学1号館(本館)の建物に普天間飛行場を飛び立ち訓練中だった米海兵隊のCH53D大型輸送ヘリコプター1機がバランスを失って衝突し、大学駐車場に墜落、炎上した。乗員の男性海兵隊員3人のうち、1人が重傷、2人は軽傷。民間人にけが人はいない。
現場写真  宜野湾市の航空写真
首相が映画観賞 ホテルでの夏休み  [ 08月13日 19時06分 ]
  共同通信  

 小泉純一郎首相は13日、東京・六本木の六本木ヒルズの映画館で海に生きる動物たちを追ったドキュメンタリー映画「ディープ・ブルー」を観賞した。
 首相は「素晴らしかった。海の迫力に圧倒されたよ」と大自然の壮大さを堪能した様子だった。首相は同日から都内のホテルに宿泊。23日までの夏休み期間中はテレビでアテネ五輪を観戦するなど「頭を空っぽにして無為に過ごす」としている。

 過去40回の事故の多くは、米軍基地や訓練所内、海上で発生。那覇空港や民間地の畑、林道などでも墜落しているが、人口が集中する住宅地での墜落事故は復帰後初めて。

事故原因について米軍は「機械的な不具合」と発表。
普天間飛行場  現在、米海兵隊第一海兵航空団第36海兵航空群に所属するヘリ56機が配備されている。事故を起こしたCH53大型ヘリは15機、このほかCH46E中型ヘリ24機、AH1W軽攻撃ヘリ10機、UH1N指揮連絡ヘリ7機となっている。墜落したCH53ヘリはエンジン2機のD型で、1969年から72年にかけて製造された旧型の老朽機。現在はその後に製造されたエンジン3基のE型が大半を占めているが、D型は少数残されているという。
米軍によると、事故機はハワイのカネオヘベイ基地の第265海兵中型ヘリ中隊所属。在沖の第31海兵遠征部隊に配属され、半年間ごとの部隊展開計画(UDP)のローテーションで山口県の岩国基地や普天間飛行場を回っていた
目撃者の話をまとめると、ヘリは大学南側の民間地上空を飛んでいる際に、機体から後部ローターやプロペラなどの部品がはじけ飛び、バランスを崩した後、大学1号館の建物に接触、墜落した。墜落直前は、胴体自体が回転し、操縦不能状態で飛行を続けていたという。

 墜落した機体はプロペラが根元から折れ、原形をとどめていない。

ヘリは墜落後に爆発し激しく炎上。宜野湾市消防本部や米軍の消防隊が消火に当たり、午後2時40分に鎮火。
墜落現場周辺の民間地には広範囲にわたってヘリの部品が飛散。現場から約340メートル離れた我如古公民館近くでは、尾翼のローターとみられる部品が発見されている。
1号館には当時職員25人がいたほか、構内全体に数百人がいたが無事だった。

 大学から300メートルほど離れた給油所には直径約15センチメートルの金属片が落下した。職員(19)は「ドカーンと爆発し、黒い煙が空一面に広がった後、しばらくして破片が飛んできていた」と恐怖を語った。

 中村桂さん(31)は事故を知り、生後6カ月の長男を抱えて外に出た。自宅に戻ると、室内には窓ガラスを突き破ってきたコンクリート片や割れたガラスが散乱。桂さんは「そのまま部屋にいたら大変なことになっていた」と震えた。

事故発生時、嘉数中学校では、プロペラの落下を目撃した野球部員も。事故後、保護者から安否を気遣う電話が相次ぎ、小波津和雄教頭は「最近、低空飛行が増えて不安だった。民間地に飛行場があることが問題だ」と基地に強い疑問を投げた。
志真志小学校の久銘次利男校長は「現場はわずか数百メートル先。もしこの小学校に落ちていたら大変だった」。同小では事故当時、バスケット部や少年野球の児童らが練習中だった。
事故直後、消防署から緊急待機を求める電話があった現場近くの宜野湾記念病院。玉榮剛副院長は「普段から騒音に悩まされている。病院の環境という以前に住宅地の環境でない」と強い不快感を表した。
現場から約60メートル離れたグラウンドでは、沖国大ハンドボール部10人が練習中。「不時着すると思ったので、みんな散り散りに逃げた」。ヘリは前傾姿勢で校舎ぎりぎりの低空を左右に蛇行しながら、グラウンドに向かって飛行。尾翼が落下した後、左方向に旋回するように図書館の陰に落下した。「ドーン」という大きな爆発音と火柱が上がり、グラウンドまで灰が飛んできた。

沖縄タイムズ7/14

 沖国大の斜め前には宜野湾市立宜野湾保育所がある。子どもたちは昼寝中だった。

 松本美恵子所長(56)は「大きな音がして、黒煙が上がるのが見えた。子どもたちも昼寝中だったので、気付いてパニックになることもなかったのが不幸中の幸いだった」と胸をなでおろす。

 松本所長は「米軍飛行場の存在は以前から危険視していたが、まさか本当にこういうことが起こるとは。基地が身近にある生活とは、常にこうした危険と隣り合わせだということなんですね」

宜野湾市長田にいた会社員の仲里元勝さん(25)=南風原町=は、ヘリが旋回して落ちていくのを目撃。「落下直前に、破片のようなものが機体からはじけ飛んだ」という。
大学職員の上原スミ子さん(61)は「ドーンと大きい音がして黒煙が上がり、女子学生の泣き叫ぶ声もした」と語った。
墜落直後、フェンスを乗り越えた米兵約50人が大学構内を走って駆け付け、現場周辺を封鎖。バラバラに散ったヘリの破片を素早く回収したという。
午後4時ごろには一部のマスコミが立ち入り禁止の校舎内に入ったため米軍側が追い掛けて制止。撮影したテープを没収しようとしたため、テレビカメラを持った男性が走って逃げると米兵も追跡した。「米兵を捕まえろ」という学生らの怒声が響き、米兵1人が学生らの群衆に取り囲まれる切迫した状況になった。

また午後5時ごろ、大学職員らが立ち入り禁止のテープの前で「米軍や県警の人間が多数入っていて危険というのはおかしい。なぜ入れないんだ」と米兵に激しく抗議し、一時現場は騒然となった。

「ヘルプ・ミー、ヘルプ・ミー(助けて、助けて)」。墜落直後、米兵の叫び声を墜落現場の道向かいに住む桃原沙夜香さん(25)は聞いた。桃原さんは生後2カ月の双子の息子と3人で自宅で昼寝をしていた。

 「突然、すさまじい音がして飛び起きた。爆発音が何度も響き、窓の外では炎と黒煙が上がっていた。危ないと思い、すぐに子供を抱きかかえ、外に逃げた。玄関にヘリの大きなプロペラが落ちていた」と説明する。「もしかすると、死んでいた。子供は泣き叫び、私も震えが止まらなかった」と恐怖を話した。

 ヘリが衝突した棟の1階事務室で仕事中だった派遣職員の知念恵理香さん(24)は「揺れた後、ごーっと音がして事務所の窓ガラスが割れ、炎が20センチメートルくらい中に入ってきた。ショックで、腰を抜かしたが、何とか逃げた。窓側の職員は休みで、風圧でガラスの破片が飛んできたが、けが人は出なかった」と話した。

「沖国大にヘリが墜落した。近くの消防に連絡してください」―。建設会社勤務で沖縄市消防団分団長の新垣萬榮さん(62)=沖縄市=は、携帯電話で沖縄市消防本部に通報した。 新垣さんは、卒業証明書をもらうため、本館の玄関にいた。突然「ドーン」と大きな音。本館から職員らが外に出てきた。ガス爆発かもしれないと思い「運動場に避難してください」と声を張り上げ、学生らを誘導した。 墜落したヘリから約2メートル離れた草むらから顔や頭から血を流した1人の米兵がはって出てきた。墜落直前に飛び降りたのか、歩けない様子だった。すでに、基地内から別の米兵4、5人が到着し、けがをした米兵を収容した。「私がいた玄関と墜落現場は50メートル。少しでもずれていたら大惨事になっていた」と振り返った。

この項だけ「沖縄タイムズ」の記事: 墜落現場の沖国大では、ヘリの残骸を中心にした十―二十メートル四方が黄色いテープで何重にも囲まれた。周囲には迷彩服を着た米兵が数十人。 大学には早朝から県警捜査員が集まり、米軍に現場検証を申し入れた。しかし、米軍は「建物が壊れる危険性がある」などと立ち入りを拒んだ。 午前九時すぎからは、銀色の防火服を着込んだ数人の米兵が、焼け焦げた機体に白い薬剤をまく作業を始めた。中に入れない消防隊員らは、その様子をフェンス越しに見つめた。

 米軍が事故機周辺を封鎖しているため、県警は発生から9時間以上たった13日午後11時半現在も現場に立ち入れない状況が続いている。県警は同日中の現場検証を断念した。米軍の財産に関する捜索、差し押さえについては「地位協定17条10項に関する議事録」と刑事特別法13条で、米軍当局および基地司令官の同意が必要とされている。県警は合同での現場検証の実施について、14日にも米軍に同意を求める。事故発生直後、米軍は県警に理由を明示しないまま現場を封鎖。数時間後、米軍から「火災の熱で建物が崩壊する可能性があるため、危険回避のため封鎖している」との説明があったという。捜査幹部は「早急に事故機を調べたいが、手が出せない」といら立った。外務省の四方敬之地位協定室長は「米軍が自らの機体の回収を優先してやらねばならないというのは予想される」と述べ、地位協定上許されるとの認識を示した。

 県警は13日に被疑者不詳の航空危険行為処罰法違反の容疑で現場検証の令状を取った。また、事故直後に設置した米軍ヘリ墜落に伴う県警対策本部(本部長・高橋清孝本部長)を宜野湾署の捜査本部(本部長・當銘健徳署長)に移行した。

県警は14日、米軍に同意を求め、同日中にも合同で現場検証を実施したい考え。
乗員3人は北谷町の米海軍病院に搬送された。
牧野浩隆副知事は事故の重大性を踏まえ、普天間飛行場の名護市辺野古沖移設作業そのものを見直すことも含め、同飛行場の早期返還の在り方を再検討する考えを表明。安全性が確認されるまで、米軍や日本政府に対し、同基地での航空機の全面飛行停止を求めた。
米軍は当面、ヘリの飛行を停止する方針を示している。
防衛施設庁では午後2時45分に緊急連絡対応会議を設置し、在日米軍に事実関係の確認を急いだ。内閣府沖縄担当部局も関係省庁と連絡を取り対応に追われた。石井道夫施設庁次長ティモシー・ラーセン在日米軍副司令官に対し、遺憾の意と事故の詳細な情報提供、原因究明および実効性ある再発防止策を講じるよう文書で要請した。

 沖国大の米軍ヘリ墜落事件対策本部(本部長・渡久地朝明学長)と伊波洋一宜野湾市長は13日午後5時45分から、同大5号館ビル講義室で合同の記者会見を開き、「米軍に厳重に抗議するとともに、墜落原因の徹底究明と飛行訓練中止を要求する」と訴えた。渡久地学長らは「一歩間違えば大惨事だった。絶対に許せない」などと怒りをあらわにした。

 ヘリの墜落地点が1号館(本館)2階の学長室のすぐそばだったことから、渡久地学長は「(墜落時は)たまたま別のビルにいたが、もし1号館にいたらどうなっていたか。夏季休暇中でなく学生や職員が多数いたら、大惨事になった」と語気を強めた。

 伊波市長も「わたしたちが、住宅地域を飛行しないよう要請している中での事故であり、普天間基地の危険性が示された形となった。国は、大学だけでなく他の住宅地域にも機体の一部が落下するなどした被害の重みを受け止めて対応するべきだ」と厳しく指摘した。

 米軍ヘリが接触した1号館ビルは、学長室のほか庶務課、会計課などがあり、大学運営の要となっているが、米軍と県警の規制により、大学側の立ち入りが原則的に認められなかった。渡久地学長は「ビル内の被害状況の確認さえできない。こんな、ばかげたことがあるのか」と声を荒らげて抗議していた

外務省の海老原紳北米局長マハラック在京米国大使館臨時代理大使に対し「事故の発生は遺憾だ」と伝え、原因の徹底究明と再発防止を申し入れた。同代理大使は原因の徹底究明と再発防止をすることを説明した。
在沖米軍トップのロバート・ブラックマン四軍調整官(海兵隊中将)は13日午後9時、県庁を訪れ、牧野副知事に謝罪した。
ブラックマン四軍調整官嘉数知賢防衛政務官らが事故当日の夜に県庁を訪れて謝罪するなど、日米双方とも事故による県側との亀裂を生じさせないよう迅速な対応を見せている。

 「県民に多大な不安を与えたことに、心より遺憾の意を表明し謝罪したい」―。米軍ヘリ墜落事故を受け、13日午後9時から県庁に牧野浩隆、比嘉茂政両副知事を訪ねたロバート・ブラックマン四軍調整官。謝罪に対し牧野副知事は「米軍の航空機事故に対する認識欠如、安全管理の在り方に強い不信感と、極めて強い憤りを感じる」と語気を強め、度重なる事故の末、発生した今回の事故に米軍への不信感をあらわにした。 報道陣のカメラのフラッシュを浴びながら知事応接室に入ったブラックマン調整官。「事故に関して調査中だが、必要であればできる限りすべての措置を取りたい。二度とこのような事故が起こらないよう最大の努力を図りたい」と真剣な表情で「遺憾の意」を繰り返したが、県が求めた再発防止策が講じられるまでの米軍機の飛行停止は明言しないままだった。 会談後、囲まれた記者団に「調査結果が出るまでのヘリの飛行停止を決断するのか」との質問に「調査結果を見なければならない」と繰り返した調整官。しかし「調査結果が出るまでに事故が起こる可能性があるのでは」との問いには答えず、足早に県庁を引き上げた。

石破防衛庁長官  【東京】石破茂防衛庁長官は13日夜、米軍ヘリ墜落事故について「極めて重く受け止めている。嘉数知賢防衛政務官からブラックマン四軍調整官に原因究明と再発防止の徹底を申し入れた政府としては1日も早い普天間飛行場の移設・返還に向け全力で取り組んでいく所存である」とのコメントを発表した。
ボリビア出張中の稲嶺恵一知事は移設作業の再検討を否定した。知事は日程を切り上げて帰国する。
稲嶺恵一知事の話  非常に重大。大惨事につながりかねなかった事故だ。再発防止と、事故原因が究明されるまでの飛行停止を求めることも含め、国や米軍に強い態度で臨む。普天間飛行場の早期返還を要求していきたい。
伊波洋一宜野湾市長の話  これまで県内で起きた航空機事故で最悪のケースだ。普天間基地の危険性が示された。事故を重く受け止めて米軍に厳重に抗議するとともに、普天間基地のヘリ基地としての運用をただちにやめるよう日米両政府に求める
SACO(日米特別行動委員会)最終報告に基づく名護市辺野古沖での代替施設の完成には最低でも13年以上かかり、その間に事故が再び起きないとの保証はなく、返還は一刻の猶予も許されないことが決定的となった。
普天間飛行場返還など在沖米軍基地問題は1995年の米兵による少女乱暴事件以来、重大な局面を迎えた。
「早期返還についても当然、検討していかざるを得ない」。牧野浩隆副知事は厳しい表情で語った。県はこれまで現行の移設作業の実施が最も返還の近道だと主張してきた。現行の移設作業そのものを見直す可能性に言及した副知事発言は、県首脳が従来方針を全面支持する姿勢を初めて覆した瞬間だ。知事自身は記者会見で見直しを否定したが、県がいかに問題を深刻に受け止めているかが分かる。
事件翌日-8月14日小泉首相夏休み
米軍CH53Dヘリが沖国大に墜落した事故から一夜明けた14日午前、墜落現場周辺は依然、騒然とした雰囲気に包まれている。炎上し黒く焼け焦げたヘリの機体は現在もそのまま保存されており、道路封鎖や厳重な警備態勢も敷かれたまま。一歩間違えば住民の命を奪いかねない事故の衝撃も冷めやらぬ中、米軍中心に進められる現場での作業に、住民からは「米軍中心の警備は納得できない」と疑問の声も強くなっている。

【金武】金武町のキャンプ・ハンセン内レンジ4で建設が進められている米陸軍都市型戦闘訓練施設を阻止しようと、14日早朝から基地の入り口で抗議行動をした住民たちは、13日に宜野湾市で起こったヘリ墜落事故を受けて「こちらでも事件・事故が起こってからでは遅い」と怒りと絶対阻止の意を新たにした。 14日も朝から約100人が集合し、プラカードを手に工事の中止を訴えた。集まった人たちの中には事故現場となった沖国大の学生も。伊芸区に住む平良匠さん(3年)は事故当時たまたま近くにおり、黒く焦げた現場も見たという。「まさか落ちるとは思っていなかった。こちらでも施設ができて弾が飛んできてからでは遅い。あらためてそう思った」と話した。

ヘリが墜落した沖縄国際大学では14日、午前9時から予定通り集中講義が始められた。墜落現場の1号館(本館)を取り囲んで、普段は学生の姿が多い正門から中庭一帯に、立ち入り禁止のテープが張られた。墜落現場周辺を取り囲む米兵と県警。夏季休業中の静かな大学は一変した。「怖い」「安心して大学に行けない」と表情をこわばらせる学生たち。教職員は「自分たちの領土といわんばかりの態度だ」と事故現場を封鎖した米軍に憤りを見せた。
大学職員の玉那覇マサ子さんはキャンパスを封鎖する米軍に「自分の車も取らせてくれない」と憤りをあらわにした。「自分たちの領土のように振る舞っている。こういう事故があると怖い。早く普天間基地を返還すべきだと思う」と話した。

 米軍ヘリ墜落から一夜明けた14日午前10時すぎ、防衛施設庁の石井道夫次長が沖国大を訪れ、渡久地朝明学長らと面会した。「誠意を持ち損害賠償に当たりたい」と話す石井次長に対し、渡久地学長ら同大米軍ヘリ墜落事件対策本部は「現場の1号館ビルへの米軍の立ち入り拒否に対し、政府は米軍へ抗議すべきだ」「原因が究明されるまで飛行中止を」などと訴えた。

渡久地学長らは「1号館ビルは会計課などのある運営の要なのに、大学側が自由に出入りできない。被害者が規制されるのはおかしく、米軍に改善を働きかけるべきだ。今後の交渉の窓口も一本化してほしい」などと厳しい口調で要求した。

 13日、宜野湾市で発生した米軍ヘリ沖国大墜落事故で、県警は14日午前、米軍に合同の現場検証の実施を申し入れたが、米軍から明確な回答はなく、検証開始のめどは立っていない。県警は合意があれば、直ちに検証を開始する方針で、現場待機を続けている。米軍は安全性の確認を理由に墜落現場の封鎖を継続。周辺の道路を県警が通行止めにするなど、厳重な警戒態勢が敷かれている。一方、西正典那覇防衛施設局長は同日、米軍がヘリ総点検終了までの間、ヘリの飛行を停止する方針を示していることを明らかにした。

 米軍は14日午前、県警に「安全性の確認には4段階の作業が必要」などとして墜落現場周辺の封鎖を継続。現場には事故機の残がいが前日と同じ状態で保存され、防護服を着た米兵が機体の調査などを実施している。

 現場周辺には広くヘリの部品が落下していることから、県警はヘリの部品の飛散状況、落下物による被害者や被害の有無、また、目撃者を探すため、現場検証に優先させて周辺の聞き込みを中心に捜査を進めている。

 長田交差点から真栄原交差点に抜ける県道は現場保存のため沖国大前の約150メートルで一般車両の通行止めが続いている。

<部品落下広範囲に>

 13日の米軍ヘリ沖国大墜落事故で落下したヘリの部品は周辺住宅地の広範囲にわたり飛散。事故のすごさを物語っている。

 (1)我如古公民館裏の川沿いに長さ約4メートルの尾翼らしき部品

 (2)民家敷地内に20センチメートル四方の平たい金属片。周辺に油が飛散

 (3)建設会社資材置き場に長さ約3メートルの金属性片。乗用車のバンパー破損

 (4)民家の庭と駐車場に約10センチメートルの棒状の金属製部品

 (5)民家前の道路に長さ約8メートルの回転翼。屋根のアンテナとオートバイが破損

 (6)(4)の民家の門柱のアーチが破壊される。ブロック壁に直径約3センチメートルの穴

 (7)約15センチメートルの部品が民家のドアを貫通

 (8)空き地に長さ約30センチメートルの棒状の金属2つ

 (9)畑の農業用水タンクに直径約1センチメートルの穴。水が噴き出す

 (10)長さ約25センチメートルの棒状の金属が民家1階の窓ガラスを貫通し屋内の壁に突き刺さる。2階では数センチメートルのコンクリート状の破片2個が窓ガラスとふすまを貫通

 (11)マンション入り口前道路に長さ約2メートル、幅約30センチメートルの細長い板状金属

 (12)乗用車の後部ガラスが割れる

 (13)平屋民家の屋上に直径約20センチメートルの金属製部品。屋根に穴があく

 (14)給油所内に長さ約10センチメートルの薄い金属片。周辺に油が飛散

 (15)職員駐車場に長さ約1メートルの回転翼の破片らしき部品

沖縄国際大学に米軍のCH53大型輸送ヘリが墜落、炎上した事故は、米国や国内の主要メディアでも取り上げられた。一部は現場写真を掲載し、事故の生々しさを伝えたが、扱いは小さい。普天間飛行場の移設問題にまで踏み込むメディアも少なかった。

事故直後、多数の米兵が学内に入ったことに、大学側が「不法侵入だ。このような事故の場合、法的根拠がどうなっているか、政府は明らかにしてほしい」と要望した。

 黒島安武事務局長は「危険な大学との見方が広がり、入学者の激減が予想される。大学にとって死活問題。政府として補償してほしい」と語気を強めたが、石井次長は「皆さんの懸念は理解している」と答えるにとどまった。大学関係者によると、現在、現場の証拠保全の申請手続きを顧問弁護士と調整して進めているという。
事件翌々日-8月15日小泉首相夏休み
この項「毎日新聞」:
米海兵隊大型ヘリCH53D型機が沖縄県宜野湾市の沖縄国際大学敷地内に墜落炎上した事故で、米軍は16日、機体の撤去を始めた。県警の機体の現場検証の同意要請は無視された。事故機の残がいを財産と見なし、米軍の同意が必要とする日米地位協定がまた捜査の壁となった。

 米軍は同日夕までにテールローターを含む機体後部を撤去。焼けた燃料タンクやつぶれた機体前部は17日以降に撤去されるとみられる。

 これまでの県警などの調べで、事故機は墜落直前にテールローターを含む機体後部が脱落したことが分かっている。テールローターは機体の安定をとる装置で、脱落すると機体が制御できなくなる。県警は機体の老朽化や整備不良による不具合が原因との見方を強め、航空危険処罰法違反の疑いで機体の検証、捜索、差し押えの同意を米軍に求めていた。
【安達一成、中村宰和】

<小泉首相>「感動した」谷亮子、野村忠宏両選手に祝福電話  [ 08月15日 19時45分 毎日新聞 ]
  
 小泉純一郎首相は15日夕、アテネ五輪柔道で金メダルを獲得した谷亮子、野村忠宏両選手に東京都内のホテルから電話し「感動した。誰にもできない金字塔を打ち立てた」と両選手の2、3連覇を祝福した。

 首相は谷選手に対し「昨晩は興奮して眠れなった。ケガにも試合にも勝ったことがすごい」と褒めちぎった。野球で出場している夫の谷佳知選手について「今度はご主人が金メダルを取れるよう一緒に応援しましょう」と激励し、谷選手は「しっかり応援します」と応じた。野村選手には「貫禄でしたね。(3連覇は)前人未到。当分、破られないでしょう」とねぎらい、野村選手は「破られないことを祈っています」と語った。

 両選手には小泉政権としては初の国民栄誉賞授与を検討する声も首相周辺に出ている。他競技との兼ね合いもあるため五輪終了を待ち結論を出すが、「前人未到」との表現を首相が使ったことは前向きなサインとみられる。【米村耕一】
8月16日小泉首相夏休み
首相、夏休みに歌舞伎満喫 元禄忠臣蔵で涙も  [ 08月16日 17時10分 ]
  共同通信  
 「いつ見ても(忠臣蔵には)泣かされるね」。小泉純一郎首相は16日、東京・銀座の歌舞伎座で、「元禄忠臣蔵」の中で最も人気があるとされる「御浜御殿綱豊卿(おはまごてんつなとよきょう)」などを鑑賞し、夏休みを満喫した。
 「綱豊卿」は、主君のあだ討ちを期す赤穂浪士の1人と、将軍徳川綱吉のおいの綱豊(後の第六代将軍家宣)が腹の探り合いをする筋書き。宿敵・吉良上野介を不意打ちしようとした浪士を綱豊がいさめるクライマックスのシーンで首相は涙をこぼしながら盛んに拍手。観劇後も記者団に「良かっただろ」とほおを紅潮させ、興奮冷めやらない様子だった。
 夏休み前に「頭を空っぽにしたい」と語っていた首相。最近はアテネ五輪や高校野球のテレビ観戦も楽しんでいるという。9月に迫る郵政民営化案の取りまとめや内閣改造といった「大仕事」の前に、まずはリラックスして英気を養っているようだ。
沖縄タイムズ <2004年8月16日 夕刊 1面>

ヘリ飛行「きょう再開」/米軍機墜落事故
海兵隊幹部が明言

 米海兵隊のCH53D大型輸送ヘリコプターが宜野湾市の沖縄国際大学に墜落した事故で、ジェームス・フロック在沖米海兵隊基地司令官は十六日午前、伊波洋一市長を訪ね、謝罪するとともに、普天間飛行場での事故機と同型機以外の飛行訓練再開を明らかにした。だが、伊波市長は強く反発し、ヘリの飛行停止と普天間飛行場の閉鎖を求めた。また、同司令官は渡久地朝明沖国大学長にも謝罪。渡久地学長は米軍が現場を一方的に封鎖していることに抗議した。墜落現場では検証と機体搬送のため、米軍による樹木の伐採も行われた。

 フロック基地司令官は宜野湾市役所を訪れ、伊波市長に対し事故について「市民や学生、教員に深く申し訳なく思っている」と謝罪。その上で「今回の事故機についてはまだ調査中だが、ほかのヘリは安全調査を行い、きょうの午前十一時をもって飛行を再開したい」と理解を求めた。

 伊波市長は事故から三日目に米側がヘリの運用再開を早々と決めたことに対し「全く許されないことだ。市民を含め、県民の反発を受けるだろう」と批判した。

 その上で(1)直ちに「普天間」の閉鎖を協議し、全面返還を実現すること(2)すべての米軍機の住宅地上空での飛行停止と、ヘリ基地としての運用の即時中止(3)沖国大の運営と周辺地域の生活機能の早期回復―などを強く求めた。

 ヘリの飛行停止についてフロック司令官は「持ち帰って検討したい」、飛行場の移設に関しては「SACOを中心に進めたい」と述べるにとどまった。

 伊波市長は同日午後、那覇防衛施設局や在沖米総領事館などに抗議するほか、県へ早期返還に向けた協力を要請した。

 フロック基地司令官は沖国大に渡久地学長(同大米軍ヘリ墜落事件対策本部)を訪ね、「今回の事故に対し学生、大学に深くおわび申し上げる。事故を謙虚に受け止め、今後の飛行は安全第一にしたい」と謝罪した。

 渡久地学長は「これまでも何度か普天間基地に飛来する航空機の市街地上空の飛行停止を要請してきたが、われわれの要請を無視し、このような惨事が起こったことは誠に遺憾」と強く抗議。「再発を防ぐために、航空機の即時飛行停止とともに普天間基地の一日も早い返還を強く要請する」と申し入れた。

 また、「米軍は事故直後から現場を一方的に封鎖し、大学の要請する緊急かつ必要最小限度の立ち入りはもとより、県警の現場検証さえ拒否するなど『国家主権』が侵害されている異常な事態が続いている」とも指摘。事故後、米軍から謝罪がなかったことについても「限りない憤りを覚える」と訴えた。

 また大学側から「県警の現場検証が早急に行えるようにしてほしい」と要望したが、フロック司令官は「上司に伝える」とだけ返答。

 事故機以外の機種が訓練を再開することについて、大学側が「一切訓練しないでほしい」と伝えたが、フロック司令官は無言で立ち去った。

 会見後、訓練再開について渡久地学長は「どう言っていいのか言葉が見つからない」と困惑。県警の現場検証について「損害賠償の件もあるので、早急に認めてほしい」と強調した。

全機飛行の停止を要請/県、四軍調整官に

 県の府本禮司知事公室長は十六日午前、在沖米四軍調整官あてに、普天間飛行場における航空機の飛行停止を要請した。十五日のC2輸送機が離着陸訓練(タッチ・アンド・ゴー)を行ったことを受けての対応。

 府本公室長は、米軍ヘリの沖国大墜落事故を受け「県民感情に十分配慮した対応を求めるとともに、普天間飛行場を離着陸するすべての米軍機の安全性が確認されるまで同飛行場の飛行停止」をあらためて求めた。

 要請は、外務省沖縄大使、那覇防衛施設長あてにも行った。

沖縄タイムズ8/17 同意なく樹木伐採/沖国大抗議へ

 沖国大は、十六日に始まった撤去作業を職員らが監視、写真やビデオで記録した。再三、要請してきた県警の現場検証が行われないまま撤去作業が始まったことを重視し、近く米軍側に抗議する構えだ

 大学としては、正常業務の再開を最優先に事故対策を進めており、「現場検証で機体が長時間、居座ると復旧作業に支障がでる。現場検証を主張して、いたずらに時間が過ぎても困る」とジレンマに頭を抱えている

 機体撤去作業に際し、周囲のアカギやクロキが伐採された。現場一帯は消火剤などで汚染されているとして、土壌も入れ替えられる

 米軍から伐採の事前説明はあった。大学側は「技術的に可能であれば移植を」と要望していたが結局、返答はなかった。防衛施設庁は樹木の補償を確約したが、沖国大は同意のないままの伐採にも抗議する意向だ

 大学側は二十日に全学説明会を開き、職員や学生に現状を報告するとともに、大学側の今後の方針を伝える。父母あてに現状報告の文書を郵送する準備も進めている。復旧の協力を得るため、本館内部の映像などを、文部科学省と私立大学協会に郵送したという

沖縄タイムズ8/17

「地位協定の見直しを」/国際通りをデモ行進
連合沖縄

 米軍ヘリ墜落事故を受けて、連合沖縄(狩俣吉正会長)は十六日夕、那覇市泉崎の県民広場で、事故に抗議する緊急集会を開いた。労組を中心に約四百人が参加。「沖縄は植民地ではない」などと拳を突き上げながら、国際通りをデモ行進した。

 集会では、墜落事故と、県警などの現場立ち入りを米軍が認めなかったことに対する批判が相次いだ。

 狩俣会長や連合本部の林道寛国民運動局長は「独立国家の主権が脅かされている。日米地位協定を抜本的に見直す必要がある」と訴えた。普天間飛行場の即時返還や米軍機の飛行禁止などを求める決議文も採択、政府や県に送付するという。

 「これは事故でなく事件。米軍がいなければ起こっていなかった」と憤ったのは、具志川市の病院職員銘苅ひよりさん(32)。浦添市の団体職員大嶺克志さん(33)は「訓練再開は言語道断だ。謝罪にしても、今までの事件・事故の対応と変わらない」と厳しい表情で話していた。

 糸満市の郵便局員照屋良治さん(50)は「勝手に訓練が再開されたのに、なぜ県民はおとなしいのか。もっとみんなで団結して抗議するべきだ」と強い口調で訴えた。

宜野湾市職労緊急抗議集会

 宜野湾市職労(大城紀夫委員長)は十六日夕、米軍普天間飛行場の野嵩ゲート前で緊急抗議集会を開き、「普天間」の即時機能停止と閉鎖などを訴えた。

 市消防協議会の米須清昌会長は、米軍ヘリが沖国大に墜落した時、消火活動に当たったことを報告。「燃えているヘリに実弾や弾薬があるかもしれないと、身の危険を感じながらの作業だった。消火中、『パンパン』と小さな爆発があり、恐怖だった」と振り返り、「普天間」の即時返還を訴えた。


600人が抗議デモ/平和運動センターなど

 沖縄平和運動センターと中部地区労は十六日、宜野湾市佐真下の普天間基地第二ゲート前で緊急の抗議集会を開催した。六百人(主催者発表)の参加者が普天間基地の訓練即時中止や無条件全面返還を求めて怒りの声を上げた。

 同センターの崎山嗣幸議長は「事故の恐怖も冷めやらぬ中、米軍が訓練を再開したことは許されない」とあいさつ。中部地区労の松田寛議長は「日ごろから心配していた事故の懸念が現実になった。それでも犠牲者が出なければ基地は動かないのか」と憤った。

 集会では抗議声明を採択。その後参加者らは大学近くまでデモ行進した。

米大使館に抗議基地閉鎖を要求/「命どぅ宝」など

 宜野湾市の沖縄国際大構内に米軍ヘリコプターが墜落した事故に抗議する「命どぅ宝ネットワーク」など市民団体のメンバー約二十人が十五日、東京都港区の米国大使館を訪れ、普天間基地の閉鎖を求める申し入れ書を渡した。

 申し入れには、埼玉県在住の市民活動家が飼っている、反戦グループ内で著名な「反戦犬」麟太郎も参加した。沖縄国際大の卒業生吉崎健さん(37)は「朝から晩までヘリの騒音がひどい。宜野湾の人は怖い思いをしている」と訴えた。

8月17日小泉首相夏休み

事故機以外の現場検証続く 県警、機体触れられず>

 米軍ヘリ沖国大墜落事故で、県警は17日午前から墜落現場やヘリが衝突した1号館(本館)内で、事故機以外の現場検証を開始した。同日午前、合同現場検証への同意を米軍が正式に拒否したため、県警は機体や部品には一切触れることができず、写真撮影や位置確認にとどまる「異例の検証」(捜査幹部)を余儀なくされた。

 宜野湾署のまとめによると、17日までに確認できた被害は建物13棟、車両30台、沖国大構内に設置されている光ケーブル1本の計44件に上った。今後の調査で被害総数は拡大する可能性がある。

 米軍の17日の回収作業は台風15号の影響で午後1時前に中断した。県警によると、機体や破片はトレーラー2台分ほど残っているが、作業日程について米軍からの説明はないという。県警は同日夕までに検証を中断し、18日も検証を行う。

沖縄タイムズ<2004年8月17日 夕刊 1・7面>

米軍、現場検証を拒否/飛行の再開発表

 米海兵隊のCH53D大型輸送ヘリコプターが沖縄国際大学に墜落した事故で、米軍は十七日午前、県警が求めていた墜落現場の現場検証への同意請求について、「日米両国の合意に基づいて要請には応じられない」と拒否した。県警は同日、墜落した機体を除く周辺の現場検証に着手した。一方、在日米軍司令部は、同日から事故を起こしたCH53D以外のヘリコプターの飛行を再開すると発表。これまで限定的に続行してきた固定翼機の飛行についても「通常に戻る」として、飛行の拡大を示した。事故現場への現場検証の拒否と、飛行再開に県民の反発と怒りが広がっている。

 県警によると、在沖米海兵隊法務部の法務補佐官が十七日午前七時五十五分に宜野湾署を訪れ、當銘健徳署長あての英文文書を渡具知辰彦副署長に手渡した。

 県警は事故発生の十三日に、航空危険行為処罰法違反の疑いで現場検証の令状を取り、十四日、在沖米海兵隊法務部に検証令状に基づく同意書を提出。米軍は「検討中」として回答を留保。回答に先立ち十六日から、機体の撤去作業に着手した。

 県警の高橋清孝本部長は、米軍の検証同意拒否について「あくまでも米軍側の判断。われわれは法令等に基づいてやっていくだけ」と語った。

 県警は、機体の検証を、米側に嘱託することも視野に捜査する方針。

 県の府本禮司知事公室長は「残念、遺憾だ。十四日に荒井正吾外務政務官が来県した際、捜査権の問題について日米間でルールづくりの協議を始めると話した。捜査が円滑にいくようルールづくりを進めることを求める」と話した。

 伊波洋一宜野湾市長は米軍側の捜査拒否に「日本の主権を侵害しているといわざるをえない」と批判。「これが米軍基地の本質なら住民との共存は不可能であることを自ら示すものだ。事故の重大性を考えると、日本政府が同意したこと自体、理解できない」と憤りをあらわにした。

 外務省沖縄事務所の堤尚広副所長は「米側に協力してほしいということは伝えていたが、法律で同意するかどうかの判断は米軍に委ねられている」とコメントした。

 一方、在日米軍は飛行再開について「兵力移動など作戦に必要な最小限の飛行」にとどめるとしている。十四日から十六日までの飛行停止期間中、「CH53D以外のヘリコプターは重点的な安全点検を受け、飛行の準備ができた」と強調。重要部品やシステムの試験、目視による確認、乗員や整備士への安全確保手順の徹底を実施したとしている。

 CH53Dについては事故原因の究明まで飛行停止を続けるとした。

学生らに精神的ストレス 沖国大が心理相談室開放へ

 米軍ヘリ沖国大墜落事故の後、「眠れない」「落ち着かない」などの精神的なストレス症状を訴える市民、学生がいることが17日までに分かった。沖国大の米軍ヘリ墜落事件対策本部(本部長・渡久地朝明学長)は同日、大学の医務室に心理カウンセラーを増員し、学生から相談があった場合に備えることのほか、宜野湾市民に対しても、大学付属機関の心理相談室が無料で相談を受けることを決めた。

 同大学生部の医務室によると、事故があった13日と翌日の14日に計5人の相談があった。「眠れない」などの相談だったという。同大総合文化学部の財部盛久教授(臨床心理学)は「学生から落ち着かない、不安になるという声がある」として、市民、学生に「眠れない、けん怠感があるなど、いつもと違う症状がある場合は相談してほしい」と呼び掛けている。

 宜野湾市役所にも、市民から精神的ストレスの訴えがあったという。同大は宜野湾市の相談室、県臨床心理士会と協力していく。

 財部教授によると、生命の危機を感じるような出来事の経験、目撃により(1)出来事を繰り返し思い出す(2)関連した場所や人、話題などを避けようとする(3)不眠や食欲不振(4)サイレンや飛行機のエンジン音を聞くことで不安に陥る―などの症状が出る場合があるという。放置すると心的外傷後ストレス障害(PTSD)につながる可能性がある。

 また、同対策本部は「PTSDにつながる可能性がある」として、各報道機関と県警に対して、学生、教職員、地域住民への取材や事情聴取で、精神的なストレスに配慮するよう要請書を出した。

沖縄国際大学構内に墜落した米海兵隊のCH53D型ヘリの残がいは、県警と米軍の合同現場検証が実現しないまま、米軍による回収作業が始まった。米軍優位の日米地位協定の壁が立ちはだかり、航空機事故の真相解明に向けた「証拠の山」(県警幹部)である機体を米軍側が一手に収め、原因究明に当たるいびつな構図が確定した。被疑者である米軍の犯罪を立件するために必要な証拠保全や現場検証という捜査が、被疑者側の同意を得ないと進められない。その矛盾を、日米地位協定がはらんでいることをあらためて浮き彫りにした形だ。

十六日の県議会軍特委で、伊良波幸臣県警刑事部長は「実態解明には機体が必要だが、(米軍に)『機体を動かすな』という権限がない」と苦悩をにじませた。

事故現場は基地外でありながら、事実上、日本側による原因究明の道は閉ざされた。県警は証拠が撤去された現場の検証と目撃証言を基に、今もって米軍が氏名を明かさない乗員を書類送検するしか選択肢はない。

今回の事故では、刑法一三条や米軍の公務中の事故をめぐる地位協定一七条10項a、同bに関する合意議事録の解釈が問題になった。議事録は「日本国は、合衆国軍隊の財産についての捜索、差し押さえ、検証を行う権利を行使しない」と規定した上で、ただし書きに「合衆国軍隊の権限ある当局が、日本国の当局による…捜索、差し押さえ、検証に同意した場合は、この限りではない」と定める。

県警はこれを基に現場検証への同意を求めたが、米軍の返答はなかった。米軍の権利が過度に強められた現行協定の弊害が凝縮して表れた結末だ。

今回の米軍や外務省の対応はいたずらに県民感情を悪化させた。地位協定の抜本改定を求める県民世論が一層高まることは必至だ。

(編集委員・松元剛、社会部・新垣茂)
8月18日小泉首相夏休み
沖縄タイムズ<2004年8月18日 朝刊 27面>

黒い階段つめ跡深く

 墜落した米軍ヘリが接触した沖国大本館の内部が十七日午後、大学の許可でマスコミに公開された。外階段の一部が通行できないほどに崩れ落ちており、事故の衝撃が残っていた。

 事故機が接触したとみられる壁の内側にあたる三階の組合事務所は、壁に直径一メートルほどのくぼみができ、コンクリートの残骸があった。穴の開いた壁や割れた窓ガラスなどは台風に備え、那覇防衛施設局が水漏れしないよう補修していた。屋上からは黒焦げた事故機の一部が見えた。

 館内は被害状況を確認するため、パソコンなどの持ち出しは制限されており、通常業務に戻るには時間がかかりそうだ。煙のにおいがやや残っている。守衛室の女性職員はマスク姿。「ずっといると気分が悪くなる。体は大丈夫だろうか」と不安そうに話した。

知ろうともしない」 首相視察を望む 県内から厳しい批判

 「沖縄のために出てきてほしい」―。米軍ヘリ沖国大墜落事故について稲嶺恵一知事と小泉純一郎首相との面談が実現できず、県内から疑問、批判の声が起こっている。「政府はまた、うやむやにする気ではないか」「首相は何も見ず、知ろうともしない」と沖縄の基地問題解決に及び腰の政府に、県民の不信感が増すばかりだ。

 自然保護や普天間基地撤去を求める活動に参加している兼城順子さん(62)は=宜野湾市=は「辺野古を見たり、沖縄の現状を見るべきなのに、首相は何も見ず、知ろうともしない。今ほど腹が立つことはない」と批判、米軍再編計画に「沖縄」が具体的に上がらないことへの責任も追及した。

 前田芙美子さん(55)=那覇市、団体役員=は「人こそ亡くなっていないが大惨事。この非常時に当然、首相として現場に駆けつけ、米軍の管理下に置かれている様子も見るべきだ」と憤る。

米副司令官「合同捜査申し入れた」 見解に県警全面否定

 米軍ヘリ沖国大墜落事故で、米軍が県警の現場検証を拒否したとされる問題で在日米海兵隊副司令官のフロック准将は18日午前、民主党現地調査団の大畠章宏団長(衆院議員)らに「米軍は県警に一緒に捜査しようと申し入れたが、県警は人が足りないので米軍だけでやってほしいと言われた」と述べ、県警を排除したのではなく、むしろ米軍側の協力依頼に県警側が応じなかったとの見解を示した。大畠団長らが明らかにした。

 一方、県警の伊良波幸臣刑事部長は「こちらが要請しているのに拒否するわけがない。そんなことは有り得ない」と全面否定し「県警は捜索令状を準備し、当初から事故機や現場での捜査を要求している」と強調した。

 大畠団長らは、13日午後2時すぎの事故発生時から翌日午後4時ごろまで米軍が県警や地元消防隊の事故現場への立ち入りを拒否したことに対し抗議した。これに対し同准将は「県警は事故の物的損害調査のみ依頼してきた。現場の第一次捜査権は米軍にあるが、県警の調査に協力するとの手紙を出したが、まだ返事が来ない」と不快感を示したという。

 県警に現場検証をさせず事故機を撤去したことについては「物品を保管して完全な原因究明を行うための措置。県警も県も合意の上だ」と、地元の同意は問題ないとの認識を強調。事故当時、墜落したヘリの操縦士らから機体の異常を伝える連絡が来た時刻や、事故現場に駆けつけた海兵隊の到着時間、沖国大に通報した時間などについては「日米政府間レベルの事項なので言えない」と回答を避けた。

 同准将の発言について県警幹部の1人は、事故機乗員3人の人定や負傷の程度、墜落時の供述などを米軍に照会していることを明らかにした上で「いまだに何の回答もない。重大事故を起こした米軍のこのような対応はわれわれとしても信じられない」と憤った。

 県警によると、事故発生から数日後、米軍から「現場前の市道や大学正門の規制線で県警機動隊と一緒に米兵を立たせ警戒に当たらせてほしい」と要請があったという。

 これについて、県警は「道路規制など県民の安全を守るのは県警の仕事であり、われわれ独自で実施する」と米軍側に回答したという。

怒り拡大、続々と抗議 中部各議会が一斉行動

 米軍ヘリ沖国大墜落事故に対し18日午前、県内の基地を抱える市町村議会は一斉に要請行動を展開した。事故が起きた宜野湾の市議会は普天間基地の辺野古沖移設の再考を求めた。沖縄市、北谷町、嘉手納町などの各議会も米国総領事館、那覇防衛施設局、在日米軍沖縄調整事務所などを訪れ、民間地域での事故発生に強く抗議した。一方、那覇防衛施設局は現場周辺住民の精神的被害を補償する対策に乗り出したが、事故発生から6日目、住民の動揺は続いている。

 沖国大への米軍ヘリ墜落事故について、宜野湾市議会(伊佐敏男議長)は、浦添市の在沖米国総領事館にトーマス・ライク総領事を訪ね、事故に抗議し、SACO(日米特別行動委員会)合意の見直しや辺野古沖への移設再考を強く求めた。ライク総領事は「SACO合意に基づいた基地の移設作業を進める」と意向を示した、という。事故については「米軍による被害者への完全補償」を表明したものの、県警の捜査立ち入りを拒否し、米軍主導で進めている現場の調査や機体撤去は、「間違っていない」と見解を述べた、という。

 沖縄市議会も同日午前、決議文を提出し、「普天間飛行場の移設前返還」「事故原因究明までの同飛行場所属機の飛行中止」などを訴え、「日米地位協定の抜本的見直しについて、本国にしっかり伝える」と回答を受けた、と話した。

 宜野湾市議会ではこの日、全議員28人で同総領事館を訪れたが、15人の制限があると説明を受け、残りは駐車場で待機。「米軍は大学内にも自由に出入りしているのに、館内に入ることさえできない」と憤り表す議員も多かった。

 抗議文では「市民、県民を死の恐怖に陥れる事件」「不安と恐怖による怒りは限界」などと、米軍に対する強い批判を込め特に、SACO合意見直しや辺野古沖への移設再考をはじめ、普天間飛行場の早期返還、被害者の徹底調査と誠意ある完全補償など7項目を盛り込んだ。

 抗議後、伊佐議長や桃原功同議会基地関係特別委員会長は、「辺野古への移設を容認した時と今の状況は全く違う。事故で基地の怖さを痛感し、辺野古移設を再考してほしい。飛行訓練も中止してほしい」と訴えたと主張。ライク総領事は「事故機との同機種については中止する」と述べたが、辺野古案再考には触れず、「SACO合意に基づき、返還を進める」という返答にとどまったという。

 抗議では事故で周辺受託に飛散したったブロックの断片も持ち訴えた。同総領事は「怒りは理解する。今後、謝罪にうかがいたい」と述べたという。

 また沖縄市議会は18日午前9時半すぎ、基地に関する調査特別委員会のメンバーや照屋寛徳副議長らが同領事館を訪れた。要請後、照屋氏は「沖縄市は嘉手納基地を抱えている。日米地位協定の抜本的見直しを強く申し入れた」と話し、「しっかり本国に伝えると説明を受けた」と述べた。事故原因や捜査経過などについては、担当機関ではないと説明され、具体的回答は得られなかった。事故については「申し訳ない、と謝罪があった」と話した。

◇北谷も県に要請

 北谷町議会の与儀朝祺議長ら8人は18日午前県庁を訪れ、SACO合意を見直し、普天間飛行場の早期返還などを求める意見書を儀間朝昭基地対策次長に提出した。町議らは「最悪の事態で小泉首相は映画を見たり、石破防衛庁長官の発言など政府首脳は沖縄の立場に立っていない」と、県が政府に対し強い姿勢で臨むよう求めた。

◇沖国大総合文化学部/普天間基地の即時撤去を決議

 沖国大総合文化学部(学部長・小熊誠教授)が17日、臨時教授会を開き「米軍ヘリの本学構内墜落、炎上事故に抗議し、即時普天間基地飛行停止、返還を要求する」とする抗議声明を採択した。

 その中で、同学部は、大学構内へのヘリの墜落、米兵が事故現場の1号館(本館)とその周辺を封鎖したことなどを「大学に対する生命、財産、自治の重大な侵害で、国家主権の侵害だ」と指摘。墜落事故をはじめ、大学内の封鎖、写真撮影の禁止、証拠物件の持ち去りなど、米軍の行為に抗議している。

◇普天間爆音訴訟弁護団も抗議

 普天間基地爆音訴訟弁護団(新垣勉団長)は17日、日米両政府に対し危険な普天間基地の速やかな廃止、返還を求める抗議声明を発表した。

伊波洋一・宜野湾市長が上京し、政府に申し入れ。19日には稲嶺沖縄県知事が同様の要請予定。知事、市長ともに小泉首相との面談を要望していたが、官邸側は「日程調整がつかない」などとして面談を拒否。伊波市長には、官房長官も副長官も会わず、内閣府の審議官が対応しただけだった。:この項「しんぶん赤旗8/19」より
沖縄タイムズ<2004年8月18日 夕刊 7面>

伊波市長、募る不満/小泉首相夏休み、官房長官にも会えず

 「本来は官邸が対応すべきだと思うが…」。米軍ヘリ墜落事故の抗議で十八日、関係省庁を訪れた宜野湾市の伊波洋一市長。誠実さに欠ける政府の対応に感情を抑えながら、不満を漏らした。ヘリの飛行停止など、事故後の具体的な対応策も示されず、煮え切らない政府の態度に「不快指数」は上がる一方だ。

 伊波市長は当初、小泉純一郎首相への面談を求めた。しかし、夏期休暇のため日程調整がつかず、次善の策として求めた細田博之官房長官との面談も、同様の理由でかなわなかった。結局、会えたのは、内閣府沖縄担当部局の事務方トップ(次官クラス)佐藤正紀内閣府審議官だった。

 伊波市長は、小泉首相宛ての抗議と要請文書を手渡し、普天間飛行場の閉鎖と全面返還について日米両政府が直ちに協議に入るよう訴えた。

 佐藤審議官は首相に伝達することを約束したが、抗議後の伊波市長らは「なぜ、官邸が直接、抗議要請を受けないか不思議だ」。被害を受けた自治体に対する小泉政権の対応に不満を隠さない。

 外務省で対応したのは田中和徳外務政務官。「普天間飛行場の危険性は強く認識している」「事故を重く受け止め、しっかり取り組みたい」と応じたものの、宜野湾市が求めた米軍機の飛行停止や事故後の現場検証など日米地位協定の問題点について、具体的な回答は得られなかった。

 普天間飛行場の危険性について粘り強く訴えた伊波市長は、政府の姿勢に微妙な変化も感じた。これまで政府が強調していた名護市辺野古沖への移設について、今回は言及されなかった。「政府内にも変化が起きているのではないか」との期待感も持っている。

沖縄タイムズ<2004年8月18日 朝刊 26面>

「県民感情逆なで」/飛行再開

 在日米軍司令部が普天間飛行場の米軍機の運用再開を発表したことについて、伊波洋一宜野湾市長は十七日午後、北中城村キャンプ瑞慶覧の在沖米海兵隊外交政策部(G5)を訪ね、「事故に対する世論の怒りが高まる中での飛行再開は、県民感情を逆なでするものだ」と抗議。運用再開の中止を求めた。

 伊波市長によると、対応したステーシー・クラーディ部長は「運用再開は司令部の決定によるものだ」「通常の運用ではなく『最低限』の飛行にとどめる」などと返答。事故原因は「解明されていない」と答えたという。

 伊波市長は「住宅地上空での飛行は、海兵隊太平洋軍司令部が『やめるように指示する』と私に約束した」と追及。同部長は「実態を確認し、あらためて回答する」と述べるにとどめた。

 市基地政策部によると同日午前八時から午後三時までの間、KC130空中給油機が四回、同飛行場を離陸した。

8月19日小泉首相夏休み

沖縄タイムズ

飛行停止同意せず/米軍ヘリ墜落

 米海兵隊のCH53D大型輸送ヘリコプター墜落事故を受け稲嶺恵一知事は十九日午前、駐日米国大使館を訪れ抗議するとともに、事故後、一部再開した米軍機の飛行に不満を示し、全機種の飛行停止を強く求めた。しかし、対応したマイケル・マハラック臨時代理大使は飛行停止に同意しなかった。米側の対応に、稲嶺知事は「残念だ。飛行停止を考えてほしい」と不満を示したという。内閣府にも抗議と要請を行った。

 稲嶺知事は、再発防止策が講じられるまで米軍普天間飛行場の全機種の飛行停止を米軍に働きかけるよう申し入れた。同時に、一部の飛行が再開していることに「残念だ。停止すべきだ」と再考を促したが、マハラック臨時代理大使から言及はなかった。

 現場検証で県警が現場から締め出されたことに「県民は大変な怒りを覚えている」として、日米地位協定の改定の要請行動を拡大していくことを告げ、金武町で建設が進められている都市型訓練施設の建設中止も強く求めた。

 内閣府では中島眞人副大臣が対応。「外交防衛の窓口は外務省だが、内閣府の立場は県民の立場だ。深刻な問題と受け止めている」と語った。その上で、政府が一体となって問題解決に努力すると明言した。

 稲嶺知事は文書で、住宅街にある大学構内に墜落した事故について「人命にかかわる大惨事につながりかねない事故だった。市街地の中にある普天間飛行場の危険性があらためて示された」と指摘。

 文書で普天間飛行場の一日も早い返還も求めたが、県内の複数の市議会が決議したSACO合意の再考や名護市辺野古沖への移設前の早期返還などには言及しなかった。

 内閣府の面談に同席した仲村正治衆院議員(自民)は、現在の移設作業をスピードアップさせるべきだ、と中島副大臣に申し入れた。稲嶺知事は午後から首相官邸に細田博之官房長官を訪ね同様に要請する。

沖縄タイムズ
<2004年8月19日 夕刊 7面>

普天間閉鎖求めぬ知事/怒る学生・住民

 稲嶺恵一知事が米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設への見直しや基地閉鎖を求めない考えを表明したことで、十九日、米軍ヘリが墜落した沖縄国際大の学生や周辺住民からは「移設までの間にまた事故が起きるのではないか」と不安の声や、「知事は県民の立場に立っているのか」と怒りの声が上がった。移設予定先の名護市辺野古で反対の座り込みを続ける住民も「県民の生命・財産を守る役割を放棄している」と抗議。移設容認派は「知事判断は当然。事故再発防止と、地位協定改定見直しで対応すべきだ」と話した。

 宜野湾市内のタクシー乗務員、津嘉山朝信さん(56)は「知事は本当に県民の立場で考えているのか疑問だ。どこに移すにも地元の反発があり、時間がかかるのだから、この際、ほかの案を検討してほしい」と訴えた。

 同市新城の会社員、比嘉隆さん(34)は「事故が起きても態度を変えない稲嶺県政はおかしいと思う。県内移設にはもともと反対で、より良い方法で早期返還を求めるべきだ。米国は基地の整理縮小を進めている。県は国や米国に対し返還してもらうよう力強く働きかけてほしい」と話した。

 現場から二百メートルも離れていない宜野湾市立宜野湾保育所の松本美恵子園長(56)は「今の園児たちが成人するまでに返還されないなんて…」と絶句。「知事は現場を見ていないので、事故の恐怖や周辺の人が持つ不安が分からないのではないか。憤りを感じた」と語気を強め、「県民の生命・財産を守るのが知事の役目。もっと政府や米軍に強く臨んで、この現状をどうにか変えてほしい」と訴えた。

 現場近くに住むパート従業員新地利津子さん(36)は「再び事故が起こらないか、おびえている。十六年も同じ苦痛を強いられるのは気が遠くなる。辺野古住民にこの恐怖を押し付けるわけにもいかないと思う。別の方法で一日も早い返還を考えてほしい」と静かな口調で話した。

 名護市辺野古で、ボーリング調査反対の座り込みを続けるヘリ基地反対協議会の仲村善幸事務局長(57)は「住民の生命、財産を守るという知事の役割を完全に放棄していると言わざるを得ない。発言の撤回を強く求めていく」と憤った。

 施設建設に賛成する辺野古活性化促進協議会の島袋勝雄会長は「知事の判断は当然。計画を早期に進めることが現実的だ。しかし、現場検証で政府すら米国に対してものが言えない状況はおかしい。地位協定の見直しと事故の再発防止を徹底してほしい」と語った。

沖縄タイムズ
<2004年8月19日 夕刊 7面>

「眠れない」の訴えも/宜野湾市が心理面ケア

 沖国大への米軍ヘリ墜落事故を受け、宜野湾市では市民の心理面のケアに取り組んでいる。十七、十八の両日には家屋損壊などの被害を受けた市民から心身状態を聴くアンケートを実施。また宜野湾、長田、我如古、真栄原の各自治会に医療機関などの電話番号を記載したチラシ計四千五百枚を配り、相談を呼び掛けていく。

 同市健康増進課によると、アンケートは職員が二人一組で対象の十世帯(三十四人)を訪問。このうち面談できた八世帯三十人から「二キロやせた」「夜眠れない」「物音に敏感になった」などの訴えが寄せられた。

 また、米軍や県警による調査や交通規制、マスコミ各社の取材で環境が激変した現場周辺住民から「眠れない」などの二次被害が確認されたという。

 市は現在、那覇防衛施設局に臨床心理士の派遣を要請しており、今後専門家を交え、具体的ケアを進めていく方針。

 問い合わせは宜野湾市保健相談センター、電話098(898)5583、中部福祉保健所098(938)9700。

8月20日小泉首相夏休み

沖縄タイムズ

 「これまでなんとなく米軍基地の存在を認めていた」という同大三年の田場綾乃さん(22)=糸満市。今回の事故で恐怖を実感し、基地に対する考え方が変わった。

 市内に住む同大四年の大城麻希子さん(22)は「これからも米軍機の騒音がするたび、墜落の恐怖におびえながら生活しなければならないのか」と不安げ。「米政府に何も言えない日本政府にも腹が立つ」と怒りが込み上げている。

 図書館で勉強中に事故を目撃した同大卒業生の女性(23)=那覇市=は「本土メディアでは、小さな扱いしかされていない」と不満をあらわにする。「いつも癒やしの島だともてはやしているのに、いざとなったら目を背けている。本土が沖縄に目を向けようとしないから、米軍が大きな顔をしているのではないか」と憤った。

沖縄タイムズ

住民・子の震え、いまだ

 沖国大の斜め向かいにある市立宜野湾保育所(松本美恵子園長)では、事故直後から園児数人に情緒不安定な様子が見られる。大きな音に過敏になった一歳の男児は、オートバイなどの音を聞くと、反射的に空を指さすようになった。「戦争が起こるの?」とおびえていた五歳の男児は、今でも恐怖で震えていることがあるという。

 松本園長は「訓練が再開されれば、預かっている百三十一人の子どもたちをどうやって守ればいいのか」と不安を隠せない。

沖縄タイムズ

 事故現場の向かいで中古車販売店を営む男性(35)は「生活ががらりと変わった。早く元の生活に戻りたい」と訴える。事故のショックや精神的な疲れで、妻と四歳の娘、生後六カ月の息子は、妻の実家で生活を余儀なくされている。

 事故後、多くの報道関係者や見物人が自宅の敷地内に詰め掛けた。中には、笑顔で記念写真を撮る見物人やマナーを守らないカメラマンも。仕方なく敷地への立ち入りを規制した。「メディアには大々的に報じてほしいとの思いはあるが…」と複雑だ。

沖縄タイムズ

県警・現場検証、2時間

 県警は十九日、米軍が細かい残骸物の回収などの撤去作業を終えた後、午後二時半から初めて墜落現場を検証した。焼け焦げた外壁など被害状況を確認したほか、土壌汚染がないか現場の土を採取し、約二時間で終了した。

 今後、県警は米軍に対し、乗員三人への事情聴取や機体の調査結果などの資料提供を引き続き要請。目撃者らの証言も踏まえ、事故原因の特定など立件に向けて捜査を進める。

 検証後、墜落現場の周囲に敷かれていた県警の規制線は解かれたが、沖国大は同日夜、「外階段が崩れる危険性や土壌などの安全性が確認されていない」とし、現場の立ち入りを禁止する金網を設置した。県警のまとめでは、事故の周辺被害は、建物十七カ所、車両三十三台(ミニバイク一台含む)、光ケーブル切断一カ所、防風ネットの破損一カ所に上るという。

 県衛生環境研究所は、土壌汚染の有無を確認するため現場周辺の土などを採取した。米軍関係者が防護服を着て作業をしたことから宜野湾市の要望を受け、放射能測定作業も行った。

 すべての調査結果が出るまでには三週間以上かかる見通しだ。

沖縄タイムズ

市側・政府対応許せない

 米軍ヘリ墜落後、宜野湾市の基地政策部は、米軍や日本政府、県への折衝、市民の問い合わせに追われる日々が続き、職員の疲労の色が濃くなっている。

 同部の山内繁雄次長と比嘉博部長が、ヘリが接触した一号館の内部を初めて視察できたのは事故から五日たった十八日。「職員の席と現場はガラス一枚。出張でいなかったから助かったようなもの」と、墜落のすさまじさを実感したという。

 比嘉部長は「市民が不安と恐怖を抱える中、すぐに飛行再開したのは占領意識の表れだ」と憤る。また「国も、十六年かかる辺野古移設ではない解決方法を早く示すべきだ」と訴えた。

 事故後の対応を内閣府と交渉した別の市幹部は「夏休みを理由に首相や官房長官との面談を拒否され『事務方でしか対応できない』の一点張りだった。大惨事が起きているのに、政府はこの程度の対応か。許せない」と国側の対応を憤る。

 さらに「市民は首相が映画や五輪に喜んでいる姿を見ている。本当にこれでいいのか」と、国のトップに怒りの矛先を向けている。

 市は今後、九月に予定されている市民大会の準備に全力を注ぐ構えだ。

沖縄タイムズ 
 
学生・ストレス症状顕著

 ヘリ墜落事故の影響で不眠や緊張感など、精神的なストレスを訴える沖国大の学生や職員が、十九日までに十人に上っている。

 大学の臨床心理士は「事故を思い出して不安になったり、不眠などの症状が出るのは正常な反応。普段と異なることがあったら、ためらうことなく相談に来てほしい」と呼び掛けている。

 関係者によると「特に本土出身学生は、基地の事故は本土の生活では全く予想できず、ショックが大きい。宮古や八重山など離島の学生にも同じ傾向がある」という。

 また、同大法学部は十九日、臨時教授会を開き、普天間基地の早期返還を求める決議をした。

 一方、使用不能となった本館内の会計課などを図書館や体育館に仮移設する作業も進み、一部の業務は正常に戻りつつある。

沖縄タイムズ <2004年8月20日 朝刊 2面>

辺野古移設中止を要求/北中城村議会決議

 米軍ヘリ墜落事故を受け、北中城村議会(城間徳盛議長)は十九日の臨時会で、「日米特別行動委員会(SACO)合意見直しと、名護市辺野古沖への普天間飛行場移設の中止」など五項目を求めた抗議決議と意見書案を全会一致で可決、採択した。各市町村議会で事故への抗議決議が相次ぐ中、辺野古移設の中止まで踏み込んだ決議は県内初。

 同決議では「普天間飛行場の早期閉鎖」「日米地位協定の抜本改定」なども求めている。決議文、意見書は日米両関係機関に郵送する。

 城間議長は「飛行コースの真下に住む村民は、日ごろから宜野湾市民と同じ危険にさらされており、今回の事故でその危険はより現実味を帯びた。危険の根源である普天間飛行場は、県の進めるやり方で動くとは思えない。あと十数年も放置するわけにはいかない」と決議の意義を強調した。

沖縄タイムズ <2004年8月20日 朝刊 35面>

恩納村元実行委伊芸区へ116万円/闘争の志、カンパ

 四年間の闘争の末、一九九二年に米軍の都市型戦闘訓練施設を撤去させた当時の恩納村実行委員会のメンバーが十九日、現在金武町伊芸区でキャンプ・ハンセン内の同型施設建設の反対行動をしている実行委員会を訪れ、長年保管していた全国から集まったカンパの残高百十六万円全額を寄付した。

 恩納村の元闘争委員長の池原曄一さん(66)は「無数の人から寄せられた志を生かしてほしい」と激励し、伊芸区の池原政文区長は「必ず闘いを勝ち抜きたい」と、施設建設の撤回に強い決意をみせた。

 同施設を撤去させた後に、新たに県内で同様の問題が起きた場合、残りの資金を引き継ぐことを寄付の条件にしている。恩納村側からは山城一彦元恩納区長(61)、長嶺勇元闘争委員会事務局長らが出席、預金通帳を手渡した。伊芸区側は住民八人が出迎えた。

 池原伊芸区長は、恩納村の闘争開始当時も伊芸区長をしており、抗議行動の経験の少ない同村側に、銃弾被弾事件などで培った同区のノウハウを伝えた経緯がある。「今度は私たちが助けられる番になるとは不思議な縁。涙が出るほどありがたい」と「善意の連鎖」に感謝した。

沖縄タイムズ<2004年8月21日 朝刊 29面>

原告が司令官尋問要求/普天間爆音訴訟
「当事者なぜ呼べない」

 普天間飛行場周辺の住民約四百人余が、夜間・早朝の飛行差し止めなどを日本政府とリチャード・ルーキング同飛行場司令官に求めた普天間爆音訴訟の原告団は二十日、那覇地裁沖縄支部に対し、同司令官の審理を分離して結審したことに抗議、弁論を再開して司令官を尋問するよう求めた。

 島田善次団長らは、原告らが訴えてきた米軍機墜落の不安が現実に起きたことを強調。「このような事故を起こしても当事者を裁判所に呼び出せないのか」と、応対した裁判所職員に声を張り上げ、抗議文を飯田恭示裁判長に渡すよう求めた。

 また(1)普天間基地の閉鎖と名護市辺野古沖への移設中止、無条件返還(2)事故原因の徹底調査と公表(3)被害の徹底調査と完全賠償(4)日米地位協定の抜本的改定―を求める抗議声明を発表した。

沖縄タイムズ 住民地域での飛行停止要求/11JCが共同声明

 米軍ヘリ墜落事故で、県内にある全十一の青年会議所(JC)が二十日、住民地域上空での飛行・訓練停止などを求めた共同声明を発表した。

 声明は「日米地位協定を盾に米軍が事故現場を封鎖、日本側は検証さえできず、これから先、国民の生活に不安を感じる」と米軍に強く抗議。(1)事故原因の究明・公表(2)普天間基地の早期返還(3)日米地位協定の抜本的改正―を要求している。

 県庁で会見した伊沢忠憲宮古JC理事長らは「危険な基地の存在は観光にもマイナスイメージ。一致団結して声を上げていきたい」と話した。

 声明は内閣総理大臣ほか関係閣僚、駐日米国大使ら日米九者に郵送する。

沖縄タイムズ<2004年8月21日 朝刊 29面>

普天間基地の即時撤去訴え/統一連那覇でデモ

 沖縄県統一連は二十日夕、米軍ヘリ墜落事故を糾弾する緊急抗議集会を那覇市泉崎の県民広場で開いた。約三百人(主催者発表)が参加、普天間基地の即時無条件撤去などを求める決議を採択、国際通りをデモ行進した。

 新垣繁信代表幹事は「政府は普天間基地返還交渉を米国とすぐ行え、というのが県民の総意。全面閉鎖、返還を勝ち取るまで、県民世論をつくっていこう」と訴えた。赤嶺政賢衆院議員は事故後、住民や学校関係者から聞き取りした話を紹介。「あの恐怖は、まだ宜野湾市民を支配している」と述べ、二十日の米軍ヘリ飛行再開を厳しく批判した。

 「命どぅ宝どぅー」と書かれたプラカードを手に、浦添市から参加した宮城サチコさん(83)は「普天間の基地はこのままでは絶対だめ。すぐに撤去してほしい」と話した。

 参加者らは「命おびやかす基地をなくせ」などとシュプレヒコールを上げながら、国際通りをデモ行進した。

本部/被害者への補償も要求 沖縄タイムズ

 米軍ヘリ墜落事故で本部町議会(仲村幸松議長)は二十日の臨時本会議を開催し、普天間飛行場の早期返還と地位協定の全面改定を求める抗議決議を全会一致で採択した。

 決議は、被害者への謝罪と完全な補償を米軍に強く求めることとし、米軍と県警に対し早期の原因究明と公表も求めている。

沖縄タイムズ 中城/「辺野古沖」再考求める

 米軍ヘリ墜落事故で中城村議会(比嘉盛安議長)は二十日午前の臨時本会議で、「日米特別行動委員会(SACO)合意見直しと、名護市辺野古沖への普天間飛行場移設の再考」などを求めた抗議決議と意見書を全会一致で可決、採択した。

 同飛行場の全面返還や航空機の飛行中止、総点検なども求めている。

沖縄タイムズ 与那城/移設作業の長期化批判

 米軍ヘリ墜落事故で、与那城町議会(長濱景勝議長)は二十日、臨時本会議を開催し日米特別行動委員会(SACO)合意の見直しや日米地位協定の抜本的改定などを求める抗議決議を全会一致で可決した。

 決議では、SACO合意から七年余が経過してもなお移設時期が明確になっていない問題を指摘。「米軍基地の整理・縮小は県民の願いだ」と強調し、普天間飛行場を直ちに閉鎖し、返還することを求めている。

 ほか、事故原因の徹底究明と再発防止策の公表、被害者への謝罪および誠意ある補償、すべての米軍航空機の一斉点検、整備などを求めている。

再発防止を求める/渉外知事会 沖縄タイムズ 

 米軍ヘリコプター墜落事故で、渉外知事会(会長・松沢成文神奈川県知事)は二十日、日米両政府による原因究明と再発防止策を求める緊急要請文を防衛庁や在日米大使館に提出した。

 要請は「人命にかかわる大惨事につながりかねない墜落事故で、周辺住民に大きな衝撃と不安を与えた。事故は極めて遺憾だ」と指摘。(1)日米両政府による事故原因の徹底究明と実効性のある再発防止(2)安全が確保されるまで同型機の飛行停止―などを求めた。

 県の儀間朝昭知事公室次長が神奈川県の阿部忠則企画部次長らとともに内閣府や外務省、米大使館などで担当官へ要請文を手渡した。渉外知事会は米軍提供施設が所在する十四都道県で構成する。

沖縄タイムズ<2004年8月21日 朝刊 2面>

防衛施設庁に抗議/宜野湾市議団
SACOの見直し要求

 米軍ヘリ墜落事故で、宜野湾市議会の伊佐敏男議長や基地関係特別委員会委員ら十一人は二十日、防衛施設庁を訪ね、墜落事故に抗議し、日米特別行動委員会(SACO)合意の見直しを求めた。

 伊佐議長は、防衛施設庁の佐藤勉施設調査官に対し同市議会が決議した普天間飛行場の早期返還やSACO合意の見直し全機種の飛行停止など七項目について要請した。

 伊佐議長らは、米軍が同日から飛行を再開したことについても抗議。佐藤調査官は「米軍に対して再度、全面的に飛行を停止するよう申し入れたい」と答えた。各委員は名護市辺野古沖への移設計画に「移設までの十数年に事故があれば、責任を取れるのか」と同計画を再考するよう迫った。

対応に追われる/県基地対策室 沖縄タイムズ

 県基地対策室には、これまでにファクス一件、メール五件が届いた。そのほか、電話で抗議や不安を訴える人が多く、同室は「対応にずっと追われている状態で、件数は分からない」。事故が再発することへの不安や、事故による環境汚染などを心配する意見が寄せられているという。

 那覇防衛施設局にも、普天間飛行場の撤去などを求める電話やファクスが数件寄せられている。

沖縄タイムズ 基地撤去へ強い願い/本社「県民の声」50通余

 沖縄タイムス社が募集した「県民の声」に寄せられたファクスや電子メールが、二十日午後五時現在で五十二通に上った。宜野湾市の小学三年女児から名護市の七十一歳男性まで、墜落事故の再発を恐れる声、米軍・政府・県の対応に対する怒り、基地早期撤去への切実な願いが寄せられている。

 五十二通の年齢別の内訳は、十歳代と二十歳代がそれぞれ七人いて、全体の三割強を二十九歳以下が占めている。県警が現場検証できなかったことなど、日米地位協定の在り方に強い疑問を投げ掛ける意見が目立つ。

 投稿者は那覇市を筆頭に事故のあった宜野湾市、ヘリの航路下にある浦添市、米軍基地がある名護市、沖縄市、北谷町、宜野座村が多い。しかし、米軍基地のない島尻郡や平良市からも意見が届いており、県民への衝撃の大きさを裏付けた。

 職業も沖国大生から中学生、フリーター、主婦、会社員、自営業と多様だった。

 主な声としては「即刻、抗議の県民大会を開くべきだ」「植民地扱いをしているとしか思えない。早く米軍基地がなくなることを願う」「稲嶺恵一知事が普天間基地閉鎖や移設方針見直しを求めない、と会見したことに驚いた」など、事故やその後の対応を非難したものが多かった。

 一方、「十五年の使用期限を取り下げ、辺野古への基地建設を急げ」「沖縄でヘリが墜落して民間人を死傷させようが、大国アメリカには痛くもかゆくもない話。基地撤去なんてあり得ない」との意見もあった。

沖縄タイムズ  <2004年8月21日 朝刊 28面>

「墜落の瞬間 今も夢に」/県民の怒りやまず
切実な訴え相次ぐ

 沖国大への米軍ヘリ墜落事故は、発生から一週間余が経過した。宜野湾市や県、沖縄タイムス社などには、事故に対する県民の怒り、再発防止策を求める声が今でも多数寄せられている。特に、事故に直面した宜野湾市民からは「不安で眠れない」「墜落の瞬間を夢見る」など切実な声も。電話やファクス、電子メールで寄せられた訴えは、市民・県民の心に植え付けられた恐怖心の大きさを物語る。

 宜野湾市役所基地政策部に届いた市民からのメールやファクスは十六日以降、七十通以上になった。

 ある男性は「空中を舞って落ちるのを見た。落ちた瞬間は目に焼き付き、今も夢に出てくる」。別の市民は「私の父母は事故以来、顔つきが変わってしまった」「ヘリは家の上でいつも旋回している。心から安心できる生活がしたい」と、事故が市民の心に残したつめ跡の深さをにじませた。

 ある女性は「一人でも多くの市民が直接現場を見て怒るべきだ」と呼び掛けた。「集会をやってほしい。絶対に行く」と市民大会の開催を望む声も多い

 普天間飛行場の早期返還を訴える伊波洋一市長に対し、「市長、日米や県にガツンと言ってくれ」という激励も多く寄せられている。

沖縄タイムズ<2004年8月21日 朝刊 29面>

知事・首相に批判の声/米軍ヘリ墜落
真っ先に現場来るべき、東京なら対応違うはず

 「なぜ真っ先に駆けつけないのか」。沖国大への米軍ヘリ墜落から八日目の二十日、前夜に出張から帰ってきた稲嶺恵一知事が現場を訪れなかったことに、周辺住民から疑問の声が上がっている。稲嶺知事の現場視察は二十一日午前の予定。県は「二十日は三役会議が午後にずれ込んだ。沖国大との調整も必要だった」と説明するが、付近住民は「切実さがない」と批判する。

 沖国大正門前で喫茶店を営む田中健二さん(53)は「知事は動きが鈍すぎる。二十日、現場に来るべきだった。大惨事になったかもしれないのに切実さがない。勝手に大学や道路を封鎖した米軍に、もっと強い姿勢で抗議すべきだ」と批判する。

 宜野湾市宜野湾の主婦村吉ルリ子さん(38)は「ヘリ墜落より優先すべき仕事が知事にあるとは思えない。早く現場を見て、住民の不安を実感してほしい」と訴えた。

 大学近くに住む建設業、山城範和さん(54)は「知事は大した事故だと思っていないのか」とあきれ顔。夏休み中でコメントすらない小泉純一郎首相に対しても「沖縄でなく、東京や首相の地元横須賀だったら、どう対応したか聞いてみたい」と憤る。

 首相に対しては、同市宜野湾の宮里政三さん(70)も「沖縄を外国だと勘違いしているのでは。メダリストに祝福電話をかけるより、米国に抗議し、恐怖にさらされた住民を見舞うのが先ではないか」と怒った。

 稲嶺知事は十八日、南米出張を切り上げて帰国。東京での要請活動を終え、十九日夜に帰沖した。二十一日午前、沖国大で渡久地朝明学長と面談後、事故現場で被害状況などを確認するという。

<沖縄タイムズ 2004年8月21日 朝刊 29面>

学問の府 怒り心頭/米軍ヘリ墜落
学長が首相に抗議を・環境汚染の調査必要

 米軍ヘリが墜落した沖国大では二十日、同大米軍ヘリ墜落事件対策本部(本部長・渡久地朝明学長)による教員と職員への事故経過説明会が開かれた。事故後、学内向けの初めての説明会。本部側が「日本政府から正式に謝罪がない」ことを明らかにすると、参加者から「教員、職員の総意として抗議意思を示すべきだ」「学長が直接、首相に抗議してはどうか」など意見が出た。放射能や化学薬品による環境汚染不安について、参加者から「大学独自の調査が必要」との要望もあった。

 説明会は、事故後の混乱の中で学内の情報が共有されていないことから開催された。約百八十人が事故直後の現場を撮影した映像を確認し、説明に耳を傾けた。

 渡久地学長は冒頭、「大混乱の中で、本部メンバーや職員は懸命に最善を尽くした」と事故後の対応に理解を求めた。

 学長が首相に直接抗議すべきだとの意見については、本部側が「最高責任者が不在だと運営に支障を来す。現場職員で東京行きに反対した」と説明。事故翌日も授業を継続したことには「本館以外に被害がなく、資格試験の受験に悪影響が懸念された」と釈明した。

 大学の危険性がクローズアップされ、入学者が減少する恐れがあることについて、本部側は「ありとあらゆる補償を認めさせる」と強調した。

 説明会後、有志による集会があり、「補償問題で終息させてはいけない」「大学の存在意義をかけて基地撤去まで頑張ろう」との声が相次いだ。経済学部と産業情報学部も臨時教授会を開き「基地の即時飛行停止、返還」を求める抗議文を決議。これで四学部すべてが抗議決議した。

 臨時理事会も招集され、本館の建て替えなどを話し合った。

 対策本部は、学生や父母らに対して現状報告の文書を郵送する。

沖縄タイムズ 普天間ヘリ嘉手納飛来/抗議決議採択直後
町「県民の総意無視」

 二十日午後三時ごろ、普天間飛行場から飛び立ったCH46型ヘリコプター二機が米軍嘉手納基地に飛来したことが確認された。イラク派遣のために同飛行場を離陸したヘリで、米海軍ホワイトビーチ(勝連町)を離れた強襲揚陸艦に向かう途中、一時的に立ち寄ったとみられる。

 CH53D型ヘリの墜落事故を受け、嘉手納町議会は「普天間」から「嘉手納」へのすべてのヘリの飛来中止を求めた抗議決議を採択したばかり。同町基地対策特別委の中川京貴委員長は「町民、県民の総意を無視した米軍の無神経な行動に強い憤りを感じる。週明けにもあらためて対応を考えたい」と話した。

海兵隊、進む空洞化/兵力削減へ期待感 沖縄タイムズ 

 沖縄の第三一海兵遠征部隊(31MEU)約二千人が二十日午後、勝連町ホワイトビーチから揚陸艦に乗り込み「イラクの自由作戦」に参加するため出港した。これに伴いヘリコプター約二十機も派遣されたとみられる。沖縄からは二月に海兵隊約三千人と約二十機のヘリがイラクへ派遣されており一時的にせよ、大幅な“兵力削減”となる。専門家からは「在沖海兵隊の大規模な削減は可能」とする指摘が出る一方、県や宜野湾市からは海兵隊削減への期待感が広がっている。

沖縄タイムズ 事故で変更

 沖縄からイラクへ派兵されるのは、米本国(八百人)とハワイ(千人)から部隊配備計画(UDP)で、沖縄に配備されていた約千八百人。

 沖国大で、墜落事故を起こしたCH53D大型輸送ヘリを含む同型機六機(航空隊員七十人)も、ハワイのカネオヘベイ基地から31MEUに編成されていた。ハワイの「ホノルル・スター・ブウレティン」紙によると、当初CH53D六機もイラクへ派遣される予定だったが、墜落事故で訓練が行えなくなったため、キャンセルされた。

 米海兵隊が本国以外に遠征隊司令部(金武町、キャンプ・ハンセン)を置いているのは31MEUだけ。

 北朝鮮をはじめフィリピンや、インドネシアのイスラム過激派などへの「抑止力」として前方展開している。

沖縄タイムズ 大半欠ける

 一九九〇―九一年の湾岸戦争では在沖海兵隊二千人が、米カリフォルニア州の第一海兵遠征軍として派遣される形で地上戦に参加。湾岸戦争中、「軍事的空白」を補うため、約二千人の予備役が沖縄に配備された。

 だが、今回は既に三千人の兵力がイラクへ投入されているにもかかわらず「遠征部隊、普天間への補充は当面はない」(外務省)とされる。

 イラクの治安情勢悪化による米軍全体の兵員不足という条件があるにせよ在沖海兵隊約一万六千人のうち実戦部隊の大半に当たる五千人が欠ける異例の事態となっている。

 また、普天間飛行場所属ヘリ五十六機中、約四十機がイラクへ派遣された可能性がある。

 外務省幹部は「基本的には部隊の移動」としながらも、「再三、県の意向を伝えており、米軍上層部にはそういう判断が加わっているのかもしれない。普天間のヘリは減らす方向で進めているのではないか」とみる。

 米軍再編問題に詳しい梅林宏道氏は「海兵隊の沖縄駐留は基本的に訓練のため。北朝鮮の抑止力は在韓米陸軍やグアムなどの空軍の増強で対応できている。海兵隊を大幅に減らすことは可能だ」と指摘している。

海外移転も

 「今回の飛行が兵力の分散、訓練の移転であるなら、県の要求と合致したものであり、今後の動向を見極めたい」

 稲嶺恵一知事のコメントは普天間問題に何らかの変化を予期しているかのようにも聞こえた。

 野党県議団の抗議・要請に対応した比嘉茂政副知事は「県が要請している兵力の海外移転の話もあるかもしれない」と含みを持たせた。

 府本禮司知事公室長は「本当に兵力が削減されるか、予断を許さないが、『次の事故は許されない』という危機感は、米側も共有しているはずだ」と話す。

 (東京支社・浜元克年、政経部、知念清張)

沖縄タイムズ <2004年8月21日 朝刊 1・2・29面>

普天間ヘリ40機不在/イラクへ
宜野湾市長「運用停止状態に」

 二十日午後、米軍普天間飛行場のヘリ計十九機が次々と同飛行場を離陸した。うち十三機はイラク派兵のため、ホワイトビーチ沖合に停泊する米海軍佐世保基地所属の強襲揚陸艦エセックス(四〇、五三二トン)の甲板に着陸したことが確認された。同飛行場所属のヘリ五十六機のうち約四十機が“不在”となる。伊波洋一宜野湾市長は「イラクへの派兵部隊が二度と『普天間』に戻らないよう、市民とともに取り組み、事実上の運用停止状態に持ち込みたい」としている。防衛庁は引き続き、全機種の飛行停止を米側へ要請する方針だ。在沖米海兵隊は同市に対し、「必要最小限の飛行」と説明した。

 米軍ヘリは午後一時半すぎ、CH46の離陸を皮切りに五時十五分までの間、計十九機が飛び立った。多くがエセックスに向かったが、CH46二機は午後三時すぎ、嘉手納基地に着陸。CH53五機は滑走路上で整備を受けたが、飛行しなかった。

 エセックスは同日午前、勝連町ホワイトビーチの桟橋を離れ、沖合数キロに停泊。午後二時前から米軍ヘリが着艦するのが確認された。上空を旋回しながら甲板で離着陸を繰り返す機もあった。午後四時には北東向けに出航し、姿を消した。

 同飛行場では墜落事故後、米軍がヘリの飛行を自粛していたが、米側は十九日夜、外務省に「ヘリを洋上の艦船に乗せるため、運用せざるを得ない」と伝えていた。

 稲嶺恵一知事は小泉純一郎首相に普天間飛行場の基地機能の県外、海外への分散を訴える方針。県も今回の米軍の部隊派遣が機能分散につながるかどうか注視している。

 海兵隊外交政策部(G5)のリカルド・スチュワート副部長は、ヘリ飛行再開に抗議した宜野湾市の當山盛保収入役と比嘉博基地政策部長に対し、「必要不可欠な最小限度の飛行だ。墜落事故を起こしたCH53Dについては飛行を停止している」と説明。「次々と飛び立つヘリの行き先はイラクか」と問うと、「軍事情報なので答えられない」と回答しなかった。

 同市によると、すでに二十機以上のヘリがイラク派兵されており、今回の派遣を合わせると約四十機が同飛行場から一時的に姿を消すことになる。

 ヘリの飛行再開に対して抗議声明を出した伊波市長は「派遣部隊を米本国に帰還させる取り組みと、残った十数機の本国撤収を日米両政府に求めていく。実現すれば事実上の運用停止状態となる」と強調。「そのためにも、九月予定の市民大会を成功させたい」と力を込めた。

8月21日小泉首相夏休み
沖縄タイムズ <2004年8月21日 夕刊 1面>

知事が墜落現場視察/ヘリ事故
来週にも首相へ抗議

 米海兵隊のCH53D大型ヘリコプター墜落事故発生から九日目の二十一日午前、稲嶺恵一知事は事故後初めて宜野湾市の沖縄国際大学の墜落現場を視察。米軍ヘリが接触し、一面が焼け焦げた一号館本館の壁を前に、「現実に現場を見て、当事者の方のショックを強く感じた」と感想を述べた。視察に先立ち、学内で渡久地朝明学長と面談した稲嶺知事は「一番重要なのは危険の除去。精神面の安全確保も含め、日米両政府に強く求めていきたい」との考えを示し、日程が取れ次第、来週早々にも小泉純一郎首相らに会い、抗議する意向を明らかにした。

 稲嶺知事は同大学に到着後、図書館四階で渡久地学長と面談。

 渡久地学長は「これまでは教育に専念していればいいと思っていたが、教育環境の改善にまで活動を広げなければならない、との認識が学内に形成されつつある」と訴え、「原状の回復と教育環境の整備をお願いしたい」と要望した。

 これに対し、稲嶺知事は「想像もできないような事故に遭われ、大変だと思う。表面的な部分よりはるかに大きな被害を受けている。物理面、ソフト面の被害の回復に向け全力を尽くす」と述べた。

 さらに、渡久地学長は「事故発生直後から米軍が墜落現場と周辺を封鎖し、本学関係者の立ち入りを一方的に拒否したことは『大学の自治』に対する重大な侵害」などと抗議する文書を稲嶺知事に提出した。

 稲嶺知事は「特に大きなことは大学の自治の問題。これは日米地位協定に絡むと強く認識している。大学の自治が破られることはあってはならず、日米地位協定の見直しに向け、連携をとりながら議論するよう努力したい」との考えを示した。

 大学からはほかに、大学機能の回復、補償問題、大学のイメージ低下に対する措置などの支援を県に求めた。

 視察した稲嶺知事は「できるだけ速やかに行いたい。米軍に対しては安全が確保されるまでの飛行停止を強く求める」との姿勢をあらためて示した。

沖縄タイムズ <2004年8月21日 夕刊 7面>

知事、現場惨状に絶句/沖国大ヘリ墜落
「視察遅すぎる」学生らから批判も

 「一日も早く大学機能を回復できるよう、日本政府に働きかけてほしい」。米軍ヘリ墜落から九日目の二十一日午前。初めて沖国大を訪れた稲嶺恵一知事に、渡久地朝明学長は訴えた。県警の現場検証もなく、米軍や日本政府の謝罪もないまま、時間だけが過ぎていく状況に焦りの色すら浮かぶ。緊張した面持ちの稲嶺知事。焼けこげ、傷ついた大学の建物に絶句。「想像以上の被害。皆さんと連携して政府と交渉したい」と約束した。周辺住民や学生からは「知事は来るのが遅すぎる」と批判の声も上がった。

 会談は、役員室が仮設された図書館内で行われた。終始硬い表情の稲嶺知事が「これからも連携しながら努力していきたい」と約束すると、渡久地学長は「教育環境の回復は、知事の肩にかかっている」と県の支援を重ねて求めた。

 視察が遅いとの批判を意識してか、知事は南米出張中に一報を聞き、東京に戻って政府に抗議行動を行ったことを説明。渡久地学長から抗議声明文を受けた後、同大卒業生が提供した事故直後のビデオ映像を見た。

 「噴煙の高さを近隣のビルと比べてください」と渡久地学長。知事は「ショックな映像ですね」。両手を握りしめ、焼けこげた機体、建物への衝突跡の画面を凝視した。

 続いて、渡久地学長らの案内で約二十分間、事故現場を視察。木が焼け、腐ったようなオイルのにおいが漂う。大学側の説明に、「はい」「そうですか」と返答していたが、機体が接触し、鉄筋がむき出しになった屋上部分を見上げた瞬間、「カーッ」と絶句。その後は黙って説明を受け、崩落の危険性がある非常階段口では、うつろな表情で立ち尽くした。

 取り囲んだ記者団に対し「大学や周辺住民への補償など、問題解決に努力したい」と述べ、現場を後にした。

沖縄タイムズ 精神的ケアを・しっかり見て

 稲嶺恵一知事が二十一日午前、事件後初めて沖国大を視察したことについて、学生や大学関係者、地元住民からは「来るのが遅い」「現場をしっかり見てほしい」などの声が相次いだ。

 「来るのが遅すぎる」と憤ったのは徳吉貞雄さん(69)=宜野湾市宜野湾。「南米訪問の日程を消化せず、すぐに帰国すべきだった。県民の立場で政府に解決を主張しないと、事故はまた起こる」と強調した。

 事故発生時に大学構内にいて、爆発炎上するヘリを目撃した商経学部経済学科四年生の池間慶明さん(21)=豊見城市=も「日程が詰まっていたのも分かるが、自分の身内が事故に巻き込まれていたら、日程を変更して駆けつけたのではないか」と対応に疑問を投げた。

 特別講義を受けに大学に来た総合文化学部人間福祉学科二年生の嘉手納泉也さん(19)=那覇市=は「普段気にしていなかったが、事故後、基地被害が現実的に起こる可能性があると分かった」と険しい表情。「知事は現場をしっかり見てほしい」と要望した。

 ゼミに出席するため大学に来た人間福祉学科四年の平良美典さんは「事故の瞬間を目撃して、精神的ダメージを受けた友人もいる。建物だけでなく、そのあたりも配慮してほしい」と注文した。

 自宅の庭や畑の水タンクが破損する被害を受けた島袋安英さん(62)=宜野湾市宜野湾=は、多忙な知事の日程に理解を示しながら、「普天間が危険な基地ということを現場を見て確認し、県民代表として小泉純一郎首相にも視察するよう訴えてほしい」と話した。

沖縄タイムズ <2004年8月21日 夕刊 1面>

全面飛行停止を要請/知事
四軍調整官、応じない姿勢

 米海兵隊CH53D大型輸送ヘリコプターの沖縄国際大学墜落事故を受け、在沖米軍トップのロバート・ブラックマン四軍調整官(海兵隊中将)が二十一日、県庁に稲嶺恵一知事を訪ねた。稲嶺知事は現場視察を踏まえ、「事故の状況はヘリの部品が広範囲に飛び散るなど、地元住民に大きな不安を与えた」と抗議。また、県の要請に反して二十日、ヘリが飛行を再開したことに対し、安全性が確保されるまでの間、普天間飛行場の全機種の飛行停止を求めたが、同中将は「最小限の飛行」と、応じなかった。

 知事は普天間飛行場のヘリの運用が限界に来ているとの認識を示した上で、「一番重要なのは普天間飛行場の安全が確保できるまでの全面飛行停止だ」と強調。また、事故後に取られた道路封鎖や、県警が現場検証を行えなかったことを指摘し、「住民に不安を与え配慮が足りなかった」と批判した。

 同中将は「宜野湾市民と県民に大きな不安を与えたことに強い遺憾の意を表明したい。徹底した安全点検を行った。決して二度と事故が起きないことを望んでいる」と述べた。知事が求めた全面飛行停止には「移動など最小限の飛行にとどめている」と理解を求め、要請には応じない姿勢を示した。

 会談には、トーマス・ライク米国総領事も同席した。南米から帰任後、知事が同中将と面談したのは初めて。

<沖縄タイムズ 2004年8月21日 夕刊 7面>

ヘリ基地反対協が「辺野古」撤回要求/名護市長に

 ヘリ基地反対協議会の安次富浩、大西照雄代表委員ら約十人は二十日、米軍ヘリ墜落事故への抗議声明を名護市長あてに手渡した。

 声明は(1)普天間基地の即時閉鎖と無条件全面返還(2)辺野古海上基地建設計画撤回、ボーリング調査中止―を求めている。

沖縄タイムズ <2004年8月21日 夕刊 7面>

曲芸飛行の中止三連協で要請を/新嘉手納原告団など求める

 嘉手納基地で九月に予定されているF16戦闘機六機による曲芸飛行について、新嘉手納爆音訴訟原告団(仲村清勇会長)と中部地区労(松田寛議長)は二十三日、三連協を構成する沖縄、嘉手納、北谷の三市町長に対し、米軍に中止を要求するよう要請する。

 三連協は今月五日、反対はせずに安全対策を徹底するよう同基地に申し入れていた。