2004年5月25日 火曜日
 自民党機関紙かと見紛う5・23付「しんぶん赤旗」

  北朝鮮による拉致被害者の5人の子供達が日本にやってきた。成長した子供たちにとっては親子が一つ屋根の下で暮らすことにそれほど絶対的な意味があるとは思えないが、親が子に、子が親に、会いたいときには会えるということはこれはなににもかえられない喜びであろう。
 それにしても、どうもしっくり来ないのが、このことを報じる5月23日付け「しんぶん赤旗」第1面である。何度見ても自民党の機関紙にしか見えないのである。小泉訪朝結果をを100%歓迎する記事なのだ。
  共産党は国際紛争を平和的な交渉によって解決するという方針を持っている。憲法第9条の立場での主張である。日朝間の問題についても同様のやりかたで解決すべきだと主張してきたし、第1回の小泉訪朝に際しても実は共産党が理論的にこの外交展開をリードしたという経過があり、小泉純一郎・金正日が発した「ピョンヤン宣言」についても全面支持の立場だ。それどころか「ピョンヤン宣言」は共産党の外交政策の成果と認識している気配すらある。北朝鮮制裁法案の審議に当たっても「ピョンヤン宣言」の立場から反対した。
  そんなわけで5・23付け「しんぶん赤旗」が小泉首相の2回目の訪朝とその結果を高く評価するのは当然というべきなのだが、この「当然」がしっくり来ないのだ。なぜしっくりこないのだろうか。
  この印象は、「しんぶん赤旗」紙面の雰囲気が、拉致被害者やその家族たちの憤りぶりとあまりにもかけ離れているからだろうか。私にとってはそうではない。私はこの数年「家族」という自己完結体が自己完結的であるべきでない国際関係(「大東亜共栄圏」構想による侵略戦争や米国のイラク攻撃を自己完結的と考えているのである)を動かすことは危険だと考えてきた。その意味で、外交政治が被害者やその家族の受け取り方とかけ離れていても不都合はない。  
  心配なのは、拉致被害者の家族達が、記者会見や街頭演説であれだけ必死に小泉首相の」非を訴えているのに、その事実が全く「しんぶん赤旗」紙面に反映されないことである。共産党の外交政策によってその事実が紙面から排除されているのである。共産党が小さな野党勢力でしかない今でさえこんな状況では、政権党になったときには国民のもっと大きなの叫びが無視されないかと心配になるのである。
  小泉首相の政治行為についての報道もそうだ。小泉首相の2回目の訪朝には、その動機(サプライズ効果による人気の急浮上がねらい)においても、その準備(米逃亡兵が日本の首相の保証で満足するはずがない)においても、そのギブ・アンド・テイクにおいても、不純・不備・過失などの問題点が目に付く。それらの問題点が、共産党の外交政策をふりかざすことによって不問に付されている。この件で「しんぶん赤旗」は批判精神を失っている。このあたりがしっくり来ないのである。