2004年7月24日 土曜日
 古谷直康著『ここに生きて』紹介

私学の大先輩である古谷直康さんが6月20日に出版されましたご本『ここに生きて』の紹介をします。この本は大きく四つの部分からなっています。かりに第1章、第2章、第3章、第4章となづけておきます。
  1. 第1章は愛媛新聞の連載コラム”四季録”のために書かれた「歴史エッセイ」16編。これらのエッセイは1977年10月11日から翌1978年3月21日まで週に1回の割合で連載されたものです。
  2. 第2章が「市民運動の中で」8編。ここではまず1971年の「夜明けから日の出へ 愛媛知事選から」、1994年の「愛媛県議会の戦没者追悼決議について」がおさめられ、そのあと2000年代に書かれた6編のエッセイが収めらています。
  3. 第3章は「地域社会史論」12編。1968年の「地域社会史の提起」から2000年の「女性パワーの根源を見た」まで、おもに「歴史地理教育」誌に発表されたエッセイです。
  4. 第4章は「平和教育・歴史教育論」13編。1976年の「天皇在位50年式典について」から2001年の「カナダの旅」まで。「愛媛近代史研究」や愛媛新聞、「東雲教育月報」などに掲載されたもののほかラジオ放送を再現したものもあります。
  第1章の「四季録」所載のエッセイでは「客観主義」で「私事を書いているはずの”私信”が、迫力をもって歴史を語っていることに感動した」、「歴史研究者は、客観分析のうえに、人間の生きた情感を伝えうる叙述を心すべき」と書いておられるがこのあたりに歴史家としての古谷直康さんの真骨頂があるとおもいます。

  第2章は「歴史を作る民衆の一人」としての古谷さんの活躍ぶりに改めて目を見張ります。「愛媛における教科書採択にかかわる市民のたたかい」では、古谷さんが、小難しい関係にある県内の民主的諸潮流を取りまとめあげる立場にあることが読み取れると思います。この戦いは市民の自由意志をみごとに引き出した戦いとして特筆される戦いでありましたが、古谷さんはつねにこの戦いの中心にいたのでした。「道後湯築城を守る市民運動の展開」が描いた市民運動は、「愛媛玉串料違憲判決訴訟」とともに愛媛県民が完全勝利を勝ち取った戦いでありますが、運動の広がりという点、研究と運動の結合、といった点では「玉ぐし」以上ということも出来るかもしれません。古谷さんはこの戦いでも重要な役割を果たしました。
  一方「愛媛県議会の戦没者追悼決議について」のなかで全国的な「決議運動」を「右翼国家主義者の”地域に根ざした”運動の一環」ととらえる古谷さんの自己中心的ではない観察に注目したい。地域社会にはさまざまな運動が渦巻いています。その中には当然反動的な潮もあるわけです。第4章で紹介される山形農民の「村の中にも帝国主義も安保もある」との発言と符合するみかたでしょう

  第3章は「人民の記録係」としての古谷さんの視点に関する論文が集められています。「明治百年」を「民衆が成長してきた百年」ととらえる視点、「地域に根ざし、人民の戦いをささえる歴史教育」の視点、「百姓一揆を住民自治運動としてとらえる」視点などそれぞれに門外漢にとっても興味深いないようがあります。
  「海を守る婦人たち」も一気に読まされました。歴史を支える人々を「生きた情感」をもって伝えています。エッセイ以後の運動の展開を知りたいところです。

  最後の第4章は、「歴史教師」としての古谷さんの姿を描きます。古谷さんが「歴史的事件の主人公だけではなくそれを支えた人を見る」学習を進めます。そのためには人々の生活や労働の場が見なくてはならない、と強調します。こどもたちが古谷マジックによって歴史学習に生き生きと取り組む姿が楽しく読み取れます。この章の終わりのほうに掲げられている古谷さんの詩「あなたは夢見る」にもぜひ注目してもらいたいと思います。戦争の時代を生み出した昭和天皇の今わの際をこの天皇にふさわしく描いています。