2004年4月11日
福岡地裁の小泉首相靖国参拝違憲判決をネットで探していたら、2月の大阪地裁判決が見つかったので、これをやや読みやすい形に整形してみた。

H16. 2.27 大阪地方裁判所
平成13年(ワ) 第11468の1,2
靖国参拝違憲確認請求事件
 判決全文

2004年4月9日掲載

※(以下の符号の前の__等のアンダーラインは、読解の便宜上、忘暮楼が付したものです)
     

H16. 2.27
大阪地方裁判所
平成13年(ワ)第11468の1,2
靖国参拝違憲確認請求事件

事件番号  :平成13年(ワ)第11468の1,2
事件名   :靖国参拝違憲確認請求事件
裁判年月日 :H16. 2.27
裁判所名  :大阪地方裁判所
部     :第3民事部


判示事項の要旨:

平成13年(ワ)第11468号の1

__
 内閣総理大臣である小泉純一郎が平成13年8月13日に靖國神社を参拝した行為は,内閣総理大臣としての資格による参拝であって,国賠法1条1項の「職務を行うについて」した行為に当たり,また,憲法20条3項の「国及びその機関」の活動にも当たるとされた事例 

__ 小泉純一郎が靖國神社を参拝した行為によって原告らの法的利益が侵害されたとは認められないとされた事例


平成13年(ワ)第11468の2

__ 小泉純一郎が靖國神社を参拝した行為が行訴法3条1項の「公権力の行使」に当たらないとされた事例

__ 小泉純一郎が靖國神社を参拝した行為によって原告らの法的利益が侵害されたとはみとめられないとされた事例



平成13年(ワ)
第11468号の1 

主        文

__ 原告a,原告b,原告c,原告d及び原告eの
被告らに対する靖國神社参拝の違憲確認請求に係る訴え並びに被告内閣総理大臣小泉純一郎に対する靖國神社参拝の差止請求に係る訴えをいずれも却下する。

__ 原告a,原告b,原告c,原告d及び原告eのその余の請求並びにその余の原告らの請求をいずれも棄却する。

__ 訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由
_第1 請求
__ 被告小泉純一郎,被告国及び被告靖國神社は,各自連帯して,原告それぞれに対し,1万円及びこれに対する平成13年8月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
__2 原告a,原告b,原告c,原告d及び原告eの請求
___(1) 原告a,原告b,原告c,原告d及び原告eと被告らとの間で,被告小泉純一郎が,平成13年8月13日,内閣総理大臣として靖國神社に参拝したことは違憲であることを確認する。 
___(2) 被告内閣総理大臣小泉純一郎は,内閣総理大臣として靖國神社に参拝してはならない。
___(3) 被告靖國神社は,被告内閣総理大臣小泉純一郎が内閣総理大臣として靖國神社に参拝するのを受け入れてはならない。
_第2 事案の概要等

  (以下,別紙原告目録記載の原告については,「原告1」のように「原告」の後に同目録の原告番号を付して表記することとし,別紙在韓原告目録記載の原告については,「在韓原告1」のように「在韓原告」の後に同目録の原告番号を付して表記することとする。)
__ 事案の概要

   本件は,被告小泉純一郎(以下「被告小泉」という。)が平成13年8月13日に被告靖國神社の施設である靖國神社を参拝した(以下,これを「本件参拝」という。)ことから,
___@すべての原告らが,本件参拝により原告らの「戦没者が靖國神社に祀られているとの観念を受け入れるか否かを含め,戦没者をどのように回顧し祭祀するか,しないかに関して(公権力からの圧迫,干渉を受けずに)自ら決定し,行う権利ないし利益」を侵害されたと主張して,被告小泉及び被告靖國神社に対しては不法行為による損害賠償請求権に基づき,被告国に対しては国家賠償法1条1項による損害賠償請求権に基づき,原告一人につき1万円及びこれに対する本件参拝の日(平成13年8月13日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を,
___A原告1,251及び412並びに在韓原告16及び64(これら5名をあわせて「原告1外4名」という。)が,本件参拝は政教分離原則を規定した憲法20条3項に違反しており,本件参拝によって原告1外4名の「戦没者が靖國神社に祀られているとの観念を受け入れるか否かを含め,戦没者をどのように回顧し祭祀するか,しないかに関して(公権力からの圧迫,干渉を受けずに)自ら決定し,行う権利ないし利益」が侵害されたと主張して,被告らに対して本件参拝の違憲確認を,国家機関としての被告内閣総理大臣小泉純一郎(以下「被告内閣総理大臣」という。)に対しては上記権利ないし利益に基づき,内閣総理大臣として靖國神社に参拝することの差止めを,被告靖國神社に対しては,上記権利ないし利益に基づき,被告内閣総理大臣が内閣総理大臣として靖國神社に参拝することの受入れの差止めをそれぞれ求めた事案である。
__2 前提となる事実(証拠の記載がない事実は当事者に争いがない。)
___(1) 当事者
____ア 被告小泉及び被告内閣総理大臣について

_____(ア) 被告小泉は,昭和47年に衆議院議員選挙に初当選し,その後,厚生大臣,郵政大臣(いずれも当時)等の大臣を歴任し,平成13年4月下旬の自由民主党(以下「自民党」という。)総裁選挙によって自民党総裁に選出され,同月26日,第87代内閣総理大臣に任命された(なお,被告小泉は,衆議院解散総選挙後の平成15年11月19日,引き続いて第88代内閣総理大臣に任命された。)。
_____(イ) 被告小泉は,本件参拝当時,内閣総理大臣であり,被告国の公務員であった。

_____(ウ) 被告内閣総理大臣は,被告国の一機関であり,行政権を有する内閣の首長である。
____イ 被告靖國神社について

_____(ア) 被告靖國神社は,宗教法人法に基づき,東京都知事の認証を受けて設立された宗教法人であり,靖國神社を設置している。
_____(イ) 被告靖國神社は,東京都千代田区九段北3丁目1番1号に社務所をおき,「明治天皇の宣らせ給うた『安國』の聖旨に基き,國事に殉ぜられた人々を奉斎し,神道の祭祀を行ひ,その神徳をひろめ,本神社を信奉する祭神の遺族その他の崇敬者(〔中略〕)を教化育成し,社会の福祉に寄与しその他本神社の目的を達成するための業務及び事業を行ふこと」を目的としている(靖國神社規則3条)。

_____(ウ) 靖國神社は,明治2年6月,明治維新の内戦(戊辰戦争)において,国のために一命を捧げた人たちの霊を慰めようとして,明治天皇によって「東京招魂社」として創建されたのが起源で,明治12年には,「靖國神社」と改称された。明治天皇が命名した「やすくに」という社号には「国を平安にし,平和な国を作り上げる。」という思いが込められている。
_____(エ) 靖國神社には,戊辰戦争で戦死した三千五百八十八柱の霊,その後の「佐賀の乱」,「西南戦争」,「日清戦争」,「日露戦争」,「第一次世界大戦」,「満州事変」,「支那事変」,「大東亜戦争」等の事変,戦争で戦死した者の霊など現在合計二百四十六万六千余柱の霊が祀られている(その霊の中には,極東国際軍事裁判の結果,戦争犯罪人として処刑されたA級戦争犯罪人(いわゆるA級戦犯)の霊も含まれている。)。(甲33,34,乙A1)
___(2) 本件参拝の態様等
____ア 被告小泉は,終戦記念日の二日前である平成13年8月13日午後4時30分ころに本件参拝を行ったが,その態様は,
参集所玄関から参入し,
fらの出迎えを受け,
参集所内において「内閣総理大臣小泉純一郎 」と記帳した後,
拝殿正面から中庭を経て,本殿に昇殿し,
戦没者の霊を祀った祭壇に黙祷した後,
深く一礼を行うというものであった(神道形式であるいわゆる「二拝二拍手一拝」は行っていない。)。
なお,靖國神社の本殿上壇の間に供えられていた献花には「献花内閣総理大臣小泉純一郎」という名札が付されていた。
被告小泉は,参拝後,到着殿菊花の間にてfと懇談した後,
同広間で記者との会見に応じた(甲1,45,乙A1の2,弁論の全趣旨)。

____イ 被告小泉は,本件参拝に際して,秘書官を同行させ,靖國神社への往復に公用車を用いた。なお,他の閣僚を同伴していない(甲1,乙A1の2,弁論の全趣旨)。

____ウ 被告小泉は,本件参拝の際,玉串料を支出することはせずに,献花代(3万円)を私費で負担した(甲1,乙A1の2)。

____エ 本件参拝の実施については,内閣の閣議で決定されたものではなかった(弁論の全趣旨)。
___(3) 平成14年4月21日の参拝 
被告小泉は,平成14年4月21日,春季例大祭の初日に靖國神社に参拝した。
被告小泉は,同日午前8時30分ころに靖國神社に到着し,同日午前9時40分ころから,本件参拝と同一の方式により参拝を行った。
被告小泉は,同参拝後,記者会見に応じ,
「心ならずも家族を残して戦争に赴き,命を捧げた御霊に敬意と感謝を捧げた。」と述べたほか,同年8月の参拝についての質問に対し,「ありません。一年一度と思っている。」と答えた(甲30の1ないし3,32)。
※前々から気になっているのが「こころならずも」という言葉遣いである。明解国辞典には「自分の本心に反した言動をするようす、不本意ながらも、」とあるが、ここでは「自分の本心反して」何をしたといっているのかが分かりにくい。戦争におもむいたこか、家族を残して戦争におもむいたことか、命を捧げたことか、うーん、わからんなあ。臭い表現だ。

___(4) 平成15年1月14日の参拝 
被告小泉は,平成15年1月14日,靖國神社を参拝した。これは,被告小泉が平成13年4月に首相に就任してから三度目の参拝となる。
___(5) 内閣総理大臣等の靖國神社参拝についての政府見解 
内閣総理大臣等の靖國神社参拝について,昭和53年10月17日に次の政府統一見解が示され,政府は,その後現在に至るまで,この考え方を変えていない。
「内閣総理大臣その他の国務大臣の地位にある者であっても,私人として憲法上信教の自由が保障されていることは言うまでもないから,これらの者が,私人の立場で神社,仏閣等に参拝することはもとより自由であって,このような立場で靖国神社に参拝することは,これまでもしばしば行われているところである。閣僚の地位にある者は,その地位の重さから,およそ公人と私人との立場の使い分けは困難であるとの主張があるが,神社,仏閣等への参拝は,宗教心のあらわれとして,すぐれて私的な性格を有するものであり,特に,政府の行事として参拝を実施することが決定されるとか,玉ぐし料等の経費を公費で支出するなどの事情がない限り,それは私人の立場での行動と見るべきものと考えられる。先般の内閣総理大臣等の靖国神社参拝(注:当時の福田赳夫内閣総理大臣の参拝を指す。)に関しては,公用車を利用したこと等をもって私人の立場を超えたものとする主張もあるが,閣僚の場合,警備上の都合,緊急時の連絡の必要等から,私人としての行動の際にも,必要に応じて公用車を使用しており,公用車を利用したからといって,私人の立場を離れたものとは言えない。また,記帳に当たり,その地位を示す肩書を付すことも,その地位にある個人をあらわす場合に,慣例としてしばしば用いられており,肩書を付したからといって,私人の立場を離れたものと考えることはできない。さらに,気持ちを同じくする閣僚が同行したからといって,私人の立場が損なわれるものではない。」(乙A1の2,乙A2)
__ 争点
___(1) 本件参拝が憲法20条3項所定の宗教的活動にあたって違憲といえるか否か(すべての請求に共通)。

___(2) 本件参拝が内閣総理大臣の「職務を行うについて」(国家賠償法1条1項)なされたものか否か(被告国に対する前記第1の1の請求関係)。  
___(3) 本件参拝が原告らの法的利益を侵害したといえるか否か(すべての請求に共通)。

___(4) 原告らの被った損害(前記第1の1の請求関係)

___(5) 被告小泉,被告国及び被告靖國神社の損害賠償責任の有無(前記第1の1の請求関係)

___(6) 原告1外4名の本件参拝の違憲確認請求に係る訴えが適法か否か(前記第1の2(1)の請求関係)。

___(7) 原告1外4名の被告内閣総理大臣に対する靖國神社参拝の差止請求に係る訴えは適法か否か,また,同請求に理由があるか否か(前記第1の2(2)の請求関係)。

___(8) 原告1外4名の被告靖國神社に対する参拝受入れの差止請求に係る訴えは適法か否か,また,同請求に理由があるか否か(前記第1の2(3)の請求関係)。

__4 争点に対する当事者の主張
___(1) 争点(1)
〔本件参拝が憲法20条3項所定の宗教的活動にあたって違憲といえるか否か(すべての請求に共通)。〕について
____ア 原告らの主張 
本件参拝は,次の理由から被告小泉が内閣総理大臣として行った公的参拝であり,憲法20条3項所定の宗教的活動にあたり,違憲である。

_____(ア) 被告靖國神社の宗教団体性

______a 被告靖國神社の設立目的等

  被告靖國神社は,宗教法人法に基づき,東京都知事の認証を受けて設立された宗教法人であって,宗教の教義や宗教施設である靖國神社等の施設を備え,神道儀式に則った祭祀を行う宗教団体であり,神道の教義をひろめ,儀式行事を行い,また信者を教化育成することを主たる目的とする神社である。

______b 国民統合の宗教施設・軍事施設

  靖國神社は,国家機関として,明治初期から太平洋戦争の敗戦に至るまでの七十数年にわたって,国家神道体制の中核に位置した。「神聖不可侵」,「現人神」天皇制のもと,「天皇のために」戦没死,戦病死した人を「英霊」として祭祀・顕彰し,軍国主義の精神的支柱としての役割を果たしてきた。 戦前の日本の軍国主義は,軍部の専横のみで独り成立し得たのではなく,独善と覇権の思想,天皇制国家神道のもとで培われた忠臣愛国,滅私奉公等,近代の「自我」を排する当時の国民の道徳観,世界観がその生成に大きな力を与えている。

 しかし,このような国民の道徳観,世界観は,決して国民の側から自発的に生まれたものではなく,学校を布教所とし,教育勅語を教典とする徹底した皇民化教育,すなわち国家神道の宗教教育によって国家が国民に強制したものである。これら皇民化政策は,日本の植民地支配によって「帝国臣民」とされた植民地人民に対しては,異民族性を徹底的に解体するなど熾烈を極めたものであった。これを明確な死生観,宗教観念によって支えたのが「天皇のために」戦死すれば神として祀る靖國神社であった

 戦没者の霊は,国家と靖國神社により,一方的に,遺族に何の断りもなく,靖國神社に合祀され,「英霊」として扱われた。それによって累々と続く戦死が正当化され,美化された。靖國神社は,戦闘意欲旺盛な「帝国臣民」を無限に生み出す宗教的,思想的装置であった。

 国家は,戦争に駆り出された兵士に対し,戦死が「犬死に」であるとの疑念を挟ませず,その怨念を周到にも生前から鎮めるために,皇国史観を教育し,靖國神社に祀られることがあたかも栄誉であるかのような意識を「帝国臣民」に植え付け,靖國信仰を強制していった。

 このように,靖國神社は,軍国主義日本の象徴であり,植民地人民も含めて「帝国臣民」を戦争に向けて統合する精神的装置として,まさに「軍事施設」であった。靖國神社は,政治と宗教が結合したときの恐ろしさを如実に示している。
______c 戦後も変わらぬ靖國神社の本質

  靖國神社は,戦後,国家管理から離れ,単立の一宗教法人として存続する途を選んだ(被告靖國神社の成立)。国家とのつながりはなくなったが,戦没者を「英霊」として慰霊・顕彰することにより戦死を他の死(例えば空襲などによる戦災死)と峻別し,戦死を尊いものとして褒めたたえるその教義や宗教施設としての本質は戦前のそれと何ら変わっていない。 民間の一宗教法人となったものの,被告靖國神社は,戦後も引き続き国家から特権を受けてきた。厚生省(現厚生労働省)が靖國神社に祀る戦没者の名簿を作成して交付し,被告靖國神社がこの名簿により新たな祭神を霊璽簿に書き加え,合祀してきたのである。祭神として祀るべき戦没者の選択は,靖國神社の教義と礼拝行為の中核的作業である。被告靖國神社の宗教行為は,国家の特別の便宜供与によって成り立ってきたのである。

 また,被告靖國神社は,内閣総理大臣の公式参拝を求めているだけでなく,天皇の「御親拝」の復活をも悲願としている。被告靖國神社が国家機関による参拝を求めるのは,まさに憲法20条1項後段が定める「いかなる宗教団体も国家から特権を受けてはならない」との規定に明らかに反する。この姿勢は,被告靖國神社の時代錯誤と憲法感覚の欠如を示すものである。

 被告靖國神社には,わが国の戦争,とりわけわが国のみならず中国,朝鮮半島をはじめアジア諸国に惨禍をもたらした侵略戦争に対する反省の態度は微塵も見られない。また,被告靖國神社が合祀する戦没者の遺族が幾人も,自己の親族が靖國神社に合祀され「英霊」とされていることに怒りを覚え,合祀取消しを要求してきたが,被告靖國神社はこれに応じていない。
_____(イ) 本件参拝の宗教行為性

 靖國神社の本殿には,礼拝の対象である祭神が奉斎されている。靖國神社の祭神は,原告らの親族を含む戦没者の霊である。
 被告小泉は,上記2(2)アのとおり,本件参拝に際し,靖國神社本殿に昇殿し,戦没者の霊を祀った祭壇に黙祷した後,深く一礼を行ったが,宗教法人の宗教施設において,その祭神に拝礼することは,典型的な宗教行為であり,社会通念に照らしても,これが宗教行為に該当することは明らかである。

ある掲示板に次のような書き込みがあった。
「明治八年に神社祭式が制定されて、そこで作法の統一がされた。 そこで、二礼二拝のような形になったといえましょうか。
>
> 伊勢神道では、柏手は八回(八開手・やひらで)。 出雲大社では、四回とききました。
> ちなみに、教派神道の天理教は、四回でした。

 仰有るように明治に神社祭式が統一されて、現在広く言われている二拝(礼)二拍手一拝になりました。故金光慥爾師などが全国の神社を廻って指導普及に勤めました。(私などは最晩年の教え子でしょう)

 伊勢の八回(八開手・やひらで)は、良く聞くと四回の繰り返しのように感じます。出雲をはじめ天理教もそうですが四回は多いです。西宮神社も表のまつりは二拍手ですが、戎講では四拍手です。

 拍手を「柏手(かしわで)」と呼ばせるのは、むかし、行書などで書きまして混同したものでしょう。これは拍手です。」
掲示板書き込みからの引用、以上


_____(ウ) 内閣総理大臣としての本件参拝

______a 本件参拝の態様

  被告小泉は,本件参拝に際して,上記2(2)ア及びイのとおり,秘書官を同行させ,公用車を用いて靖國神社に向かい,「内閣総理大臣小泉純一郎」と記帳し,「献花内閣総理大臣小泉純一郎」との名札を付けて献花した。また,被告小泉は,本件参拝の際,私人や一般参拝者では通行できず,過去に天皇が通行した通路を通って本殿に入った。これらの参拝の態様からして,被告小泉が内閣総理大臣としての立場で本件参拝をしたというほかない。

______b 被告小泉の発言
_______(a) 本件参拝前 被告小泉は,本件参拝が純粋に私的なものであることを明確にしたことは一度もなく,かえって本件参拝の前には「首相になったら靖國神社の公式参拝を行う」(平成13年4月16日の日本遺族会及び軍人恩給連盟の幹部に対する発言),「首相に就任したら,8月15日の戦没者慰霊祭の日にいかなる批判があろうと必ず参拝する。」(平成13年4月18日の自民党総裁選挙討論会での発言),「靖國神社の公式参拝は日本人の原点だ。日本のために犠牲になった人のために参拝する。」(自民党総裁選挙中の公約),「戦争の犠牲者への敬意と感謝を捧げるために,靖國神社にも内閣総理大臣として参拝するつもりだ。」,「よそから言われてなぜ中止しなければならないのか分からない。首相には私生活はないともいえ,公式,非公式の議論は理解できない。」(平成13年5月14日の衆議院予算委員会での答弁)等の発言を繰り返し,内閣総理大臣として参拝する姿勢を終始明確にしてきた。これらの発言から,国民の誰もが,被告小泉の靖國神社参拝は当然内閣総理大臣として行うものであると受け止めていた。

 なお,日本遺族会副会長は,被告小泉の上記公約を受けて,平成13年4月27日,「自民党総裁選挙では靖國神社参拝が争点となった。小泉さんが『絶対(公式参拝を)やる。遺族会にも伝えてほしい。』と電話をかけてきた。小泉さんなら勇気をもってやってくれる。」と発言していた。

また,福田康夫内閣官房長官は,本件参拝の直前に,靖國神社参拝の実施日を8月15日から同月13日に変更した理由等について,「総理として一旦行った発言を撤回することは,慙愧の念に堪えません。しかしながら,靖國参拝に対する私の持論は持論としても,現在の私は,幅広い国益を踏まえ,一身を投げ出して内閣総理大臣としての職責を果たし,諸課題の解決にあたらなければならない立場にあります。私は,状況が許せば,できるだけ早い機会に,中国(中華人民共和国のこと,以下「中国」という。)や韓国(大韓民国のこと,以下「韓国」という。)の要路の方々と膝を交えてアジア,太平洋の未来の平和と発展についての意見を交換するとともに,先に述べたような私の信念についてもお話ししたいと思います。」という内容の「首相談話」を読み上げた。
_______(b) 本件参拝後 被告小泉は,本件参拝の後には「公式かどうか。私はこだわりません。総理大臣である小泉純一郎が心をこめて参拝した。それだけです。」との発言をして公式参拝であることを否定しなかった。

 被告小泉は,平成15年1月23日の衆議院予算委員会において,「私は,確かに約束は致しました。しかし,私の最大の国民に対する約束は行財政改革ですから,そういう改革の中でこういうことを言ったのも事実であります。靖國神社に対しては,8月15日に行けなかったのは残念でありますが,それぞれ中国,韓国の立場も考えて,13日に参拝しました。(中略)私は,靖國神社は,総理大臣である小泉純一郎が参拝して悪いと思っていません。」と答弁し,首相に就任したら,内閣総理大臣として靖國神社に参拝することを公約した事実を明確にした。(c) 被告小泉は,本件訴訟では,「本件参拝は被告小泉の私人としての行為である」と主張しているが,本件訴訟以外の場所では,「本件参拝はプライバシーの問題だ。」とか,「私的なものだ。」と明言したことは一度もない。
______c 私的参拝とはいえないこと

  被告らは,本件参拝が内閣総理大臣小泉の資格で行われたものではないと主張するが,本件参拝が被告小泉の個人としての行為(私的参拝)であるならば,被告小泉は,自民党総裁選挙以来,靖國神社参拝をことさら強調し,これを公約とする必要も,首相就任後の国会で「首相として参拝する」と明言する必要もなかったはずである。被告小泉の個人としての行為であるならば,好きな日に自分でそっと行けば済むことであり,ことさら「8月15日の戦没者慰霊祭の日にいかなる批判があろうと必ず参拝する」と力説する必要もないし,参拝を予定していた8月15日を同月13日に変更するのも勝手であり,13日に変更した理由についてわざわざ内閣官房長官に「首相談話」を代読させて弁解する必要もないし,その変更について「総理として一旦行った発言を撤回することは,慙愧の念に堪えません。」などと大げさな感慨を国民に述べる必要もない。予定を2日早めたことについて,わざわざ「首相談話」を出して弁解したこと自体,本件参拝が内閣総理大臣の職務としてなされたことを雄弁に物語っている。 また,被告国,被告内閣総理大臣及び被告小泉は,下記イ(ウ)のとおり主張するが,「被告小泉が内閣総理大臣として参拝した」ことと「内閣総理大臣である小泉純一郎が参拝した」こととの区別の主張は,意味不明であり,官僚的な言葉遊びと評されるものにすぎない。d 小括 これらのことからすれば,本件参拝が内閣総理大臣として行われたものであることは明らかである。
_____(エ) 被告小泉の靖國神社への強いこだわり

______a 被告小泉は,自民党総裁選挙中から,内閣総理大臣就任後は終戦記念日に靖國神社へ参拝することを明言してこれに固執し,再考を促す自民党内部からの意見にも,野党の批判にも,韓国,中国からの中止要請にも耳を傾けようとしなかった。 また,被告小泉は,戦没者の追悼のための儀式として「終戦記念日に行われる政府主催の全国戦没者追悼式が不十分だと思ったことはない。」と発言し,現に本件参拝後,平成13年8月15日の全国戦没者追悼式に出席していたにもかかわらず,「戦没者にお参りすることが宗教的活動と言われればそれまでだが,靖國神社に参拝することが憲法違反だとは思わない。」,「宗教的活動であるからいいとか悪いとかいうことではない。A級戦犯が祀られているからいけない,ともならない。私は戦没者に心からの敬意と感謝をささげるために参拝する。」(平成13年5月14日の衆議院予算委員会での答弁),「戦没者慰霊の中心施設は,靖國神社だという人が多い。」(平成13年6月20日の党首討論での発言)と発言し,靖國神社参拝に強くこだわった。
______b 被告小泉は,上記2(3)のとおり,平成14年4月21日の春季例大祭の初日に靖國神社に参拝した際,午前8時30分ころに靖國神社に到着したが,「不意打ち参拝」であったため報道陣が間に合わず,マスコミの取材を受けるため,靖國神社で約1時間待って,午前9時40分ころに参拝した。この事実だけでも,春季例大祭の参拝が単なる私的参拝ではないことが明らかである。 被告小泉は,この参拝後,「私の参拝の目的は,明治維新以来のわが国の歴史において,心ならずも家族を残し,国のために命を捧げられた方々全体に対して,衷心から追悼を行うことであります。(中略)国のために尊い犠牲となった方々に対する追悼の対象として,長きにわたって多くの国民の間で中心的な施設となっている靖國神社に対して追悼の誠を捧げることは自然なことであると考えます。」との「所感」を発表し,改めて靖國神社が「戦没者慰霊の中心施設」であることを認めた。
______c 被告小泉は,上記2(4)のとおり,平成15年1月14日,首相就任後三度目となる靖國神社参拝を行った。 平成14年7月13日に靖國神社の附属施設である遊就館(日本で最初の戦争博物館)が新装開館した。この遊就館は,明治15年に「御祭神の奉慰と道徳を欣仰するため」に開館し,戦争観を中心に近代日本の歴史についての靖國神社のイデオロギーを最も鮮明に伝えている。したがって,被告小泉の三度目の参拝は,遊就館の発するイデオロギーを公的に認めたことになる。
______d このように,戦没者の追悼のための儀式としては政府主催の全国戦没者追悼式があるにもかかわらず,被告小泉が首相就任後三度も靖國神社に参拝したということは,被告小泉が靖國神社参拝に対する強いこだわりの意思を持っているということができる。

_____(オ) 本件参拝の影響

 死はいかなる意味でも賛美されてはならない。これは憲法が定める「個人の尊厳」の当然の帰結である。「国家のために」死ぬこと,まして「天皇のために」死ぬことを賛美するのは,憲法が定立する近代の「個」を自覚し,自立し,自律する市民に対する冒涜であり,まことに恥ずべきことである。

 被告小泉は,「戦没者に対する敬意と哀悼の念をささげる。」,「二度と戦争を起こしてはならないという気持ち」からと言って本件参拝の目的を説明したが,戦死を賛美してやまない靖國神社はその目的に最もふさわしくない場所である。

 本件参拝は,後述するとおり,憲法の定める政教分離原則に明らかに反し,かつ靖國神社に合祀されたA級戦犯に「敬意」を表したことに帰結する。それは,憲法の平和主義を単なる画餅におとしめ,かつ,アジア諸国民との善隣友好を現実に危うくする。実際,本件参拝は,中国,韓国をはじめ太平洋戦争で甚大な被害を受けたアジア諸国から多くの反発を招いた。

_____(カ) 憲法20条3項の宗教的活動にあたるか否か

______a 本件参拝は,上記(ウ)のとおり内閣総理大臣として行われたものであるから,憲法20条3項の「国及びその機関」の活動にあたるといえるし,上記(イ)のとおり宗教行為というほかなく,また,後述のとおり宗教とのかかわり合いが相当とされる限度を超えるものといえるので,同条項の「宗教的活動」に該当するといえる。

______b 憲法20条3項の宗教的活動とは,最高裁判所の判例(最高裁判所昭和52年7月13日大法廷判決・民集31巻4号533頁〈以下「津地鎮祭最高裁判決」という。〉等)によれば,国及びその機関の活動で宗教とのかかわり合いをもつ行為のうち,それぞれの国の社会的・文化的諸条件に照らし相当とされる限度を超えるものに限られ,当該行為の目的が宗教的意義をもち,その効果が宗教に対する援助,助長,促進又は圧迫,干渉等になるような行為をいうものとされている。 そして,愛媛県知事が靖國神社の例大祭,慰霊大祭に際し,毎年玉串料を支出していた事案において,最高裁判所は,「県が特定の宗教団体の挙行する同種の儀式に対して同様の支出をしたという事実がうかがわれないのであって,県が特定の宗教団体との間にのみ意識的に特別のかかわり合いを持ったことを否定することができない。これらのことからすれば,地方公共団体が特定の宗教団体に対してのみ本件のような形で特別のかかわり合いを持つことは,一般人に対して,県が当該特定の宗教団体を特別に支援しており,それらの宗教団体が他の宗教団体とは異なる特別のものであるとの印象を与え,特定の宗教への関心を呼び起こすものといわざるを得ない。」として,憲法20条3項,89条に違反すると判示した(最高裁判所平成9年4月2日大法廷判決・民集51巻4号1673頁,以下「愛媛玉串料最高裁判決」という。)。

 愛媛玉串料最高裁判決では,「戦没者の慰霊及び遺族の慰謝ということ自体は,本件のように特定の宗教との特別のかかわり合いを持つ形でなくてもこれを行うことができると考えられる。」と指摘されている。
______c 戦没者慰霊のための行事としては政府主催の全国戦没者追悼式が毎年実施されており,戦没者の慰霊及び遺族の慰謝ということ自体は,愛媛玉串料最高裁判決が指摘するように,特定の宗教との特別のかかわり合いを持つ形でなくてもこれを行うことができるのであって,あえて内閣総理大臣として靖國神社参拝をしなければならない理由はない。

______d 戦没者慰霊のための方法として全国戦没者追悼式が実施されているにもかかわらず,被告小泉は,上記(エ)のとおり,靖國神社参拝に強くこだわりこれを断行した。このような被告小泉の靖國神社参拝に対する強いこだわりの姿勢からして,本件参拝により被告国が靖國神社との間でのみ意識的に特別のかかわり合いを持ったものといわざるを得ない。

______e 被告小泉は,本件参拝後,記者会見に応じ,首相談話まで発表したことから,本件参拝は,一層国内外の耳目を集めた。 被告靖國神社も,自ら発行する「國」の一面で「ふだん意識的に國神社に対する報道を避けて来た嫌いのあるマスコミ各社が今回ばかりは一斉に取り上げ,首相参拝の是非論のみならず,國神社創建以来の歴史にまで遡って解説する特集記事や特別番組等が競って組まれた。こうした影響を受けてか國神社への国民の関心も日に日に高まり,当神社のインターネットホームページへのアクセス件数も六月が一万四千件,七月が四万八千件,八月には十九万三千件に急増した。」と報じている。

 このように,本件参拝は,一般人に対して,特定の神社である靖國神社への関心を呼び起こすのに絶大な効果をもたらしたのである。これが靖國神社の宗教への援助,助長,促進の作用を及ぼすものであることは明らかである。

 なお,玉串料の支出という現場に出向かない行為ですら,一般人に対して,県が当該特定の宗教団体を特別に支援しており,それらの宗教団体が他の宗教団体とは異なる特別のものであるとの印象を与え,特定の宗教への関心を呼び起こすものといわざるを得ないとされており(愛媛玉串料最高裁判決),これとの比較からすれば,被告小泉が被告国を代表して内閣総理大臣として靖國神社に参拝するという形で特別のかかわり合いを持つことは,なおさら,一般人に対して,被告国が被告靖國神社を特別に支援しており,被告靖國神社が他の宗教団体とは異なる特別のものであるとの印象を与え,靖國神社という特定の宗教への関心を呼び起こすものといわざるを得ない。
______f 以上のことからすれば,本件参拝は,愛媛玉串料最高裁判決が県の玉串料支出を宗教的活動と判断したことよりさらに明確に,その目的が宗教的意義をもち,その効果が宗教に対する援助,助長,促進又は圧迫,干渉等になると認めるべきであって,これによってもたらされる被告国と被告靖國神社とのかかわり合いが,わが国の社会的・文化的諸条件に照らし相当とされる限度を超えるものといえるので,憲法20条3項の宗教的活動にあたるというべきである。
_____イ 被告国,被告内閣総理大臣及び被告小泉の主張 
本件参拝は,次の理由から,内閣総理大臣の職務行為として行われたものではなく,被告小泉が,私人の立場で行ったものというべきである。
 したがって,本件参拝は,憲法20条3項所定の「国及びその機関」が宗教的活動を行った場合にあたらないから,憲法20条3項に違反することはない。

______(ア) 私的参拝を推認させる事情

 内閣総理大臣としての資格で行われたか否かの区別についての政府の統一見解は,前記2(5)記載のとおりであり,本件参拝は,閣議決定などによりこれを政府の行事として実施することが決定されたものではなく,また,献花代は被告小泉の私費により賄われており,玉串料等の経費が公費で支出された事実はない。さらに,被告小泉は,本件参拝において他の閣僚を伴わないで参拝している。
 これらのことからすれば,本件参拝は,被告小泉が私人の立場で行ったものというべきである。また,政府の見解としても本件参拝は私人の立場での参拝と理解されている。

______(イ) 被告小泉の発言について

 「総理大臣である小泉純一郎が心をこめて参拝した。」との被告小泉の発言については,「総理大臣である」という部分が「小泉純一郎」が内閣総理大臣の地位にあることを述べているにすぎないから,何ら内閣総理大臣としての資格で参拝したことを示すものとはいえない。被告小泉は,本件参拝以後,本件参拝に関して内閣総理大臣としての資格で参拝したことを示すような発言を一切していない。

______(ウ) 肩書について

 「内閣総理大臣小泉純一郎」という記帳や「献花内閣総理大臣小泉純一郎」との名札については,前記2(5)の政府見解のとおり,「内閣総理大臣」という部分が地位を示す肩書として付記されたものであって,その地位にある個人を表す場合に慣例としてしばしば用いられるものであるから,肩書を付したからといって私人の立場を離れたものと考えることはできない。

______(エ) 公用車の利用や秘書官の同伴について

  本件参拝に際して公用車が利用されたが,前記2(5)の政府見解のとおり,内閣総理大臣を含む閣僚の場合,警備の都合,緊急時の連絡の必要等から,私人としての行動の際にも必要に応じて公用車を使用しており,秘書官とともに靖國神社に赴いたことについても同様に緊急時の連絡の必要等があるからであり,公用車の利用や秘書官とともに赴いたことによって被告小泉の行動が私人としての立場を離れたものとなるわけではない。
___(2) 争点(2)
〔本件参拝が内閣総理大臣の「職務を行うについて」(国家賠償法1条1項)なされたものか否か(被告国に対する前記第1の1の請求関係)。〕について
ア 原告らの主張
 国家賠償法1条1項の「職務を行うについて」とは,客観的に職務執行の外形をそなえる行為をいうのであって,当該公務員が有した個人的な目的や私的な意図は関係がない。最高裁判所も,「公務員が主観的に権限行使の意思をもってする場合にかぎらず自己の利を図る意図をもってする場合でも,客観的に職務執行の外形をそなえる行為」は国家賠償法1条1項の「職務を行うについて」に該当すると判示している(最高裁判所昭和31年11月30日第二小法廷判決・民集10巻11号1502頁)。

 本件参拝は,上記(1)ア(ウ)と同様の理由から,客観的に内閣総理大臣の職務執行の外形をそなえていたものというべきであるから,内閣総理大臣の「職務を行うについて」(国家賠償法1条1項)なされたものといえる。

 なお,被告国,被告内閣総理大臣及び被告小泉は,上記(1)イのとおり主張するが,この主張を前提にしても,国家賠償法1条1項の「職務を行うについて」の判断がその行為の外形から客観的に判断すべきものとされている以上,いずれも「職務を行うについて」の該当性を否定することはできない。
イ 被告国の主張 
本件参拝は,内閣総理大臣の「職務を行うについて」(国家賠償法1条1項)なされたものではなく,被告小泉が私人の立場で行ったものである。その理由は上記(1)イと同様である。
___(3) 争点(3)
〔本件参拝が原告らの法的利益を侵害したといえるか否か(すべての請求に共通)。〕についてア 原告らの主張(ア) 原告らの属性について

___a 遺族原告ら

  原告1ないし44(「日本人遺族原告ら」という。)は,戦没者の遺族である。
  また,別紙在韓原告目録に記載の者(以下「在韓遺族原告ら」という。)は,在韓原告16を除き,すべて旧日本軍によって徴兵,徴用又は連行され,その結果,戦死,戦病死した当時の日本臣民の遺族である。在韓遺族原告らの親族(被徴用者)が日本によって徴兵,徴用又は連行されたことによる被害の内容は,別紙在韓原告の被害一覧表のとおりである。
  日本人遺族原告ら及び在韓遺族原告ら(これらをあわせて単に「遺族原告ら」ということがある。)は,それぞれの宗教ないし思想信条によって戦没者を追悼,祭祀している。

___b 遺族原告ら以外の原告ら 
原告45ないし520は,遺族ではないが,仏教又はキリスト教等を信仰する宗教者あるいは靖國神社の信仰と相容れない思想信条を有する者である。(イ) 被侵害利益についての内容

 戦没者が靖國神社に祀られているとの観念を受け入れるか否かを含め,戦没者をどのように追悼するか,あるいは祀るか,祀らないか,またその具体的な死をどう評価するかということは,死者一般に対する肉親の思いと同様あるいはそれ以上に,生き残った者の世界観,信条,人生観,宗教等,人格の根本に触れるデリケートな問題である。

 私人間においてすら,この問題に関して自己の考えや行いを正統として他人に押しつけることは,その他人の自由を侵害する不法行為にあたるので許されない。まして,公権力がこの問題に関する一定の考え方,態度,行動が正統であると吹聴宣伝し,かつ,その吹聴宣伝するところに従って行動し,その絶対な影響力をもって国民の考え方,態度,行動に圧迫・干渉を加え,もって実質的に「正統」を押しつけることが許されるはずがない。
 
すなわち,原告らが,本件参拝により侵害されたと主張する法律上保護された権利ないし利益は,「戦没者が靖國神社に祀られているとの観念を受け入れるか否かを含め,戦没者をどのように回顧し祭祀するか,しないかに関して(公権力からの圧迫,干渉を受けずに)自ら決定し,行う権利ないし利益」である。

__(ウ) 上記(イ)の被侵害利益が法律上保護されるべき根拠

___a 人格的自律権,自己決定権(憲法13条)
 憲法13条は,個人の尊厳を規定した上で,その個人の幸福追求権を保障している。この幸福追求権は,「個人の人格的生存に不可欠な利益を内容とする権利」の総体である。それは,憲法各条が列記する個別的基本権を包括する基本権である。憲法13条と個別的基本権を保障する各条とは一般法と特別法の関係に立っており,個別的基本権によってカバーされていない場合に限って憲法13条が適用される。

 「個人の人格的生存に不可欠な利益を内容とする権利」のうちでも,その対象法益が身体の自由,精神活動の自由,経済活動の自由,適正な手続的処遇を受ける権利,参政権的権利等については,憲法各条の規定によってほぼカバーされている。それゆえ,憲法13条が独自に適用される領域は,上記以外の「個人の人格的生存に不可欠な利益を内容とする権利」,具体的には人格的価値そのものにまつわる権利(名誉とプライバシー)及び人格的自律権(自己決定権)である。

 このうち人格的自律権(自己決定権)とは,個人が「一定の重要な私的事柄について,他から干渉されることなく,自ら決定することができる権利」である。幸福追求権は,「個人の人格的生存に不可欠な利益を内容とする権利」の総体であるから,ここでいう「重要な私的事柄」というのも「個人の人格的生存に不可欠な重要事項」の趣旨である。

 「戦没者が靖國神社に祀られているとの観念を受け入れるか否かを含め,戦没者をどのように回顧し祭祀するか,しないかに関して(公権力からの圧迫,干渉を受けずに)自ら決定し,行う」ことが「個人の人格的生存に不可欠な重要事項」であることは議論の余地がない。したがって,これについて「他から,とりわけ公権力から干渉されることなく自ら決定することができる権利」は,憲法13条によって人格的自律権(自己決定権)として個人に保障された権利である。b 思想及び良心の自由,信教の自由(憲法19条,20条1項前段) 憲法は,19条において思想及び良心の自由を,20条1項前段において信教の自由を保障している。これらの権利は,幸福追求権の内実である人格的利益のうち,精神活動の自由を対象法益とするものである。

 思想及び良心の自由,信教の自由の規定は,個人が公権力の侵害,干渉を受けることなく,その思想及び良心ないし信仰を選択し,保持し,変更することの自由を保障するものである。公権力が特定の思想ないし信仰を理由に不利益を課したり,特定の思想ないし信仰を強制したりすることが許されないことはいうまでもない。公権力が特定の思想ないし信仰を勧奨することも,事実上強制的な働きをする場合が多いので,思想及び良心の自由ないし信教の自由の保障に反する。

 「戦没者が靖國神社に祀られているとの観念を受け入れるか否かを含め,戦没者をどのように回顧し祭祀するか,しないかに関して(公権力からの圧迫,干渉を受けずに)自ら決定し,行う」ことは,まさに,ものの見方,考え方,信仰内容に関わる作用である。したがって,これについて「他から,とりわけ公権力から干渉されることなく,自ら決定することができる権利」は,憲法19条,20条1項前段によって思想及び良心の自由,信教の自由として個人に保障された権利である。
____c 宗教教育その他の宗教活動からの自由(憲法20条3項)
_____(a) 政教分離原則について 
憲法20条3項は,「国及びその機関は,宗教教育その他いかなる宗教活動もしてはならない。」と規定している。同規定は,政教分離の原則を定めたものであるが,この政教分離については,これを制度的保障とする説と人権規定とする説がある。しかし,制度的保障か人権規定かを峻別することに解釈上どれだけの実践的意味があるかは甚だ疑問である。むしろ,政教分離原則は,制度的保障であるとともに人権規定でもあると解するのが相当である。

 信教の自由は,思想及び良心の自由と共通の性格を持つが,信教の自由には,思想及び良心の自由にはない独自の内容が含まれる。それが政教分離原則である。すなわち,信教の自由と政教分離を一つの総体として捉え,日本国憲法における信教の自由に関する各条項は,狭義の信教の自由(信仰の自由)と広義の信教の自由(政教分離)を内容とするものであり,両者は保障の角度を異にするだけであって,両者とも信教の自由を間接的にではなく,直接に保障するものと解される。狭義の信仰の自由は,強制,抑圧,禁止による侵害からの保障の役割を持ち,広義の信教の自由(政教分離)は,国家的関与(宗教的活動の主体となること,宗教的活動・行為への参加・賛助,宗教団体に対する特権・援助の賦与)による侵害からの保障の役割を果たすのである。
_____(b) 憲法20条3項の人権規定としての内容 
憲法20条3項は,国民に対する国及びその機関の宗教教育その他の宗教活動を具体的に禁止しているのであり,そうである以上,国民には宗教教育その他の宗教活動からの自由が保障されているものと考えるべきである。

ここで,「その他の宗教活動」とは,宗教教育に等しいような宗教の普及宣伝,布教等個人の内心に対する積極的な働きかけを伴う一切の活動をいう。

 ところで,被告小泉をはじめ被告国の関係者は,「戦没者慰霊の中心的施設は靖國神社だ。」という被告靖國神社の中核的教義を繰り返し口にし,これを理由に反復して参拝することによって,被告小泉,被告内閣総理大臣及び被告国による被告靖國神社の中核的教義ひいては靖國神社そのものに対する支持を明白にし,同教義ひいては靖國神社を広く国民に受け入れさせようとしてきた。

 このように,本件参拝という宗教活動は,「戦没者慰霊の中心的施設は靖國神社だ。」という被告靖國神社の中核的教義ないし靖國神社そのものの国家的布教宣伝活動を行ったことに他ならない。憲法20条3項は,まさにこのような国及びその機関の布教宣伝活動を禁止し,その楯の反面として,国民のこのような布教宣伝活動からの自由を保障したものである。

 そうであるとすれば,国及びその機関から布教宣伝を受けず,「戦没者が靖國神社に祀られているとの観念を受け入れるか否かを含め,戦没者をどのように回顧し祭祀するか,しないかに関して(公権力からの圧迫,干渉を受けずに)自ら決定し,行う」ことは,憲法20条3項によって保障された権利である。
____d 信教の自由の現代的展開
_____(a) 宗教の私事性

  憲法の定める政教分離原則は,国家の宗教的中立性と世俗性という要素からなっており,宗教の私事性が要請される。また,憲法は,個人の尊厳を基調とし,信教の自由に手厚い保護を与えているから,そこでは宗教が私事として尊重されていると解される。 宗教が多元化し,ますます私的事項,個人的事項のものとなりつつあることから,宗教の私事性についてはより重視されてしかるべきである。

 宗教の私事性の重視は,プライバシーの権利と親和性を持つ。プライバシーの権利は,単に知られたくない権利から,私生活の自由あるいはライフスタイルの自由,さらにはどのように生きるかという自己決定権へとその内容を広げてきた。宗教の私事性の重視は,プライバシーの権利と親和性を持つことから,プライバシーの権利と密接な関係を持ちつつ,下記(b)で述べるとおり,信教の自由の概念もその内容を広げてきた。
_____(b) 信教の自由の概念の拡大傾向

  最高裁判所は,殉職自衛官を県護国神社に合祀したことが遺族の宗教上の人格権を侵害するとして国等に損害賠償を求めた事案において,事実関係を私人間の関係と認定した上で,私人間では相互の宗教上の感情について寛容であることが要請されており,したがって,宗教上の感情は法的救済を求めることのできる法的利益とは認められないと判示した(最高裁判所昭和63年6月1日大法廷判決・民集42巻5号277頁,以下「自衛官合祀最高裁判決」という。)。

  ところが,この判決以降,プライバシー権の理論の発展を受けて,判決例は「宗教的感情の保護」に向けて進み出している。すなわち,遺族感情の保護の観点から,遺骨の無断合葬処分を不法行為と認定した判決(横浜地方裁判所平成7年4月3日判決・いわゆる骨壺事件)や告別式の静謐を侵害する行為が不法行為にあたる可能性があると判断した判決(大阪地方裁判所平成元年12月27日・いわゆるエイズ・プライバシー事件)が出された。これらは,私人間の問題であったが,遺族の感情が法的利益とされた。 また,最高裁判所においては,「エホバの証人」の信者がその教義を守って剣道実技を拒否し,あるいは輸血を拒否するのに,公権力が協力を図らなければならないとの趣旨の判決が出された(最高裁判所平成8年3月8日第二小法廷判決・民集50巻3号469頁・いわゆる神戸高専事件,最高裁判所平成12年2月29日第三小法廷判決・民集54巻2号582頁・いわゆる東大医科研附属病院輸血事件)。これらは,いずれも狭義の信教の自由の枠を超える事例として注目に値する。すなわち,いずれの事件も公権力が「エホバの証人」の信仰をやめるように強制したわけではない。しかし,剣道実技を拒否した信者を退学処分としたり,輸血についての事前の説明を十分にしなかったという行為が,事実上,信者の自分の宗教に根ざした生き方に圧力を加える行為と評価されたのである。つまり,最高裁判所が,信教の自由の伝統的なレベルを超えて,その拡充拡大の方向へ一定の理解を示した事例といえるのである。
_____(c) 公権力から保護されるべき感情の判断基準

  宗教の私事性が深化する中で,「宗教」の定義自体が多様化し,宗教的プライバシー権の尊重という観点からすれば,宗教に準ずべき確固たる信念も公権力から守られるべきものと解釈することが可能である。 そして,宗教者であれば,宗教的教義の中に位置づけられており,かつ,その教義に従って信仰生活を現に送っている場合には,その信仰による感情も法的に保護されるべきである。また,非宗教者であれば,「その人の生き方に関わる魂の問題」,「状況に応じて変わるような相対的なものではなく,絶対的な究極的な価値にかかわるという場合」であれば,その感情も尊重に値するものとして,法的に保護すべきである。
___(エ) 遺族原告らに対する侵害

____a 遺族原告らにとっては,その親族が日本の戦争により命を奪われた一方で,生きながらえた自分がいるという重い事実が自己の存在の基底をなしており,それらが個人としての生き方に大きくかかわってきた。 この不条理な事実を咀嚼し,生き続ける意思を汲み上げるために,遺族原告らに対して,「戦没者が靖國神社に祀られているとの観念を受け入れるか否かを含め,戦没者をどのように回顧し祭祀するか,しないかに関して(公権力からの圧迫,干渉を受けずに)自ら決定し,行う権利ないし利益」が保障されなければならない。
____b 在韓遺族原告らについて 
在韓遺族原告らの親族は,植民地宗主国であった日本の戦争に駆り出され,日本のために命を落とすことを余儀なくされた被害者であり,決して日本の天皇のために忠誠を誓って志願したのではない。在韓遺族原告らは,「日本の国家のために戦死した者」を祀ることを趣旨として存続している靖國神社において,肉親戦没者が加害者である戦犯と同列に英霊として合祀されていることに対し,筆舌に尽くし難い精神的苦痛を感じている。

 本件参拝は,被告小泉の前後の発言と相まって,在韓遺族原告らの肉親戦没者を思う心の中に土足で踏み込み,在韓遺族原告らの親族をこともあろうに加害者である「日本の国を守った英霊」として意味付けたことに他ならない。この行為は,肉親戦没者を加害者である「日本の国を守った英霊」とは考えていない在韓遺族原告らの信仰や思想の中核に挑戦し,これを捨てるよう強制するものといえる。よって,在韓遺族原告らは,本件参拝により,「戦没者が靖國神社に祀られているとの観念を受け入れるか否かを含め,戦没者をどのように回顧し祭祀するか,しないかに関して,自ら決定し,行う権利ないし利益」を侵害されたといえる。
____c 日本人遺族原告らについて 
戦没した当時,日本人兵士は,大日本帝国憲法下での被告国の誤った政策の「犠牲者」であったと同時に,戦場となったアジア諸国の民衆にとっては,その生活を破壊し,数千万人もの命を奪った「加害者」であった。日本人遺族原告らは,長年の思索を経て,そのような信仰内容,思想信条を抱くに至っている。

 その意味で,日本人遺族原告らは,戦没者の死を今も痛恨の思いで深く悼み続けているが,決して被告国自身から,あるいはその代表者である内閣総理大臣から,敬意や感謝を捧げられるべきものとは考えていない。

 しかるに,本件参拝は,被告小泉の前後の発言と相まって,日本人遺族原告らの肉親戦没者を思う心の中に土足で踏み込み,日本人原告らの親族を敬意や感謝を捧げられるべき「英霊」として意味付けたことに他ならない。この行為は,肉親戦没者を敬意や感謝を捧げられるべき「英霊」とは考えていない日本人遺族原告らの信仰や思想の中核に挑戦し,これを捨てるよう強制するものといえる。

 したがって,日本人遺族原告らは,本件参拝によって,「戦没者が靖國神社に祀られているとの観念を受け入れるか否かを含め,戦没者をどのように回顧し祭祀するか,しないかに関して,自ら決定し,行う権利ないし利益」を侵害されたといえる。(オ) 遺族原告ら以外の原告らに対する侵害

 遺族ではない原告らに対しても,「戦没者が靖國神社に祀られているとの観念を受け入れるか否かを含め,戦没者をどのように回顧し祭祀するか,しないかに関して(公権力からの圧迫,干渉を受けずに)自ら決定し,行う権利ないし利益」が保障されなければならない。

 遺族原告ら以外の原告らは,国家の命令は決して「殺すな」という普遍的道徳律を解除するものとは考えていないし,国家に命令されれば,「殺す」ことも許され,英雄的行為となるというような考え方はできない。

 しかるに,被告小泉が戦没者に対して敬意を表するのは当然と言い切って本件参拝を断行したことにより,戦没者を英霊として慰霊・顕彰する被告靖國神社の特殊な信仰,思想を援助,助長,促進した。この行為は,戦没者を敬意や感謝を捧げられるべき「英霊」とは考えていない遺族原告ら以外の原告らの信仰や思想の核心に挑戦し,これを捨てるように強制するものといえる。

よって,遺族原告ら以外の原告らは,本件参拝により,「戦没者が靖國神社に祀られているとの観念を受け入れるか否かを含め,戦没者をどのように回顧し祭祀するか,しないかに関して,自ら決定し,行う権利ないし利益」を侵害されたといえる。(カ) 本件参拝が原告らに向けられた行為か否か

 本件参拝は,一見,原告らに対して直接向けられていないようにも見える。しかし,実態として,内閣総理大臣が靖國神社を参拝すれば,それがニュースとなってテレビ,ラジオ,新聞等を騒がせるのであって,この影響力の強さを「直接の関係がない」と言って済ますことはできない。この実態に関しては,内閣総理大臣が靖國神社を参拝することは,被告靖國神社という一宗教法人及びそこに祭られた祭神に対して,国家が肯定的意味付けをしてこれをマスコミ等を通じて原告らに向けたと理解すべきである。

___(キ) 本件参拝と「強制」について

 原告らは,本件参拝により,自己の信仰や思想の中核を捨てるように強制されたものであるが,ここでいう「強制」の具体的内容については,次のとおり考えるべきである。
 信教の自由や思想及び良心の自由といった精神的自由権が侵害されたというためには,そこに何らかの「強制」の要素が必要であるとするのが通説とされている。しかし,江戸幕府の「宗門改め」や「踏み絵」,戦前及び戦中の拷問や虐殺,治安維持法の成立以降の苛烈な思想・宗教弾圧,転向強制など,権力による明らかな強制,物理的強制は,日本国憲法下においては姿を消したといってよい。したがって,信教の自由に対する侵害を物理的強制があった場合に限るならば,憲法20条1項前段の「信教の自由は,何人に対してもこれを保障する。」との規定はほとんどその機能を果たさなくなるだろう。ここに「強制」の今日的意義を検討する必要がある。

 そこで,本件参拝をはじめとする政治権力の支えによって,靖國神社は他の神社とは別格の神社であるとして,靖國神社の宗旨を批判することを差し控え自粛する「世間全般の雰囲気」が粛々と作られているという現実に注目する必要がある。横並び意識の中で自分だけは突出していると見られたくないという「世間全般の雰囲気」は,ときに「自粛」を作り出すことがある。「世間全般の雰囲気」の中での「自粛」は,あからさまな強制ではないが,「自粛」という仮面をかぶった強制に他ならない。

 そして,原告らは,本件参拝をはじめとする政治権力の支えによって作られた「世間全般の雰囲気」によって,靖國神社の宗旨を批判することを差し控え自粛せざるを得ない状態にあったので,ここに原告らの信仰や思想に対する「強制」の要素を見てとることができる。
____イ 被告らの主張
____(ア) 法的権利とはいえないこと

  原告らが主張する「戦没者が靖國神社に祀られているとの観念を受け入れるか否かを含め,戦没者をどのように回顧し祭祀するか,しないかに関して(公権力からの圧迫,干渉を受けずに)自ら決定し,行う権利ないし利益」なるものは,要するに,戦没者を回顧するという内心の自由と,戦没者を祭祀する又はしないという宗教行為の自由を,戦没者を念頭において従前よりやや具体的に述べたにすぎず,結局のところ,原告らが従前主張していた「各自が,肉親の死について,それぞれの宗教的立場(あるいは非宗教的立場)でこれを意味付け,他人から干渉・介入を受けずに,静謐な宗教的(あるいは非宗教的)環境のもとで,戦没者への思いを巡らせる自由」(宗教的人格権)などといったものを言い換えたものにすぎない。

 原告らの主張する上記被侵害利益そのものをみても,上記のような定義付けからは,保障される権利ないし利益の内容が不明確であり,いかなる行為により,どのような状態に至った場合に,その権利ないし利益が侵害されたことになるのかも不明である。
 国の特定の行為により,原告らの主張する上記利益が侵害されたと考えるか否かは,個人の経験,価値観や世界観,あるいは戦没者に対する思い入れや靖國神社に対する認識等によって大きく異なり,個人差が極めて大きいものと考えられ,法律によって一律に保護すべき場合を確定し得ない。

 また,原告らは,本件参拝について,その経験,生活環境,靖國神社の合祀や本件参拝の捉え方等によって,各人各様の受け止め方をしているのであって,これを「戦没者が靖國神社に祀られているとの観念を受け入れるか否かを含め,戦没者をどのように回顧し祭祀するか,しないかに関して(公権力からの圧迫,干渉を受けずに)自ら決定し,行う権利ないし利益」という共通の客観的な枠組みに押し込もうとしてはいるものの,結局のところ,本件参拝を当該個人がどのように捉えたかという個人の主観的感情を個々に述べるに止まっている。

 したがって,原告らが主張する被侵害利益は,法律による保護にはなじまない,端的にいえば個人の主観的感情にすぎないというべきであり,法律上保護された権利ないし利益とはいえない。

 自衛官合祀最高裁判決も,「人が自己の信仰生活の静謐を他者の宗教上の行為によって害されたとし,そのことに不快の感情を持ち,そのようなことがないよう望むことのあるのは,その心情として当然であるとしても,かかる宗教上の感情を被侵害利益として,直ちに損害賠償を請求し,又は差止めを請求するなどの法的救済を求めることができるとするならば,かえって相手方の信教の自由を妨げる結果となるに至ることは,見易いところである。信教の自由の保障は,何人も自己の信仰と相容れない信仰をもつ者の信仰に基づく行為に対して,それが強制や不利益の付与を伴うことにより自己の信教の自由を妨害するものでない限り寛容であることを要請しているものというべきである。このことは死去した配偶者の追慕,慰霊等に関する場合においても同様である。何人かをその信仰の対象とし,あるいは自己の信仰する宗教により何人かを追慕し,その魂の安らぎを求めるなどの宗教的行為をする自由は,誰にでも保障されているからである。原審が宗教上の人格権であるとする静謐な宗教的環境の下で信仰生活を送るべき利益なるものは,これを直ちに法的利益として認めることができない性質のものである。」と判示して,いわゆる宗教的人格権が法的利益であることを否定している(同旨の裁判例として大阪高等裁判所平成5年3月15日判決,大阪高等裁判所平成4年7月30日判決,福岡高等裁判所平成4年2月28日判決〈以下,それぞれ「大阪高裁平成5年判決」,「大阪高裁平成4年判決」,「福岡高裁平成4年判決」という。〉がある。)。
____イ) 原告らが主張する憲法上の根拠について

______a 憲法13条について 
原告らが主張する被侵害利益は,「宗教的人格権」を言い換えたものにすぎないところ,大阪高裁平成5年判決では,「信教の自由に対する侵害が認められない場合におけるかかる意味での宗教的人格権等は,実定法上の根拠を欠くものであり,本件公式参拝によって控訴人らに生じた不快感,憤りないし危惧の念は,単に主観的な感情にすぎないものであって,国賠法1条の保護の対象となる権利または法的利益に対する侵害と認めることはできないというべきである。」と判示して,「宗教的人格権」が憲法13条によって基礎付けられるとした同事件控訴人らの主張を退けている(同旨の裁判例として,福岡高裁平成4年判決,大阪高裁平成4年判決等がある。)。

 したがって,原告らが主張する上記被侵害利益を憲法13条から導くことはできないというべきである。
______b 憲法19条,20条1項について 
信教の自由の保障は,国家から公権力によってその自由を制限されることなく,また不利益を課せられないとの意味を有するものであり,国家によって信教の自由が侵害されたというためには,少なくとも国家による信教を理由とする不利益な取扱い又は強制・制止の存在することが必要と解されている。

 本件参拝は,原告らの信教ないし思想・信条を理由として,原告らを不利益に取り扱ったり,原告らに特定の宗教を信仰することないし特定の思想・良心を持つことを強制したり,あるいは原告らの信仰する宗教を妨げたり,思想・良心を持つことを妨げたりするものではないから,原告らの信教の自由ないし思想・信条の自由を侵害するものでないことは明らかである。

 この点,原告らは,戦没者をどのように回顧し祭祀するか,しないかを自ら決定し,行うことに対して,公権力からの「圧迫」や「干渉」を受けないことの自由が保障されるべきであると主張するが,強制の要素がなくても「圧迫」や「干渉」のレベルで保護されるとする根拠が明らかでないし,また,「圧迫」や「干渉」に該当する場合がいかなる場合かその具体的内容は不明である。

 したがって,原告らが主張する上記被侵害利益を憲法19条,20条1項から導くことはできないというべきである。
______c 憲法20条3項について 
憲法の政教分離規定は,制度的保障であり,人権規定ではないから,憲法20条3項が原告らの主張する被侵害利益の根拠とならないことは明らかである。

 すなわち,津地鎮祭最高裁判決は,「元来,政教分離規定は,いわゆる制度的保障の規定であって,信教の自由そのものを直接保障するものではなく,国家と宗教との分離を制度として保障することにより,間接的に信教の自由を保障しようとするものである。」との立場をとっている(同旨の判例として,自衛官合祀最高裁判決,愛媛玉串料最高裁判決等がある。)。

 したがって,原告らが主張する上記被侵利益を憲法20条3項から導くことはできないというべきである。
_____(ウ) 本件参拝により原告らの権利が侵害されたか否か

______a 信教の自由の保障は,国家から公権力によってその自由を制限されることなく,また,不利益を課せられないとの意味を有するものであり,国家によって信教の自由が侵害されたというためには,少なくとも国家による信教を理由とする不利益な取扱い又は強制・制止の存在することが必要と解されている。

  自衛官合祀最高裁判決は,「信教の自由の保障は,何人も自己の信仰と相容れない信仰をもつ者の信仰に基づく行為に対して,それが強制や不利益の付与を伴うことにより自己の信教の自由を妨害するものではない限り寛容であることを要請しているものというべきである。」とした上,「被上告人が県護国神社の宗教行事への参加を強制されたことのないことは,原審の確定するところであり,またその不参加により不利益を受けた事実,そのキリスト教信仰及びその信仰に基づき孝文を記念し追悼することに対し,禁止又は制限はもちろんのこと,圧迫又は干渉が加えられた事実については,被上告人において何ら主張するところがない。(中略)してみれば,被上告人の法的利益は何ら侵害されていないというべきである。」旨判示した。 大阪高裁平成5年判決も,「信教の自由に対する侵害があったといえるためには,私人に対して,直接,右信教の自由に対する強制的干渉が行われたことを必要とするものと解される。」と判示し,「(当時の)中曽根首相の行った本件公式参拝は,靖國神社に対する信仰を否定する控訴人らにとって不快感,憤りないし危惧の念を生ぜしめるものであったことは前記認定のとおりであるが,これらは,本件公式参拝の間接的・反射的効果であって,これをもって,本件公式参拝が控訴人らに対し,直接,その宗教的信条に強制的干渉を行い,控訴人らの信教の自由を侵害するものとはいえない。」とした(同旨の裁判例として,福岡高裁平成4年判決,大阪高裁平成4年判決等がある。)。

 本件参拝は,原告らの信教ないし思想・信条を理由として,原告らを不利益に扱ったり,原告らに特定の宗教を信仰することないし特定の思想及び良心を持つことを強制したり,あるいは原告らの信仰する宗教を妨げたり,思想及び良心を持つことを妨げたりするものではないから,原告らの信教の自由ないし思想及び良心の自由を侵害するものではないことは明らかである。
______b 原告らは,戦没者をどのように回顧し祭祀するか,しないかを自ら決定し,行うことに対して,公権力から「圧迫」や「干渉」を受けないことの自由が保障されるべきであると主張するが,本件参拝によって,原告らがその信じる宗教で故人を祀ることが妨げられたわけではないから,「圧迫」や「干渉」すらも認められず,この点でも本件参拝によって原告らの権利ないし利益が侵害されたとは認められない。
___(4) 争点(4)〔原告らの被った損害(前記第1の1の請求関係)〕について
____ア 原告らの主張 
原告らは,上記(3)ア(エ)のとおり,本件参拝により,自らの信仰,思想の中核に挑戦され,これを捨てるように強制されたものであり,これによって,甚大な精神的苦痛を被った。この精神的苦痛をあえて金銭に評価するならば,原告一人につき1万円を下ることはない。イ 被告らの主張上記アの事実は否認する。
___(5) 争点(5)
〔被告小泉,被告国及び被告靖國神社の損害賠償責任の有無(前記第1の1の請求関係)〕について
____ア 原告らの主張
_____(ア) 被告小泉の責任について

 被告小泉は,故意により,本件参拝を行って原告らの上記(3)ア(イ)の権利ないし利益を侵害し,原告らに精神的苦痛を与えたのであるから,不法行為に基づき,原告らに対し,上記損害を賠償する義務を負う。

 被告小泉は,下記イ(イ)のとおり主張するが,公務員の個人責任を否定することには合理的な根拠を欠くというべきである。少なくとも,当該公務員の行為が公務として特段の保護を必要としないほどに違法性が明白で,行為者たる公務員が当該行為の違法性を当初から認識している場合(故意がある場合)には,当該公務員は,当該行為についての個人責任を負うものと解すべきである。

 本件では,過去の靖國神社に関連する訴訟における判決等によって公人による靖國神社への参拝が違憲,違法であることは明白となっており,本件参拝が公務として特段の保護を必要としないほどに違法性が明白であるといえるし,被告小泉は,本件参拝当時,この違法性を認識していたといえるので,本件参拝による個人責任を免れることができない。

_____(イ) 被告国の責任について

 本件参拝は,上記(2)アのとおり,被告国の公務員である被告小泉がその「職務を行うについて」したものであり,これにより原告らの上記(3)ア(イ)の権利ないし利益を侵害して原告らに精神的苦痛を与えたのであるから,被告国は,原告らに対して,国家賠償法1条1項に基づき,上記損害を賠償する義務を負う。

_____(ウ) 被告靖國神社の責任について

______a 本件参拝受入れの違憲性
_______(a) 憲法20条1項後段の被告靖國神社に対する適用 
政教分離は,国家と宗教の分離,国家の非宗教性を意味し,各人の信教の自由を十全に保障するために,その自由と不可分の関係において,国家と宗教の分離が憲法的に命じられている(憲法20条,89条)。そして,この政教分離の憲法規範性(命令)は,国家と宗教団体の双方に向けられている。

 すなわち,国家に対しては,宗教上の行為,祝典,儀式又は行事に参加することを国民に強制すること(憲法20条2項),宗教教育その他の宗教的活動を行うこと(同条3項),公金その他の公の財産を宗教上の組織,団体の使用,便宜,維持のために支出し,又はその利用に供すること(憲法89条)が禁止されている。

 他方,宗教団体に対しては,「いかなる宗教団体も,国から特権を受け,または政治上の権力を行使してはならない。」と規定している(憲法20条1項後段)。

 憲法の人権規定の多くは,一般に直接的には国家に対して向けられているが,中には国家だけでなく,直接私人を名宛人とする規定がある。また,憲法の人権規定は,個人の尊厳の基本原理を軸に自然権思想を背景として実定法化されたものであって,その価値は実定法秩序の最高の価値であり,公法,私法を包含した全法秩序の基本原則・基本理念をなすものである。したがって,憲法の人権規定は,私人による人権侵害に対しても何らかの形で適用されてしかるべきものである。

 憲法20条1項後段の規定の主語が「宗教団体」とされていること,同規定は神社神道が事実上国教化され,神権天皇制のもとで国民に神道崇拝を強制した国家神道体制との完全な訣別を企図して設けられたという歴史に照らしても,同規定が国家に対して宗教団体に特権を与えることを禁じるとともに,私人たる宗教団体に対しても特権の受入れを禁じる趣旨のものであることは明らかである。

 憲法の人権規定の私人に対する効力については,いわゆる間接適用説と直接適用説が唱えられているが,間接適用説であれ,直接適用説であれ,憲法秩序に反する私人の行為が違法と評価されることには変わりがない。
_______(b) 国からの「特権」 
憲法20条1項後段にいう,「特権」とは,一般の国民ないし団体と比較して,また他の宗教団体と比較して,特別又は優遇的なものとみなされる地位ないし利益を意味する。

 しかるに,被告靖國神社は,上記(1)ア(ア)cのとおり,その祭神の決定について敗戦後も被告国から特別の便宜供与を受けてきた。そのような経緯を背景に,被告靖國神社は,本件参拝に際して,被告小泉が靖國神社拝殿において「内閣総理大臣小泉純一郎」という記帳を行うのを積極的に受け入れ,被告小泉のために「かげ祓い」を行って昇殿参拝をさせ,被告小泉の求めに応じて公的資格である「内閣総理大臣小泉純一郎」という名札付きの一対の供花を調整して祭壇に備えさせるなど本件参拝を積極的に受け入れたものである。これにより,靖國神社は,世人から,「内閣総理大臣に参拝してもらえる神社」,「その教義が内閣総理大臣から賛同してもらえる特別の神社」との強い印象を持たれることになる。これこそ,他の宗教団体と比較して特別とみなされる地位ないし利益を享受すること,すなわち国から「特権」を受けることに他ならない。
_______(c) 小括
 よって,被告靖國神社が被告小泉による内閣総理大臣という公的資格による本件参拝を何ら拒否することなく受容した行為は,明らかに国から「特権」を受けたものであり,憲法20条1項後段に違反する。
______b 被告靖國神社の不法行為責任 
被告靖國神社が被告小泉による本件参拝を何ら拒否することなく受容した行為は,上記aのとおり,明らかに違憲であり,違法な行為である。

 よって,被告靖國神社は,故意をもってこのような違法な行為をし,もって原告らの上記(3)ア(イ)の権利ないし利益を侵害し,原告らに精神的苦痛を与えたのであるから,不法行為に基づき,原告らに対し,上記損害を賠償する義務を負う。
____イ 被告小泉の主張
_____(ア) 被告小泉は,一個の自然人として信教の自由を享受しうる地位を有しており,本件参拝も自然人たる被告小泉に対して認められた信教の自由の実現にほかならない。原告らの被告小泉に対する前記第2の1の損害賠償請求は,訴訟提起という圧力を被告小泉に対して与え,これにより間接的に被告小泉に対して信教の自由の実現としての靖國神社参拝を一切行わせないことを企図してのものである。よって,この請求の違法性の程度は極めて著しく,訴訟提起自体が不適法というべきである。

_____(イ) 原告らは,本件参拝が国家賠償法1条1項の「職務を行うについて」の要件に該当することを前提に被告国に対して損害賠償請求をしているが,公権力の行使にあたる公務員の職務行為については公務員個人は賠償責任を負わないものとされている(最高裁判所昭和53年10月20日第二小法廷判決・民集32巻7号1367頁)。

  したがって,被告小泉が本件参拝に関して賠償責任を負うことはない。
____ウ 被告国の主張 
原告らの上記ア(イ)の主張は否認ないし争う。エ 被告靖國神社の主張 原告らの主張ア(ウ)の主張は否認ないし争う。
 被告靖國神社は,参拝の趣旨にあった参拝をする者であれば被告小泉であろうとその他の者であろうと同じように参拝を受け入れており,被告小泉の参拝のみ積極的に受け入れたわけではない。

本件参拝が公式参拝であるか否かは,被告靖國神社としてはその参拝行為の外観上から区別することは困難であり,また,被告靖國神社が参拝者の参拝を受け入れる上記の立場からして被告小泉のこれらの参拝を区別して参拝を受け入れたり受け入れなかったりする立場にない。
___(6) 争点(6)〔原告1外4名の本件参拝の違憲確認請求に係る訴えが適法か否か(前記第1の2(1)の請求関係)。〕について
____ア 原告1外4名の主張
_____(ア) 訴訟要件等についての考え方

  従前の司法審査論は,実体法規の実体的基本権(自由権,社会権,参政権)適合性の審査論に偏ってきた。その結果,司法審査は,実定訴訟法の定める訴訟要件,訴訟類型をパスして初めて可能とされる。このような「訴訟法の留保」ともいうべき現象は克服されなければならない。

 そして,訴訟法の留保が克服され,実体的基本権が実効性を伴った法的権利であるためには,実体的基本権が侵害された者に対して,出訴適格(訴訟要件,訴訟類型)及び適切な判決形式を含めて裁判的救済が保障されなければならず,憲法が実体的基本権を実効的なものとして保障しているとすれば,個別的実体的基本権及び裁判を受ける権利の憲法解釈を通じて,出訴適格及び判決形式の在り方が得られる。

 本件において,原告1外4名は,憲法上保障された実体的基本権が侵害されたものであり,これが出訴要件等によって憲法判断が回避されてはならない。

 本件参拝は,上記(1)アのとおり違憲であり,これにより原告1外4名の実体的基本権が侵害されたものであることも上記(3)アのとおりである。

 そうであれば,損害賠償の前提のみならず,将来の違憲行為を繰り返さないために本件参拝が違憲であることが宣言されなければならず,したがって原告1外4名に違憲確認の利益があるというべきである。

____(イ) 確認の利益について

______a 総論

  確認の訴えは,現在の法律関係についての確認の場合には許されるが,過去の事実又は法律関係についての確認の場合には許されないといわれることがある。しかし,過去の事実又は法律関係についての確認が,原告の現在及び将来の法律的地位の不安を除去し,または,将来再び権利侵害が行われる可能性がある場合には,確認の利益のもつ侵害予防的機能に照らして,過去の事実又は法律関係についての確認の訴えも許されると解される。 また,現在の権利又は法律関係の個別的な確定が必ずしも紛争の抜本的解決をもたらさず,かえってそれらの権利又は法律関係の基礎にある過去の基本的な事実又は法律関係の適否等を確定することが,現に存する紛争又は将来予想される紛争の直接かつ抜本的な解決のため適切と認められる場合には,過去の事実又は法律関係についての確認の訴えも許されると解される。

 確認の利益を「現在のもの」に限定するのは一種のドグマにすぎないのであって,過去の事実の合法,違法の確認もそれが有用な場合には許されるのである。
______b 有用性 
本件参拝が違憲であるとの確認判決がなされれば,本件参拝の関係者である被告らに対し,本件参拝の違憲性を認識させて,将来において同様の参拝行為がなされることが予防できるので,原告1外4名の上記(3)ア(イ)の権利ないし利益を守るのに極めて有益である。
______c 必要性

  内閣総理大臣による靖國神社参拝は,これまでも根強い反対世論や本件同様の訴訟提起(しかも下級審においては違憲との判決もある。)にもかかわらず,敢行されてきた。 被告小泉は,自民党総裁選挙に立候補したときから,靖國神社参拝を公約し,内閣総理大臣に就任してからも「首相として参拝する」と公言し,本件参拝を敢行し,さらに本件参拝に対して厳しい批判が噴出していたのにこれを無視するかのように平成14年4月21日に靖國神社春季例大祭に参拝した上,平成15年1月14日にも靖國神社に参拝しており,靖國神社参拝を一年に一度行うことを表明して公務としての参拝の定着化を図ろうとしている。これに加え,被告小泉がいかなる批判や反対があってもこれを押し切って断行する強い意思を有していること,内閣総理大臣による公式参拝の実現が自民党の永年の宿願であること,被告靖國神社自身が内閣総理大臣による公式参拝をかねてより熱望していることなどを併せ考えれば,被告小泉は,今後も内閣総理大臣として靖國神社を参拝して政教分離原則を犯し,原告1外4名の上記(3)ア(イ)の権利ないし利益を侵害する蓋然性が極めて高い。
 
よって,本件参拝の違憲確認を求める必要性が高い。
______d 結論

  以上より,原告1外4名には,本件参拝の違憲確認を求める利益が存するというべきである。
____イ 被告小泉の主張 公権力の機関ではない被告小泉個人の行為について違憲判断をなす余地はなく,また被告小泉と原告1外4名との間には何らの権利義務関係はないので,被告小泉と原告1外4名との間において違憲確認を求める利益は存しない。
____ウ 被告国及び内閣総理大臣の主張
_____(ア) 確認の利益の欠如

______a 原告1外4名は,本件参拝が憲法20条3項の宗教的活動に該当し,政教分離原則に違反すると主張して,その違憲確認を求めるが,そもそも憲法20条3項の政教分離規定は,いわゆる制度的保障の規定であって,私人に対して信教の自由そのものを直接保障するものではない(津地鎮祭最高裁判決,自衛官合祀最高裁判決,愛媛玉串料最高裁判決)から,原告1外4名の違憲確認請求は,本件参拝が政教分離規定に違反することの確認を求めていることに尽きており,原告1外4名の法律的地位にかかわらない法律関係の確認を求めるものであるので,原告1外4名に確認の利益はない。
______b 本件参拝は,被告小泉が靖國神社に参拝したという単なる過去の事実行為にすぎず,しかも原告1外4名が本件参拝により自らの宗教的人格権が具体的に侵害されたと主張するのであれば,端的にその権利侵害の救済を求める請求をすれば足り,原告1外4名は実際に被告国に対し損害賠償請求をしているのであるから,本件参拝を対象としてその違憲確認を求めることが原告1外4名の主張する権利の救済手段として最も有効かつ適切であるとは認められない。

 また,原告1外4名は,国賠法1条1項に基づく損害賠償請求も行っているのであるから,本件参拝の違憲確認を求めることが最も有効かつ適切な救済手段であるとは認められず,その意味でも確認の利益がない。

_____(イ) 被告内閣総理大臣に対する請求について

 行政庁は行政訴訟では当事者能力を有するが,通常の民事訴訟では当事者能力を有しないから,国の機関である被告内閣総理大臣は,民事訴訟における当事者能力を有しない。
____エ 被告靖國神社の主張 
本件参拝が違憲であるか否かが直接原告1外4名と被告靖國神社との間で確認されるべき現在の権利関係又は法律関係になることはない。原告1外4名は,本件参拝が違憲であることを前提として前記第1の1のとおり損害賠償請求をし,さらに前記第1の2(2)及び(3)のとおり靖國神社参拝の差止請求をしているので,これに加えて本件参拝の違憲確認を求める利益はない。
___(7) 争点(7)
〔原告1外4名の被告内閣総理大臣に対する靖國神社参拝の差止請求に係る訴えは適法か否か,また,同請求に理由があるか否か(前記第1の2(2)の請求関係)。〕について
____ア 原告1外4名の主張
_____(ア) 被告小泉が内閣総理大臣という公的資格による本件参拝をした行為は,上記(1)アのとおり,憲法20条3項に違反するだけでなく,上記(3)アのとおり,原告1外4名が有する「戦没者が靖國神社に祀られているとの観念を受け入れるか否かを含め,戦没者をどのように回顧し祭祀するか,しないかに関して(公権力からの圧迫,干渉を受けずに)自ら決定し,行う権利ないし利益」を内容とする人格権を侵害した。

_____(イ) ところで,人格権は,物権と同様に絶対権であり,排他性を有する権利であって,その侵害に対しては妨害予防又は差止請求が可能である。人格権に基づく差止請求は,最高裁判所判決でも許容されているところである(最高裁判所昭和61年6月11日大法廷判決・民集40巻4号872頁・いわゆる北方ジャーナル事件)。

_____(ウ) そして,被告小泉が今後,内閣総理大臣として靖國神社を参拝すれば,本件参拝と同じように,原告1外4名が上記の人格権を害されることは明らかである。そして,本件における被侵害利益は,極めてデリケートな精神的内面的世界に関するものであるから,事後的に損害賠償を求めて争う途があるというだけでは回復し難い損害を被る恐れがある。
 
よって,原告1外4名は,上記の人格権に基づき,被告小泉が将来内閣総理大臣として靖國神社に参拝することによって回復し難い損害を被るのを防止するため,あらかじめ参拝の差止めを求める権利を有しているというべきである。

_____(エ) 被告小泉は,上記(6)ア(イ)cのとおり,本件参拝に関して,何ら反省の態度を示すどころか,その後も2回にわたって参拝を繰り返しており,その態度に照らせば,今後も内閣総理大臣として靖國神社を参拝して,原告1外4名の宗教的人格権を侵害する蓋然性が極めて高い。他方,被告靖國神社も内閣総理大臣による参拝を強く望んでいる。

  よって,原告1外4名には,被告内閣総理大臣に対する靖國神社参拝の差止を求める必要性が高い。イ 被告内閣総理大臣の主張 上記(6)ウ(イ)と同様の理由により,被告内閣総理大臣は,民事訴訟における当事者能力を有しない。
___(8) 争点(8)
〔原告1外4名の被告靖國神社に対する参拝受入れの差止請求に係る訴えは適法か否か,また,同請求に理由があるか否か(前記第1の2(3)の請求関係)。〕について
____ア 原告1外4名の主張
_____(ア) 被告靖國神社が被告小泉による内閣総理大臣という公的資格による本件参拝を何ら拒否することなく受容した行為は,上記(5)ア(ウ)aのとおり,国から「特権」を受けたものであり,憲法20条1項後段に違反するだけでなく,上記(3)アのとおり,原告1外4名が有する「戦没者が靖國神社に祀られているとの観念を受け入れるか否かを含め,戦没者をどのように回顧し祭祀するか,しないかに関して(公権力からの圧迫,干渉を受けずに)自ら決定し,行う権利ないし利益」を内容とする人格権を侵害した。

_____(イ) 人格権に基づく差止請求が可能であることについては,上記(7)ア(イ)と同じである。

_____(ウ) そして,被告靖國神社が今後,被告小泉の内閣総理大臣としての靖國神社参拝を受け入れれば,本件参拝の受入れと同じように原告1外4名が上記の人格権を害されることは明らかである。そして,本件における被侵害利益は,極めてデリケートな精神的内面的世界に関するものであるから,事後的に損害賠償を求めて争う途があるというだけでは回復し難い損害を被る恐れがある。

 よって,原告1外4名は,上記の人格権に基づき,被告靖國神社が将来内閣総理大臣の靖國神社参拝を受け入れることによって回復し難い損害を被るのを防止するため,あらかじめ参拝受入れの差止めを求める権利を有しているというべきである。

_____(エ) 被告小泉は,上記(6)ア(イ)cのとおり,今後も内閣総理大臣として靖國神社を参拝する蓋然性が高いし,被告靖國神社がこれを受け入れて原告1外4名の上記の人格権を侵害する蓋然性も高い。よって,原告1外4名には,被告靖國神社に対する参拝受入れの差止を求める必要性が高い。

_____(オ) なお,前記第1の2(3)の「内閣総理大臣として靖國神社に参拝」とは,「客観的に見て内閣総理大臣としての参拝と受け止められる仕方で参拝すること」を指すものであるから,差止の対象行為の特定に欠くところはない。イ 被告靖國神社の主張 原告1外4名は,「客観的に見て内閣総理大臣としての参拝と受け止められる仕方で参拝すること」の受入れを差止めの対象としていると主張するが,そのような参拝に該当するか否かの判断は,事後的には可能であるとしても,参拝行為時に,参拝行為の外観上から差止めの対象となる参拝とそれ以外の参拝との区別をすることは困難である。よって,被告靖國神社にとって,自ら差止対象行為の区別を行うことができないので,差止対象行為が不特定であるといわざるを得ない。

 また,被告内閣総理大臣に対する前記第1の2(2)の参拝差止請求によって原告1外4名の意図する目的は達成されるから,それに加えて被告靖國神社に対して前記第1の2(3)のような参拝受入差止めを求める必要性はない。

 よって,前記第1の2(3)の請求に係る訴えは,不適法であるといわざるを得ない。
第3 当裁判所の判断

__ 被告内閣総理大臣に対する各請求に係る訴えについて
___(1) 当事者能力について 
原告1外4名の被告内閣総理大臣に対する各請求(前記第1の2(1)及び(2)の請求)は,その形式及び原告1外4名の主張等から,いずれも私法上の権利義務に関する請求としてなされたものと解されるので,これらの請求に係る訴えは,民事訴訟というべきである。
 
ところで,民事訴訟において当事者能力を有するものは,自然人や法人など権利能力を有する者と権利能力なき社団等に限られており(民事訴訟法28条,29条),国の機関たる行政庁には,行政訴訟において当事者能力を認める規定(行政事件訴訟法11条1項,38条1項)があるものの,民事訴訟においては当事者能力を有しない。

 よって,国の一機関である被告内閣総理大臣には,上記各請求に係る訴訟における当事者能力が認められない。(2) 被告内閣総理大臣に対する各請求に係る訴えについての結論 したがって,原告1外4名の被告内閣総理大臣に対する各請求(前記第1の2(1)及び(2)の請求)に係る訴えは,不適法であるから,いずれも却下を免れない。 
__ 前記第1の1の請求(損害賠償請求)について
___(1) 原告らについて 
証拠(甲23ないし28,29の1,2,甲35,36の1ないし23,25ないし53〈枝番の枝番も含む。〉,甲40,41の1ないし5,甲42,43の1ないし3,原告1,原告5,原告35,原告305及び在韓原告64の各本人尋問)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。なお,後記アないしウに記載の原告ら以外の原告らが本件参拝により受けた影響については,これを認定するに足りる証拠がない。

____ア 原告1,3ないし5,8,11,13,14,21ないし24,26,31,35,36及び44は,戦没者の遺族であり,それぞれ浄土真宗,キリスト教,その他の宗教を信仰する者あるいは非宗教者であって,かねてから戦犯をも英霊として祀って称える靖國神社の教義に対し批判的な考えを持っており,若しくは靖國神社が戦死した自己の肉親を無断でA級戦犯と同じように合祀していることに対して強い憤りの念を抱いていた者であるところ,本件参拝により,国家が靖國神社という特定の宗教を勧奨し,自己の信仰や信条に干渉したものと受け止め,本件参拝に対して,怒り,憤り,不快又は不安等の感情を抱いた。

____イ 原告45,58,68,103,111ないし113,134,145,153,158,178,181,182,209,212,229,233,239,245,256,275,288,307,321,349,352,355,356,412,416,450,454,460,462,468,490,492,509及び514は,いずれも戦没者の遺族ではないが,それぞれ浄土真宗,キリスト教,その他の宗教を信仰する者あるいは非宗教者であって,かねてから靖國神社の教義又は首相の靖國神社参拝に対して批判的な考えを有していた者であるところ,本件参拝により,国家が靖國神社という特定の宗教を勧奨し,自己の信仰や信条に干渉したものと受け止め,本件参拝に対して,怒り,憤り,不快又は不安等の感情を抱いた。

____ウ 在韓原告61,64,65及び119は,いずれも戦没者の遺族であり,かねてから自己の肉親を戦死させた戦争を行った日本政府や戦犯をも英霊として祀って称える靖國神社に対して,強い憤りの念を抱いていた上,靖國神社が戦死した自己の肉親を無断でA級戦犯と同じように合祀していることに対しても強い憤りの念を抱いていた者であるところ,本件参拝により,国家が靖國神社という特定の宗教を勧奨し,自己の信仰や信条に干渉したものと受け止め,本件参拝に対して,怒り,憤り,不快又は不安等の感情を抱いた
___(2) 本件参拝が内閣総理大臣の資格で行われたか否か(争点(1)及び(2)関係)について
____ア 本件参拝等に関する事実経過

  証拠(甲1ないし5,6ないし9〈枝番も含む。〉,10ないし22,37の1ないし21,甲45,乙A1の1,2,乙A2ないし4,乙B11,13)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
_____(ア) 靖國神社参拝をめぐる政府見解などの流れ

______a 戦後,靖國神社が宗教法人となってからも,歴代の首相による靖國神社の参拝が行われていたが,三木武夫首相(当時)が昭和50年8月15日に靖國神社を参拝してからは,終戦記念日に首相が靖國神社に参拝することが政権によっては行われるようになった。

______b 安倍晋太郎内閣官房長官(当時)は,昭和53年10月,福田赳夫首相(当時)が靖國神社参拝に公用車を使用し,記帳に肩書を記したことについて,上記第2の2(5)記載のとおり,参議院内閣委員会において,政府統一見解として,「首相が私人の立場で神社に参拝することは自由である。閣僚の場合,警備上の都合等から私人としての行動の際にも公用車を使用している。記帳に肩書を付すことも慣例として用いられている。」旨答弁した。

______c 宮澤喜一内閣官房長官(当時)は,昭和55年11月,奥野誠亮法務大臣(当時)の公式参拝合憲発言を受けて,衆議院において,「総理大臣が国務大臣の資格で参拝することは憲法20条との関係で違憲の疑いを否定できない。」旨説明した。

______d 中曽根康弘首相(当時)は,昭和60年8月15日,靖國神社を参拝した。この参拝以降,中国や韓国が歴史の認識問題とからめて首相の靖國神社参拝を批判するようになった。

______e 藤波孝生内閣官房長官(当時)は,昭和60年8月9日,「閣僚の靖國神社参拝問題に関する懇談会報告書」においては,「国民や遺族の多くは総理大臣が公式参拝することを望んでいると認められる。公式参拝を実施する場合には,政教分離原則に抵触することがないと認められる適切な方式を考慮すべきだ。」と発表していたが,同月20日には,衆議院において,「戦没者に対する追悼を目的として本殿又は社頭で一礼する方式で参拝することは(憲法20条の)規定に違反する疑いはないとの判断に至った。」旨説明した。

______f 後藤田正晴内閣官房長官(当時)は,昭和61年8月,「靖國神社がいわゆるA級戦犯を合祀していること等もあって,昨年(中曽根康弘首相が)実施した公式参拝は近隣諸国の国民の間に批判を生み,過去の戦争への反省と平和友好への決意に対する誤解と不信さえ生まれるおそれがある。政府としては,首相の公式参拝は差し控える。」旨発言した。

______g それ以降は,橋本龍太郎首相(当時)が,平成8年7月に靖國神社を参拝したのを除いて,内閣総理大臣による靖國神社参拝は実施されない状況が続いていた。

 なお,被告小泉は,内閣総理大臣に就任する前は,ほぼ毎年,閣僚や国会議員として,終戦記念日に靖國神社に参拝してきた。

______h 小泉内閣は,平成13年5月,土井たか子衆議院議員提出の質問主意書に対し,「公式参拝は,制度化されたものではないので,その都度,判断すべきものと考える。」旨答弁した。

_____(イ) 本件参拝前の事実関係

______a 被告小泉は,自民党総裁選挙の告示から4日後の平成13年4月15日,日本遺族会会長及び副会長に対し,電話により,自分が総裁になったら,必ず8月15日に靖國神社を参拝する旨述べた。

______b 被告小泉は,同年4月18日の自民党総裁選挙の討論会において,「尊い命を犠牲に日本のために戦った戦没者たちに敬意と感謝の誠を捧げるのは政治家として当然。まして,首相に就任したら,8月15日の戦没者慰霊祭の日にいかなる批判があろうと必ず参拝する。」旨発言した。

______c 被告小泉は,同年5月9日,衆議院本会議において,戦没者に敬意と感謝の誠を捧げたい思いは変わりなく,個人として参拝するつもりである旨明言したが,その日の夕方,記者から「個人」としての参拝と「首相」としての参拝の違いを質問されたのに対して,「同じだ。総理として,個人として参拝する。内閣総理大臣の肩書は消せない。」などと答えた。 他方,福田康夫内閣官房長官は,同日,記者会見で,「参拝するときの状況がどうであるかを勘案した上で(公式参拝かどうかを)決めるということだから,これからの話だ。」,「(参拝する場合の公私の定義は)ない。(本人が)公式参拝といえば公式参拝だ。中曽根元首相も公式参拝と言ったからそうなった。」などと述べた。
______d 被告小泉は,同月14日,衆議院予算委員会において,「戦争の犠牲者への敬意と感謝を捧げるために,靖國神社にも内閣総理大臣として参拝するつもりだ。」,「よそから言われてなぜ中止しなければならないのか分からない。」「公式とか非公式とかマスコミはとりあげたがるが,私には分からない。」,「戦没者にお参りすることが宗教的活動と言われればそれまでだが,靖國神社に参拝することが憲法違反だとは思わない」,「宗教的活動であるからいいとか悪いとかいうことではない。A級戦犯が祀られているからいけない,ともならない。私は戦没者に心からの敬意と感謝を捧げるために参拝する。」旨答弁した。

______e 被告小泉は,同年6月20日,党首討論において,「国民の中にも,戦没者の慰霊の中心的施設は靖國神社だという方が多くいるというのも事実だ。そういう方々の心を無視するのはいかがなものか。」などと発言した。

______f 中国政府は,同年7月に訪中した与党幹部を通じて,A級戦犯を追悼するものではないことを明確にすると同時に,参拝時期を8月16日以降にずらすことなどを日本政府に非公式に求めた。

______g 被告小泉は,同年7月11日,党首討論において,「日本人の国民感情として,亡くなるとすべて仏様になる。A級戦犯は既に死刑という,現世で刑罰を受けている。」と発言した。

______h 被告小泉は,同月21日,ジェノバにおいて,記者団に対し,「『熟慮断行』という言葉もある。(中国,韓国などへの対応は)参拝してから,どういう改善方法があるか考える。」などと発言した。

______i 被告小泉は,同月30日,参議院議員通常選挙後の記者会見において,「与党三党の方々の意見を虚心坦懐にうかがって,熟慮して判断したいと思っている。戦争責任がどうかという問題以上に,尊い戦没者の犠牲のもとに今日があることを忘れてはならない。」などと発言した。

______j f明星大学教授らが代表発起人を努める「小泉首相の靖國神社参拝を支持する国民の会」は,同年8月8日,憲政記念館で集会を開催し,自民党,民主党,自由党の各党国会議員の有志が,被告小泉の靖國神社の参拝実現の重要性を参加者に訴えた。

______k 国会議員有志による「小泉総理の靖國神社参拝を実現させる超党派国会議員有志の会」は,同月9日,首相官邸で安倍晋三内閣官房副長官(当時)に対し,中国,韓国からの内政干渉などで首相の信条を曲げることは国民の純粋な期待に失望,傷を与えるとして,被告小泉が予定通り同月15日に靖國神社を参拝するよう申し入れた。

______l 被告小泉が8月15日に靖國神社を参拝すると度々発言していることに対しては,中国や韓国などが反発し,与党内でも公明党が被告小泉の靖國神社参拝に反対の姿勢を明確に示していたし,自民党幹部の中にも参拝に慎重な考えを示す者もいた。

______m 与党三党の幹事長は,同年8月10日,被告小泉に対し,近隣諸国に配慮し,慎重な対応をとるように求めた。

______n 被告小泉と交友の深い山崎拓自民党幹事長(当時)と加藤紘一衆議院議員は,同月11日,首相官邸を訪れ,被告小泉に対し,様々なケースで想定される本件参拝による利点と欠点を説明して,8月15日を避けて参拝するするよう進言した。
_____(ウ) 本件参拝直前の状況について

______a 被告小泉は,平成13年8月15日に靖國神社を参拝することを繰り返し発言していたが,中国や韓国などが反発し,与党内でも自重を求める声が広がったことから,同月13日午後1時過ぎころ,福田康夫内閣官房長官及び山崎拓自民党幹事長と協議し,その結果,日程を前倒しして同日中に本件参拝を実施することを決定した。

______b 福田康夫内閣官房長官は,本件参拝の直前の同月13日午後4時5分,下記のとおり,「首相談話」を読み上げた。            
  記
「わが国は,明後8月15日に,56回目の終戦記念日を迎えます。21世紀の初頭にあって先の大戦を回顧するとき,私は,粛然たる思いがこみ上げるのを抑えることができません。この大戦で,日本は,わが国民を含め世界の多くの人々に対して,大きな惨禍をもたらしました。とりわけ,アジア近隣諸国に対しては,過去の一時期,誤った国策にもとづく植民地支配と侵略を行い,計り知れぬ惨害と苦痛を強いたのです。それはいまだに,この地の多くの人々の間に,癒しがたい傷痕となって残っています。
 私はここに,こうしたわが国の悔恨の歴史を虚心に受け止め,戦争犠牲者の方々すべてに対し,深い反省とともに,謹んで哀悼の意を捧げたいと思います。
 私は,二度とわが国が戦争への道を歩むことがあってはならないと考えています。私は,あの困難な時代に祖国の未来を信じて戦陣に散っていった方々の御霊の前で,今日の日本の平和と繁栄が,その尊い犠牲の上に築かれてることに改めて思いをいたし,年ごとに平和への誓いを新たにしてまいりました。私は,このような私の信念を十分に説明すれば,わが国民や近隣諸国の方々にも必ず理解を得られるものと考え,総理就任後も,8月15日に靖國参拝を行いたい旨を表明してきました。
 しかし,終戦記念日が近づくにつれて,内外で私の靖國参拝是非論が声高に交わされるようになりました。その中で,国内からのみならず,国外からも,参拝自体の中止を求める声がありました。このような状況の下,終戦記念日における私の靖國参拝が,私の意思とは異なり,国内外の人々に対し,戦争を排し平和を重んずるというわが国の基本的考え方に疑念を抱かせかねないということであるならば,それは決して私の望むところではありません。私はこのような国内外の状況を真摯に受け止め,この際,私自らの決断として,同日の参拝は差し控え,日を選んで参拝を果たしたいと思っています。
 総理として一旦行った発言を撤回することは,慙愧の念に堪えません。しかしながら,靖國参拝に対する私の持論は持論としても,現在の私は,幅広い国益を踏まえ,一身を投げ出して内閣総理大臣としての職責を果たし,諸課題の解決にあたらなければならない立場にあります。
 私は,状況が許せば,できるだけ早い機会に,中国や韓国の要路の方々と膝を交えて,アジア・太平洋の未来の平和と発展についての意見を交換するとともに,先に述べたような私の信念についてもお話ししたいと考えています。
 また,今後の問題として,靖國神社や千鳥ヶ淵戦没者墓苑に対する国民の思いを尊重しつつも,内外の人々がわだかまりなく追悼の誠を捧げるにはどのようにすればよいか,議論をする必要があると私は考えております。
 国民各位におかれては,私の真情を,ご理解賜りますよう切にお願い申し上げます。」
_____(エ) 本件参拝後の事実関係

______a 被告小泉は,本件参拝の後,記者会見で,「かねがね今日の日本の平和と繁栄は,先の大戦で心ならずも命を失わなければならなかった方の犠牲の上に成り立っていると感じ,愛する人たちとの思いを断ち切り,祖国のために散っていった方々はさぞ無念だったと思う。そうした方々の犠牲の上に今日があるということを忘れてはならない。心から誠意と感謝の誠を捧げたいと思って参拝した。」と述べ,8月15日の参拝を避けた理由等について,「中国や韓国や近隣諸国との友好関係を図っていきたいと心から思っているが,8月15日に参拝することによって逆の取り方をされることが鮮明になってきた。逆にとられるのは好ましくない。」,「総理大臣として,人の言うことを聞かなければいけないなと思い,いろんな方々の意見をうかがってきた。熟慮に熟慮を重ねた結果,今日がいいのではないかと私が判断した。」,「状況が許せば,中韓両国の首脳の方々と話合いの機会を持ちたい。」などと述べたが,「公式かどうか。私はこだわりません。総理大臣である小泉純一郎が心をこめて参拝した。それだけです。」との発言をして公式参拝か私的参拝かの明言を避けた。

______b 参拝推進派の自民党党員は,本件参拝に関し,被告小泉が繰り返し発言してきた終戦記念日に参拝するという「約束」を覆すものであると強く反発した。

______c 中国の外務省報道官は,本件参拝後,「日本の小泉首相が中国を含むアジア近隣諸国及び日本国内の反対を押し切って,A級戦犯を祀る靖國神社を参拝したことにつき,中国政府と国民は,強い不満と憤慨を表明する。日本の政治家による靖國参拝は,中日関係の政治的基礎を失い,中国国民及び多くのアジア被害国国民の感情を傷つけており,歴史的問題をめぐって日本政府が一貫して表明してきた認識と約束に反する。我々は,日本側が言行一致し,中国側に対してこれまで表明してきた認識と約束を確実に実行するよう申し入れる。」との談話を発表した。中国各地,香港・台湾各界では,本件参拝について抗議の声が多数あがった。 他方,韓国では,韓国の外交通商省報道官が,韓国政府の「深い遺憾の意を表明する。」との声明を発表し,与党の韓国新千年民主党と自由民主連盟が,それぞれ評論・声明を発表し,被告小泉の靖國神社参拝は「韓国及びアジア諸国国民の胸に包丁を刺した。」と強く非難した。

 ベトナムの外務省報道官は,同月14日,本件参拝について,「すでに一部の国が憂慮を表明しているが,ベトナムも同じように憂慮を感じている。」との談話を発表した。

 また,シンガポールの新聞社は,同月15日,被告小泉が大戦戦犯を祀る靖國神社を参拝したことは,まさに政治目的を歴史の正義以上に重視する行為であると非難した。

 その他,タイ,フィリピン及びインドネシアのメディアも,被告小泉がアジア諸国民の反対を押し切って靖國神社を参拝した行為であるとしてこれを非難した。
______d 被告小泉は,同月15日,千鳥ヶ淵戦没者墓苑を訪れ,その後,全国戦没者追悼式に出席した。

______e 被告靖國神社は,同年10月1日,自ら発行する社報「靖國」の一面で,「今年の夏は(中略)靖國神社にとっても文字通りの暑い夏であった。その発端となったのが,小泉首相が公約した終戦記念日の靖國神社参拝が実現するか否かのメディアによる過熱報道であった。ふだん意識的に靖國神社に関する報道を避けて来た嫌いのあるマスコミ各社が今回ばかりは一斉に取り上げ,首相参拝の是非のみならず,靖國神社創建以来の歴史にまで遡って解説する特集記事や特別番組等が競って組まれた。こうした影響を受けてか靖國神社への国民の関心も日に日に高まり,当神社のインターネットホームページへのアクセス件数も六月が一万四千件,七月が四万八千件,八月には十九万三千件に急増した。また,参拝者及び遊就館拝観者に於いても終戦記念日だけでなく,特に夏休み期間中の小中高校生や大学生,更には多数の家族連れなどが月間を通して訪れたことは,今年の特筆すべきことであった。如何なる理由があったにせよ,今回の小泉首相の参拝によって国民の多くが靖國神社に深い関心を寄せ,各々の心の中で戦歿者の追悼と慰霊の在り方を改めて考える機会となったことだけは間違いない。」と報じた。

______f 被告小泉は,同年10月,本件参拝にあたって発表された談話のとおり,中国及び韓国を訪問し,本件参拝により悪化した両国との関係の修復をはかった。

______g 内閣官房内閣参事官は,平成14年3月28日,参議院厚生労働委員会において,質問に答え,「内閣総理大臣その他の国務大臣の靖国神社への公式参拝とは,内閣総理大臣その他の国務大臣が国務大臣としての資格で行う靖国神社への参拝のことをいい(中略)専ら,戦没者の追悼という宗教とは関係のない目的で行うものであり,かつ,その際,追悼を目的とする参拝であることを公にするとともに,神道儀式によることなく,追悼行為としてふさわしい方式によって追悼の意を表することによって宗教上の目的によるものでないことが外観上も明らかである場合には,憲法20条3項の規定に違反する疑いのない参拝,つまり公式参拝であるというふうに理解しております。」,「昨年8月13日の小泉総理の参拝につきましては,私人の立場での参拝であると理解しております。」と答弁した。

______h 被告小泉は,平成14年5月8日,参議院本会議において,本件参拝に係る被告小泉と被告国に対する福岡地方裁判所での訴訟において,被告国が,被告小泉の参拝は内閣総理大臣の資格で行われたものではなく,公務員としての職務行為として行われたものではないと主張し,私人の立場での参拝と位置付けていることについてどう評価するかとの質問に対し,「昨年8月の靖国参拝は,内閣総理大臣である小泉純一郎が心を込めて参拝したものであり,このことと訴訟における国の主張とは何ら矛盾するものではないと考えております。」と答弁した。 また,福田康夫内閣官房長官は,同会議において,本件参拝と平成14年4月の参拝が公式参拝か私的参拝か公式答弁を求めるとの質問に対し,「内閣総理大臣の靖国神社への公式参拝とは,内閣総理大臣が国務大臣としての資格で行う靖国神社への参拝をいいますけれども,昨年8月及び本年4月の参拝につきましては,いずれも私人としての立場で参拝されたものと理解しております。」と答弁した。
______i なお,本件参拝後の報道機関による世論調査においては,被告小泉による本件参拝に対して肯定的な意見が過半数を占めたが,他方で,根強い反対意見も存在し,そのため,国内外の人々がわだかまりなく訪問できる宗教色のない国立戦没者追悼施設の建設について検討するために,内閣官房長官の私的諮問機関として「追悼・平和祈念のための記念碑等施設の在り方を考える懇談会」が設置された。
____イ 国家賠償法1条1項の「職務を行うについて」の該当性(争点(2)関係)
_____(ア) 国家賠償法1条1項

  国家賠償法1条1項は,公務員が主観的に権限行使の意思をもってする場合にかぎらず,自己の利をはかる意図をもってする場合でも,客観的に職務執行の外形をそなえる行為をしてこれによって他人に損害を加えた場合には,国又は公共団体に損害賠償の責任を負わしめて,ひろく国民の権益を擁護することをもって,その立法の趣旨とするものと解すべきである(最高裁判所昭和31年11月30日第二小法廷判決・民集10巻11号1502頁)。

  したがって,同条項の「職務を行うについて」に関しては,公務員が主観的に権限行使の意思をもってする場合に限らず,客観的に職務執行の外形をそなえる行為がこれに該当すると解すべきである。

_____(イ) 本件参拝について

______a 本件参拝の態様

  本件参拝の態様は,内閣総理大臣である被告小泉が,公用車を用いて,秘書官を同行させて,靖國神社に向かい,参集所で「内閣総理大臣小泉純一郎」と記帳し,献花の名札には「献花内閣総理大臣小泉純一郎」と記載させていたというものであり(前記第2の2(2)ア及びイ),内閣総理大臣としての参拝と推認しうる要素を多分に含んだ態様となっている。
 
 確かに,記帳に当たり,その地位を示す肩書を付すことも,その地位にある個人をあらわす場合に,慣例として用いられることもあり,肩書を付したからといって直ちに私人の立場を離れたものということはできないものの,仮に,純粋に私人の立場で行うのであれば,このような態様ではなく,記帳や献花の名札に肩書を付さないで単に「小泉純一郎」と記載するという方法など内閣総理大臣としての行動であるとの疑いを生ぜしめない方法で参拝することも十分に可能であったといえるのに,被告小泉はあえてそのような方法をとらなかったものといえる。

______b 本件参拝前の状況

_______@被告小泉が,自民党総裁選挙の際から「私が総裁になったら,必ず8月15日に靖國神社を参拝します。」,「首相に就任したら,8月15日の戦没者慰霊祭の日にいなかる批判があろうとも必ず参拝する。」旨発言するなど,靖國神社参拝を自民党総裁選挙の公約として位置付けてきたこと(上記ア(イ)a及びb),
_______A被告小泉が,平成13年5月14日の衆議院予算委員会において「内閣総理大臣として参拝するつもりだ。」と発言し(上記ア(イ)d),本件参拝の実施については,与党三党の幹事長や党員らの意見を聞いた上で決断し,その実施日については,与党幹部と協議して決定したものであること(上記ア(イ)i及び(ウ)a),
_______Bさらに,被告小泉が,本件参拝の直前に,福田康夫内閣官房長官に,予め用意していた「首相談話」を読み上げさせ,国民に対して日程変更の理由を説明するとともに,本件参拝についての理解を求めたこと(上記ア(ウ)b,純然たる私的参拝であれば,参拝にあたって内閣官房長官が首相談話を発表するなどということは不自然である。)などの諸事実に照らせば,本件参拝前においては,被告小泉自身は,内閣総理大臣として靖國神社に参拝することを明確に示していたものといえる。

  また,上記ア(ア)gのとおり,被告小泉は,内閣総理大臣就任前には毎年のように終戦記念日に靖國神社に参拝していたのであるから,例年どおりの参拝であれば,殊更,事前に何度も終戦記念日に靖國神社に参拝する旨を繰り返し発言する必要はないにもかかわらず,一方で,橋本龍太郎首相(当時)の靖國神社参拝を最後に内閣総理大臣による靖國神社参拝が行われていないという状況,特に終戦記念日に関しては,昭和60年の中曽根康弘首相(当時)による参拝から久しく遠ざかっていたという状況があり,他方で,そのために,日本遺族会の会員等多くの戦没者遺族,被告靖國神社,自民党などの国会議員有志などが内閣総理大臣の靖國神社参拝を強く希望していたことなどの状況があることを認識した上,敢えて,事実上内閣総理大臣を決定する自民党総裁選挙に際して公約の一つとして掲げるとともに,その後も終戦記念日に内閣総理大臣である被告小泉が靖國神社に参拝する旨の発言を繰り返し,実際にこれを実行したものと認められる。

______c 本件参拝後の状況

  本件参拝後においては,福田康夫内閣官房長官や内閣官房内閣参事官が本件参拝が私人の立場での参拝であると理解している旨の答弁をしているにもかかわらず(上記ア(ウ)g及びh),被告小泉は,本件参拝の公私の問題について質問されても,終始「内閣総理大臣小泉純一郎が心を込めて参拝した。」と答え,質問に対する明確な回答を避け続け(上記ア(ウ)a及びh),被告小泉自身が私的参拝であることを明確に示したことがなかったが,このような被告小泉の態度は,被告小泉が内閣総理大臣としての参拝を公約したことに反するような発言を避けたいという心情を有することを窺わせる。

______d 上記aないしcの事実関係を総合してこれを外形的・客観的にみれば,本件参拝において閣議決定や公費支出,他の閣僚の同伴という事実がなく,政府が本件参拝について私的参拝であったとの立場をとっていたことなどの諸事情を最大限考慮しても,なお,本件参拝は,被告小泉が内閣総理大臣の資格で行ったものと認めるのが相当である。

______e なお,被告小泉が本件参拝前に一度だけ「個人として参拝する」と発言したことがあった(上記ア(イ)c)が,この事実は,その後に被告小泉が「内閣総理大臣として参拝する」と発言していたこと(上記ア(イ)d)とあわせ考えれば,上記認定を左右するものとはいえない。 また,被告国,被告内閣総理大臣及び被告小泉は,前記第2の4(1)イ(ア)ないし(オ)のとおり主張するが,被告小泉が本件参拝後に内閣総理大臣として参拝したことを示す明確な発言をしたことがないと同時に私的参拝であったと明言したこともないこと(また,本件参拝前においては,被告小泉は内閣総理大臣として参拝することを明言しており,これを明らかに覆す発言をしない以上は,本件参拝前の発言を撤回したとは認められないこと),公用車の利用や秘書官の同伴についてはそれで直ちに私人としての立場を離れたものとなるわけではないものの,他方で内閣総理大臣としての参拝であることを推認させる一つの事情になること自体は否定できないこと,閣議決定などにより政府の行事として実施することが決定されたことがなく,また,公費の支出がなかったとしても,内閣総理大臣としての参拝を否定するための積極的な根拠とはならないことから,上記主張はいずれも採用できない。
_____(ウ) したがって,本件参拝は,国家賠償法1条1項の「職務を行うについて」に該当する。
____ウ 憲法20条3項の「国及びその機関」の該当性(争点(1)関係) 本件参拝は,上記イのとおり,被告小泉が内閣総理大臣としての資格で行ったものと認められるのであるから,国の機関たる内閣総理大臣が行ったものといえる。
___(3) 被告小泉の損害賠償責任の有無(争点(5)関係)
____ア 公権力の行使にあたる国又は公共団体の公務員がその職務を行うについて故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときには,当該国又は公共団体がその被害者に対して賠償の責に任じ,公務員個人はその責を負わないものと解すべきである(最高裁判所昭和30年4月19日第三小法廷判決・民集9巻5号534頁,最高裁判所昭和47年3月21日第三小法廷判決・裁判集民事105号309頁,最高裁判所昭和53年10月20日第二小法廷判決・民集32巻7号1367頁等)。 しかるに,原告らの被告小泉に対する損害賠償請求は,公権力の行使にあたる国の公務員である被告小泉の,その職務を行うにつき原告らに与えた損害について,公務員である被告小泉個人にその賠償を求めるというものであるから,その余の点について検討するまでもなく,理由がないことは明らかである。
____イ 原告らは,前記第2の4(5)ア(ア)のとおり主張するが,国家賠償法1条1項は,公権力の行使にあたる国又は公共団体の公務員がその職務を行うについて故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときには,当該国又は公共団体がこれを賠償する責に任ずると規定しており,当該公務員に故意がある場合に当該公務員個人の賠償責任を肯定すべき法的根拠は見出し難いことから,原告らの主張は当裁判所の採用するところではない。
___(4) 争点(3)(本件参拝により原告らの法的利益が侵害されたといえるか)について
____ア 法的権利性と侵害の有無

  原告らは,本件参拝により,原告ら各自の「戦没者が靖國神社に祀られているとの観念を受け入れるか否かを含め,戦没者をどのように回顧し祭祀するか,しないかに関して(公権力からの圧迫,干渉を受けずに)自ら決定し,行う権利ないし利益」が侵害されたと主張する。 しかし,人が,自己の信仰生活や戦没者回顧の在り方を決定する行為の静謐を他者の宗教上の行為によって害されたとして,そのことによって不快の感情を持ち,そのようなことがないよう望むことのあるのは,その心情として理解できるところではあるが,このような宗教上の感情は,法律上保護された具体的権利ないし利益とは認め難いから,上記のような宗教的感情を被侵害利益として,直ちに損害賠償を請求する等の法的救済を求めることはできないと解すべきである(自衛官合祀最高裁判決)。また,下記イで述べるとおり,本件参拝によって原告らの権利ないし利益が侵害されたものということもできない。
____イ 原告らの主張する憲法上の根拠
_____(ア) 憲法20条3項について

 原告らは,憲法20条3項により,「戦没者が靖國神社に祀られているとの観念を受け入れるか否かを含め,戦没者をどのように回顧し祭祀するか,しないかに関して(公権力からの圧迫,干渉を受けずに)自ら決定し,行う権利ないし利益」が保障されていると主張する。

 憲法20条3項は,「国及びその機関は,宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。」と規定する。この規定は,国家の制度として,国家と宗教との結合を禁止する法原則を定めたもの,すなわち政教分離の原則を定めたものと解される。この政教分離の原則は,国家機関に対し,一定の宗教上の行為を禁止することによって,国家と宗教との分離を制度的に保障し,もって,信教の自由を間接的に保障しようとするものであって,この政教分離の原則は,これを国民個人に対する具体的権利として保障したものではないと解すべきである(津地鎮祭最高裁判決,自衛官合祀最高裁判決,愛媛玉串料最高裁判決)。
 
原告らは,憲法20条3項は,政教分離に関する制度的保障の規定であり,かつ人権規定でもあると主張する(龍谷大学法学部のg教授も,同様の見解をとっており,愛媛大学教育学部のh教授も,おおむね同様の見解をとっている〔証人g,甲39,46〕。)。しかし,憲法20条3項を人権規定と解する根拠が明確でない上,人権としての政教分離の具体的内容がいかなるものか,政教分離を人権と解した場合にそれが信教の自由とどのような関係に立つのか,信教の自由とは異なった独自の人権性はどのような点に認められるのかなど不明確な部分が多くの場面で存在する。信教の自由の保障をより広範に,かつ確固たるものにしようとする原告らの上記主張の意図は十分理解できるものの,かかる解釈には不明確,不確定な部分が残るため,当裁判所の採用するところではない。

 よって,憲法20条3項により,直接的に原告ら主張の権利ないし利益が保障されていると解することはできない。

_____(イ) 憲法19条,20条1項前段について

______a 憲法20条1項前段は,「信教の自由は,何人に対してもこれを保障する。」と規定する。 この信教の自由は,国家から公権力によってその自由を制限されることなく,また,いかなる不利益をも課せられないとの意味を有するものであり,国家によって信教の自由が侵害されたといいうるためには,少なくとも国家による信教を理由とする不利益な取扱い又は強制・制止の存在することが必要であり,それ自体が不利益な取扱い又は強制・制止にあたらないが,人によっては圧迫感や不快感を感じることがあるというような態様で,間接的・反射的に一定の影響力を及ぼしたというだけでは足りないと解される。
______b 憲法19条は,「思想及び良心の自由は,これを侵してはならない。」と規定する。 この思想及び良心の自由は,信教の自由と同様に,国家から公権力によってその自由を制限されることなく,また,いかなる不利益をも課せられないとの意味を有するものであり,国家によって思想及び良心の自由が侵害されたといいうるためには,信教の自由と同様に,少なくとも国家による思想及び良心を理由とする不利益な取扱い又は強制・制止の存在することが必要であり,それ自体が不利益な取扱い又は強制・制止にあたらないが,人によっては圧迫感や不快感を感じることがあるというような態様で,間接的・反射的に一定の影響力を及ぼしたというだけでは足りないと解される。
______c 本件においては,本件参拝によって,原告らが,不快感や憤りを抱いたとしても,被告小泉が原告らに対し,原告らの信教,思想又は良心を理由とする不利益な取扱いをしたことはないし,原告らに対して一定の信教,思想又は良心を有することを強制又は制止したと認めるに足りる証拠はない。 なお,原告らは,前記第2の4(3)ア(カ)のとおり,被告小泉が内閣総理大臣として靖國神社に対して肯定的意味付けをしてこれをマスコミ等を通じて原告らに向けたと主張するが,仮に,本件参拝がマスコミ報道等によって大々的に報じられ,その結果原告らに不快感が生じたことがあったとしても,それが不利益な取扱いや強制・制止にあたらない以上,本件参拝によって,原告らの信教の自由又は思想及び良心の自由が侵害されたとは認められない。
 また,原告らは,前記第2の4(3)ア(キ)のとおり,本件参拝を肯定的に理解する政治権力や社会勢力により,靖國神社の宗旨を批判することを差し控え自粛する「世間全般の雰囲気」が作られ,これにより原告らが靖國神社の宗旨を批判することを自粛せざるを得ない状態になったので,「強制」の要素があると主張する。しかし,そもそも,このような「自粛せざるを得ない状態」をもって一定の信教や思想を強制されたとみることは到底できない上,本件参拝等により,靖國神社の宗旨を批判することを差し控え自粛する「世間全般の雰囲気」なるものが作られたこと,原告らが靖國神社の宗旨を批判することを自粛せざるを得ない精神状態に陥ったことを認めるに足りる的確な証拠も存しない。よって,原告らの上記主張は,採用できない。
 以上のことからすれば,本件参拝が原告らの信教の自由又は思想及び良心の自由を侵害したとは認められない。
______d 原告らの主張する「戦没者が靖國神社に祀られているとの観念を受け入れるか否かを含め,戦没者をどのように回顧し祭祀するか,しないかに関して(公権力からの圧迫,干渉を受けずに)自ら決定し,行う権利ないし利益」とは,戦没者をどのように回顧し祭祀するか,しないかに関して自ら決定し,行うことに対して,国家から圧迫,干渉といった間接的な影響さえも及ぼされない利益をいうものと解されるところ,そのような利益は,上記a及びbのとおり,信教の自由又は思想及び良心の自由が国民の信教,思想又は良心に対して間接的な影響力を及ぼす行為からの自由まで保障しているものとは解し難いことから,信教の自由について規定した憲法20条1項前段や思想及び良心の自由について規定した憲法19条によって保障されるとは認め難い。

  なお,g教授の意見書(甲39)には,宗教に対して強制や禁止のレベルではなく,「干渉」のレベルでも保護されるべき利益があり,これを宗教的人格権というが,このような利益が保障される根拠は,個人の自立・自律を支えるものとして信教の自由や精神生活の自由が拡充されるべきであること,宗教が多元化し,個人の価値観も多様化しているという今日においては従来の信教の自由を超えた新たな展開(現代的展開)を考えるべきことにあるとの記載がある。しかし,上記意見書では,強制に至らない程度の「干渉」の段階で保護するべきとする法的根拠が薄弱かつ不明確であり,また,いかなる場合に「干渉」にあたるかという点も不明確なものにならざるを得ないので,意見書の上記記載は当裁判所の採用するところではない。

  以上より,原告らの主張する被侵害利益は,憲法19条,20条1項前段によって保障されているとはいえない。

_____(ウ) 憲法13条について

 原告らは,憲法13条によって上記権利ないし利益が保障されていると主張する。
 憲法13条は,「すべて国民は,個人として尊重される。生命,身体,自由及び幸福追求に対する国民の権利については,公共の福祉に反しない限り,立法その他の国政の上で,最大の尊重を必要とする。」と規定する。

 この憲法13条の幸福追求権は,憲法の人権規定には列挙されていなくても,人格的生存に不可欠な利益を総体として含むものであり,ここから,名誉権やプライバシー権といった個別的人格権等を人権として承認することができると解されている。

 原告らの主張する「戦没者が靖國神社に祀られているとの観念を受け入れるか否かを含め,戦没者をどのように回顧し祭祀するか,しないかに関して(公権力からの圧迫,干渉を受けずに)自ら決定し,行う権利ないし利益」とは,戦没者をどのように回顧し祭祀するか,しないかに関して自ら決定し,行うことに対して,国家から圧迫,干渉といった間接的な影響さえも及ぼされない利益をいうものと解されるところ,このような利益は,信教の自由や思想及び良心の自由でさえも国民の信教,思想又は良心に対して間接的な影響力を及ぼす行為からの自由まで保障しているものとは解し難い上,人格的生存に不可欠なものといえるか否か疑問があり,いまだ利益として十分強固なものとはいえないから,憲法13条によって保障される法的利益とは認め難い。

 なお,g教授の意見書(甲39)には,宗教が私事として他人の干渉から自由なものとして位置付けられるなら,宗教に対する強制や禁止を超えて「信仰生活の自由」をそこに認めることも可能であり,そのような「信仰生活の自由」は,宗教的プライバシーの権利と同義であり,宗教的人格権として議論されたものに重なるものであるとの記載がある。しかし,上記意見書には「信仰生活の自由」なるものの権利の内容やいかなる場合にそれが侵害されたといえるのかという点が明確に示されていないし,また,宗教に対する強制に至らない段階で保護するべきとする法的根拠も薄弱かつ不明確であるから,意見書の上記記載は当裁判所の採用するところではない。

 以上より,原告らの主張する被侵害利益は,憲法13条によっても保障されているとはいえない。
____ウ 小括 
以上のとおり,原告らの主張する上記利益は,法的権利ないし利益とはいえないし,また,本件参拝によって侵害を受けたともいえないものである。
___(5) 被告国及び被告靖國神社の損害賠償責任の有無(争点(5)関係) 
上記(4)のとおり,本件参拝が原告らの法的権利ないし利益を侵害したとは認められないのであるから,原告らが,被告国に対して,国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求権を有するとはいえない。また,被告靖國神社が本件参拝を受入れたことによって原告らの法的権利ないし利益が侵害されたとも認められないのであるから,原告らが,被告靖國神社に対して不法行為に基づく損害賠償請求権を有するとはいえない。(6) 本請求についての結論 したがって,原告らの前記第1の1の損害賠償請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がないから,いずれも棄却すべきである。
__ 前記第1の2(1)の請求(違憲確認請求・ただし,被告内閣総理大臣に対する請求部分を除く。)に係る訴えについて
___(1) 争点(6)について 一般に,確認の訴えは,原告の有する法律的地位に危険又は不安が存在し,これを除去するため被告に対し確認判決を得ることが必要かつ適切な場合に限り許されると解するのが相当である(最高裁判所昭和30年12月26日第三小法廷判決・民集9巻14号2082頁)。ところが,原告1外4名の主張する前記第2の4(3)ア(イ)の権利ないし利益は,上記2(4)のとおり,法律上保護される権利ないし利益とはいえないし,本件参拝によって侵害を受けたともいえないものである。

 よって,前記第1の2(1)の違憲確認請求は,本件参拝が憲法20条3項の規定に違反していることの確認を求めているにすぎないことに帰し,原告1外4名の法律的地位にかかわらない法律関係の確認を求めるものであるから,原告1外4名に確認の利益があるとはいえない。
___(2) 本請求に係る訴えについての結論 上記(1)の結果,前記第1の2(1)の違憲確認請求に係る訴えは,不適法であり,却下を免れない。
__ 前記第1の2(3)の請求(参拝受入の差止請求)について
___(1) 争点(8)について 
原告1外4名の前記第1の2(3)の参拝受入の差止請求は,その差止対象行為の特定を欠くとまではいえず,また,前記第1の2(2)の請求をしていることをもってしても,不適法とまではいえない。

 しかし,原告1外4名の主張する前記第2の4(3)ア(イ)の権利ないし利益は,上記2(4)及び(5)のとおり,法律上保護される権利ないし利益とはいえないし,本件参拝の受入れによって侵害を受けたともいえないものである。

 したがって,原告1外4名は,前記第2の4(3)ア(イ)の権利ないし利益に基づき,被告靖國神社に対して,被告内閣総理大臣の参拝の受入れを差し止める権利を有するとはいえない。
___(2) 本請求についての結論 
上記(1)の結果,原告1外4名の前記第1の2(3)の差止請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がないので,棄却すべきである。第4 結論 以上の次第であるから,原告1外4名の被告らに対する靖國神社参拝の違憲確認請求に係る訴え及び被告内閣総理大臣に対する靖國神社参拝の差止請求に係る訴えをいずれも却下することとし,原告1外4名のその余の請求並びにその余の原告らの請求をいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。

  大阪地方裁判所第3民事部


 裁判長裁判官    村  岡     寛


           裁判官 小  堀     悟


           裁判官 辻  井  由  雅





平成13年
(ワ)第11468号の2
 

        主  文

 1 原告らの本件各訴えをいずれも却下する。
 2 訴訟費用は原告らの負担とする。

      事実及び理由

第1 請求

__ 原告らと被告らとの間で,小泉純一郎が,平成13年8月13日,内閣総理大臣として靖國神社に参拝したことは違憲であることを確認する。
(以下「本件違憲確認請求」という。)

__ 被告内閣総理大臣小泉純一郎は,内閣総理大臣として靖國神社に参拝してはならない。
(以下「本件差止請求」という。)

第2 事案の概要等

__ 事案の概要

   本件は,内閣総理大臣である小泉純一郎(以下「小泉」という。)が平成13年8月13日に宗教法人である靖國神社(以下「宗教法人靖國神社」という。)の施設である靖國神社(以下,単に「靖國神社」という。)を参拝した(以下,これを「本件参拝」という。)ことから,原告らが,本件参拝は政教分離原則を規定した憲法20条3項に違反しており,本件参拝によって原告らの「戦没者が靖國神社に祀られているとの観念を受け入れるか否かを含め,戦没者をどのように回顧し祭祀するか,しないかに関して(公権力からの圧迫,干渉を受けずに)自ら決定し,行う権利ないし利益」が侵害されたと主張して,行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟(抗告訴訟)として,被告らに対して本件参拝の違憲確認を,被告内閣総理大臣小泉純一郎(以下「被告内閣総理大臣」という。)に対しては上記権利ないし利益に基づき,内閣総理大臣として靖國神社に参拝することの差止めをそれぞれ求めた事案である。

  前提となる事実

___(1) 当事者及び関係者

____ア 小泉及び被告内閣総理大臣について

_____(ア) 小泉は,昭和47年に衆議院議員選挙に初当選し,その後,厚生大臣,郵政大臣(いずれも当時)等の大臣を歴任し,平成13年4月下旬の自由民主党(以下「自民党」という。)総裁選挙によって自民党総裁に選出され,同月26日,第87代内閣総理大臣に任命された(なお,衆議院解散総選挙後の平成15年11月19日,引き続いて第88代内閣総理大臣に任命された。)。

_____(イ) 小泉は,本件参拝当時,内閣総理大臣であった。

_____(ウ) 被告内閣総理大臣は,被告国の一機関であり,行政権を有する内閣の首長である。

____イ 靖國神社について

_____(ア) 宗教法人靖國神社は,宗教法人法に基づき,東京都知事の認証を受けて設立された宗教法人であり,靖國神社を設置している。

_____(イ) 宗教法人靖國神社は,東京都千代田区九段北3丁目1番1号に社務所をおき,「明治天皇の宣らせ給うた『安國』の聖旨に基き,國事に殉ぜられた人々を奉斎し,神道の祭祀を行ひ,その神徳をひろめ,本神社を信奉する祭神の遺族その他の崇敬者(〔中略〕)を教化育成し,社会の福祉に寄与しその他本神社の目的を達成するための業務及び事業を行ふこと」を目的としている(靖國神社規則3条)。

_____(ウ) 靖國神社は,明治2年6月,明治維新の内戦(戊辰戦争)において,国のために一命を捧げた人たちの霊を慰めようとして,明治天皇によって「東京招魂社」として創建されたのが起源で,明治12年には,「靖國神社」と改称された。明治天皇が命名した「やすくに」という社号には「国を平安にし,平和な国を作り上げる。」という思いが込められている。

_____(エ) 靖國神社には,戊辰戦争で戦死した三千五百八十八柱の霊,その後の「佐賀の乱」,「西南戦争」,「日清戦争」,「日露戦争」,「第一次世界大戦」,「満州事変」,「支那事変」,「大東亜戦争」等の事変,戦争で戦死した者の霊など現在合計二百四十六万六千余柱の霊が祀られている(その霊の中には,極東国際軍事裁判の結果,戦争犯罪人として処刑されたA級戦争犯罪人(いわゆるA級戦犯)の霊も含まれている。)。
(甲33,34,弁論の全趣旨)

___(2) 本件参拝の態様等

____ア 小泉は,終戦記念日の二日前である平成13年8月13日午後4時30分ころに本件参拝を行ったが,その態様は,参集所玄関から参入し,f宮司らの出迎えを受け,参集所内において「内閣総理大臣小泉純一郎」と記帳した後,拝殿正面から中庭を経て,本殿に昇殿し,戦没者の霊を祀った祭壇に黙祷した後,深く一礼を行うというものであった(神道形式であるいわゆる「二拝二拍手一拝」は行っていない。)。なお,靖國神社の本殿上壇の間に供えられていた献花には「献花内閣総理大臣小泉純一郎」という名札が付されていた。小泉は,参拝後,到着殿菊花の間にてf宮司と懇談した後,同広間で記者との会見に応じた(甲1,45,乙A1の2,弁論の全趣旨)。

____イ 小泉は,本件参拝に際して,秘書官を同行させ,靖國神社への往復に公用車を用いた。なお,他の閣僚を同伴していない(甲1,乙A1の2,弁論の全趣旨)。

____ウ 小泉は,本件参拝の際,玉串料を支出することはせずに,献花代(3万円)を私費で負担した(甲1,弁論の全趣旨)。

____エ 本件参拝の実施については,内閣の閣議で決定されたものではなかった(弁論の全趣旨)。

____オ 本件参拝前後の小泉の言動

_____(ア) 本件参拝前の言動

______a 小泉は,自民党総裁選挙の告示から4日後の平成13年4月15日,日本遺族会会長及び副会長に対し,電話により,自分が総裁になったら,必ず8月15日に靖國神社を参拝する旨述べた(甲37の20)。

______b 小泉は,同年4月18日の自民党総裁選挙の討論会において,「尊い命を犠牲に日本のために戦った戦没者たちに敬意と感謝の誠を捧げるのは政治家として当然。まして,首相に就任したら,8月15日の戦没者慰霊祭の日にいかなる批判があろうと必ず参拝する。」旨発言した(甲3)。
______c 小泉は,同年5月9日,衆議院本会議において,戦没者に敬意と感謝の誠を捧げたい思いは変わりなく,個人として参拝するつもりである旨明言したが,その日の夕方,記者から「個人」としての参拝と「首相」としての参拝の違いを質問されたのに対して,「同じだ。総理として,個人として参拝する。内閣総理大臣の肩書は消せない。」などと答えた(甲37の9,11,12)。

______d 小泉は,同月14日,衆議院予算委員会において,「戦争の犠牲者への敬意と感謝を捧げるために,靖國神社にも内閣総理大臣として参拝するつもりだ。」,「よそから言われてなぜ中止しなければならないのか分からない。」「公式とか非公式とかマスコミはとりあげたがるが,私には分からない。」,「戦没者にお参りすることが宗教的活動と言われればそれまでだが,靖國神社に参拝することが憲法違反だとは思わない」,「宗教的活動であるからいいとか悪いとかいうことではない。A級戦犯が祀られているからいけない,ともならない。私は戦没者に心からの敬意と感謝を捧げるために参拝する。」旨答弁した(甲3,5,37の13ないし16)。

______e 小泉は,同年6月20日,党首討論において,「国民の中にも,戦没者の慰霊の中心的施設は靖國神社だという方が多くいるというのも事実だ。そういう方々の心を無視するのはいかがなものか。」などと発言した(甲3,37の17)。

_____(イ) 本件参拝直前の状況について

______a 小泉は,平成13年8月15日に靖國神社を参拝することを繰り返し発言していたが,中華人民共和国(以下「中国」という。)や大韓民国(以下「韓国」という。)などが反発し,与党内でも自重を求める声が広がったことから,同月13日午後1時過ぎころ,福田康夫内閣官房長官及び山崎拓自民党幹事長と協議し,その結果,日程を前倒しして同日中に本件参拝を実施することを決定した(甲1,3)。

______b 福田康夫内閣官房長官は,本件参拝の直前の同月13日午後4時5分,下記のとおり,「首相談話」を読み上げた(甲2)。

            記

「わが国は,明後8月15日に,56回目の終戦記念日を迎えます。21世紀の初頭にあって先の大戦を回顧するとき,私は,粛然たる思いがこみ上げるのを抑えることができません。この大戦で,日本は,わが国民を含め世界の多くの人々に対して,大きな惨禍をもたらしました。とりわけ,アジア近隣諸国に対しては,過去の一時期,誤った国策にもとづく植民地支配と侵略を行い,計り知れぬ惨害と苦痛を強いたのです。それはいまだに,この地の多くの人々の間に,癒しがたい傷痕となって残っています。
 私はここに,こうしたわが国の悔恨の歴史を虚心に受け止め,戦争犠牲者の方々すべてに対し,深い反省とともに,謹んで哀悼の意を捧げたいと思います。
 私は,二度とわが国が戦争への道を歩むことがあってはならないと考えています。私は,あの困難な時代に祖国の未来を信じて戦陣に散っていった方々の御霊の前で,今日の日本の平和と繁栄が,その尊い犠牲の上に築かれてることに改めて思いをいたし,年ごとに平和への誓いを新たにしてまいりました。私は,このような私の信念を十分に説明すれば,わが国民や近隣諸国の方々にも必ず理解を得られるものと考え,総理就任後も,8月15日に靖國参拝を行いたい旨を表明してきました。
 しかし,終戦記念日が近づくにつれて,内外で私の靖國参拝是非論が声高に交わされるようになりました。その中で,国内からのみならず,国外からも,参拝自体の中止を求める声がありました。このような状況の下,終戦記念日における私の靖國参拝が,私の意思とは異なり,国内外の人々に対し,戦争を排し平和を重んずるというわが国の基本的考え方に疑念を抱かせかねないということであるならば,それは決して私の望むところではありません。私はこのような国内外の状況を真摯に受け止め,この際,私自らの決断として,同日の参拝は差し控え,日を選んで参拝を果たしたいと思っています。
 総理として一旦行った発言を撤回することは,慙愧の念に堪えません。しかしながら,靖國参拝に対する私の持論は持論としても,現在の私は,幅広い国益を踏まえ,一身を投げ出して内閣総理大臣としての職責を果たし,諸課題の解決にあたらなければならない立場にあります。
 私は,状況が許せば,できるだけ早い機会に,中国や韓国の要路の方々と膝を交えて,アジア・太平洋の未来の平和と発展についての意見を交換するとともに,先に述べたような私の信念についてもお話ししたいと考えています。
 また,今後の問題として,靖國神社や千鳥ヶ淵戦没者墓苑に対する国民の思いを尊重しつつも,内外の人々がわだかまりなく追悼の誠を捧げるにはどのようにすればよいか,議論をする必要があると私は考えております。
 国民各位におかれては,私の真情を,ご理解賜りますよう切にお願い申し上げます。」

_____(ウ) 本件参拝後の言動

 小泉は,本件参拝の後,記者会見で,「かねがね今日の日本の平和と繁栄は,先の大戦で心ならずも命を失わなければならなかった方の犠牲の上に成り立っていると感じ,愛する人たちとの思いを断ち切り,祖国のために散っていった方々はさぞ無念だったと思う。そうした方々の犠牲の上に今日があるということを忘れてはならない。心から誠意と感謝の誠を捧げたいと思って参拝した。」と述べ,8月15日の参拝を避けた理由等について「中国や韓国や近隣諸国との友好関係を図っていきたいと心から思っているが,8月15日に参拝することによって逆の取り方をされることが鮮明になってきた。逆にとられるのは好ましくない。」,「総理大臣として,人の言うことを聞かなければいけないなと思い,いろんな方々の意見をうかがってきた。熟慮に熟慮を重ねた結果,今日がいいのではないかと私が判断した。」,「状況が許せば,中韓両国の首脳の方々と話合いの機会を持ちたい。」などと述べたが,「公式かどうか。私はこだわりません。総理大臣である小泉純一郎が心をこめて参拝した。それだけです。」との発言をして公式参拝か私的参拝かの明言を避けた(甲1,45)。

___(3) 平成14年4月21日の参拝

 小泉は,平成14年4月21日,春季例大祭の初日に靖國神社に参拝した。小泉は,同日午前8時30分ころに靖國神社に到着し,同日午前9時40分ころから,本件参拝と同一の方式により参拝を行った。小泉は同参拝後,記者会見に応じ,「心ならずも家族を残して戦争に赴き,命を捧げた御霊に敬意と感謝を捧げた。」と述べたほか,同年8月の参拝についての質問に対し,「ありません。一年一度と思っている。」と答えた(甲30の1ないし3,32)。

___(4) 平成15年1月14日の参拝

 小泉は,平成15年1月14日,靖國神社を参拝した。これは,小泉が平成13年4月に首相に就任してから三度目の参拝となる。

__争点

___(1) 本件各訴えは,抗告訴訟の要件を具備して適法といえるか否か(両請求に共通)。

____ア 原告らの主張

_____(ア) 公権力の行使にあたること(両請求に共通)

 抗告訴訟は,「行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟」(行政事件訴訟法3条1項)をいうところ,以下のとおり,被告内閣総理大臣による本件参拝行為は,まさに「公権力の行使」であり,抗告訴訟の対象となるというべきである。

______a 公権力の行使とされるためには,「行為の公権力性」と「法律上の地位に対する影響」という2つの要素が必要とされている。

______b まず,「行為の公権力性」については,その行為の効果の面を重視し,その観点から公権力性が認められれば足りる。
 本件参拝は,後記(3)アのとおり,憲法20条3項で禁止されている「国及びその機関」としての「宗教的活動」にあたるのであって,その効果は特定の宗教への援助・助長・促進という重大な効果をもたらし,そのために国民の信教の自由の行使に深刻な影響を及ぼすものである。本件参拝のこのような効果に鑑みれば,本件参拝が「行為の公権力性」の要件を満たすことが明らかである。

______c 「法律上の地位に関する影響」とは,個々人に対する具体的な権利義務関係を形成するなどの法律効果を生じることとされている。
 しかるところ,後記(2)ア(イ)の「戦没者が靖國神社に祀られているとの観念を受け入れるか否かを含め,戦没者をどのように回顧し祭祀するか,しないかに関して(公権力からの圧迫,干渉を受けずに)自ら決定し,行う権利ないし利益」という人格の核心というべきメンタルな権利は,その性質上,一度侵害されると完全に癒えるということが想定できず,人格に刻印された傷は回復することが困難である。

 そして,本件参拝は,後記(2)ア(エ)及び(オ)のとおり,原告らの上記権利ないし利益を侵害したものであり,その侵害の程度は不法行為を構成するレベルにあるから,原告ら個々人に対して法的効果を生じるものであることは明らかである。

______d よって,被告内閣総理大臣による本件参拝行為は,「公権力の行使」にあたる。

_____(イ) 予防的不作為訴訟の要件該当性(本件差止請求について)

______a 予防的不作為訴訟の要件

  本件差止請求は,いわゆる無名抗告訴訟のうち,「予防的不作為訴訟」の類型に属するものである。

 この「予防的不作為訴訟」の類型の無名抗告訴訟の余地を認めたのが最高裁判所昭和47年11月30日第一小法廷判決(民集26巻9号1746頁・以下「長野勤評最高裁判決」という。)である。

 長野勤評最高裁判決は,教職員勤務評定における自己評定義務違反の結果として将来何らかの不利益処分を受けるおそれがあるという場合に,その処分の発動を差し止めるため,事前にその義務の存否の確定を求めた事案において,「当該義務の履行によって侵害を受ける権利の性質およびその侵害の程度,違反に対する制裁としての不利益処分の確実性およびその内容または性質等に照らし,右処分を受けてからこれに関する訴訟のなかで事後的に義務の存否を争ったのでは回復しがたい重大な損害を被るおそれがある等,事前の救済を認めないことを著しく不相当とする特段の事情がある場合は格別,そうでないかぎり,あらかじめ右のような義務の存否の確定を求める法律上の利益を認めることはできないものと解すべきである。」と判示した。
これは,事後的に争ったのでは回復し難い重大な損害を被るおそれがある等の特段の事情がある場合には,そのような義務の不存在確認訴訟も許されることを示したものと考えられる。

 本件差止請求も,同判決が示した基準,すなわち,
________@侵害を受ける権利の性質,
_______A侵害の程度,
_______B不利益処分(侵害行為)の確実性及びその内容・性質
などに鑑みて,以下のとおり,事後的に争ったのでは回復し難い重大な損害を被るおそれがある等の特段の事情があるのであるから,予防的不作為訴訟として許容されると解すべきである。

______b 第一次判断権留保の原則

  通常問題とされる「第一次判断権留保の原則」については,後記(3)ア(カ)のとおり,靖國神社の公式参拝の違憲性は,既に明白であるので,第一次判断権者の判断を待つ必要がない。すなわち,玉串料の奉納でさえ,「特定の宗教とのかかわり合いを持つこと」であって憲法20条3項の禁止する宗教的活動にあたるのである(最高裁判所平成9年4月2日大法廷判決・民集51巻4号1673頁,以下「愛媛玉串料最高裁判決」という。)から,玉串料の奉納よりもより直截な宗教的活動である参拝行為が違憲であることは,当然である。

______c 侵害を受ける権利の性質,侵害の程度

  本件参拝は,後記(2)ア(エ)及び(オ)のとおり,原告らの「戦没者が靖國神社に祀られているとの観念を受け入れるか否かを含め,戦没者をどのように回顧し祭祀するか,しないかに関して(公権力からの圧迫,干渉を受けずに)自ら決定し,行う権利ないし利益」を侵害したものであり,その権利侵害の程度は重大である。また,この侵害を受けた権利は,人格の核心というべきメンタルな権利であり,一度侵害されると完全に癒えるということが想定できず,人格に刻印された傷は回復することが困難であるという性質を有するものである。
 これらのことからすれば,被告内閣総理大臣が今後同様の参拝行為をすれば,原告らは,回復困難な重大な被害を被る可能性が高い。

______d 不利益処分(侵害行為)の確実性等

  被告内閣総理大臣の靖國神社への執着は,歴代の内閣総理大臣の中でもとりわけ強いものがあり,8月15日という終戦記念日の参拝にこだわったのみならず,続けて平成14年4月21日に春季例大祭の機会にも靖國神社への参拝を強行した上,平成15年1月14日にも靖國神社に参拝した。このように被告内閣総理大臣は,公式参拝が原告らの上記権利ないし利益を直接侵害することを意に介さず,「公然たる参拝行為」を継続しようと強い意欲を示しており,今後も現職にあるかぎり侵害行為を反復することが予想される。したがって,本件参拝と同様の侵害行為が反復されることは確実である。

______e 特段の事情

  したがって,原告らには,被告内閣総理大臣が今後本件参拝と同様の参拝行為を行った場合にこれを事後的に争ったのでは回復し難い重大な損害を被るおそれがあり,予防的不作為訴訟を許容すべき特段の事情があるといえる。

______f 結論

  よって,本件差止請求は,予防的不作為訴訟の要件を満たし,適法であるといえる。

_____(ウ) 不利益排除訴訟の要件該当性(本件違憲確認請求について)

______a 不利益排除訴訟の要件

  本件違憲確認請求は,いわゆる無名抗告訴訟のうち,「不利益排除訴訟」(義務づけ訴訟及び予防的不作為訴訟に含まれない無名抗告訴訟の総称)の類型に属するものである。

 無名抗告訴訟たる不利益排除訴訟が許容される要件については,長野勤評最高裁判決の掲げた要件と同様に考えるべきである。

 したがって,不利益排除訴訟も,
_______@侵害を受ける権利の性質,
_______A侵害の程度,
_______B不利益処分(侵害行為)の確実性及びその内容・性質
などから「回復し難い重大な損害を被るおそれがある等の特段の事情」がある場合には,許容されると解すべきである。

______b 侵害を受ける権利の性質,侵害の程度,不利益処分(侵害行為)の確実性等
 これらの事情については,上記(イ)c及びdと同様である。

______c 特段の事情

 仮に本件差止請求が認められても,本件違憲確認請求が認められなければ,原告らに「回復し難い重大な損害を被るおそれがある等特段の事情」があるといえる。その理由は以下のとおりである。

_______(a) 本件差止請求が認容されるにあたっては,本件参拝が違憲であることが論理的前提になるのであるが,これはあくまでも判決の理由中の判断であって既判力を生じない。

_______(b) 本件訴訟において差止めの対象となる行政庁の処分が,具体的には,「被告内閣総理大臣(小泉純一郎)の靖國神社参拝行為」に限られ,その範囲でしか既判力が生じないということになると,原告らは今後あり得るその時々の内閣総理大臣の靖國神社参拝行為について,そのおそれのある都度,差止請求訴訟を提起しなければならないことになる。しかし,それは,行為の違憲性についての裁判所の判断に既判力がないという一事のために原告らに繰り返し労力を強いるという不利益を課すものに他ならない。また,訴訟提起の時期を逸して,内閣総理大臣が靖國神社参拝を行ってしまい,原告らの信教の自由がみすみす侵される危険を放置することになる。これは,まさに「回復し難い重大な損害を被るおそれがある等特段の事情」というべきである


_______d 結論

 よって,本件違憲確認請求は,不利益排除訴訟の要件を満たし,適法であるといえる。

____イ 被告らの主張

_____(ア) 公権力の行使にあたらないこと(両請求に共通)

  抗告訴訟とは,行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟をいう(行政事件訴訟法3条1項)。したがって,無名抗告訴訟も行政庁の「公権力の行使」に関するものでなければならない。ここにいう「公権力の行使」とは,「行政庁の法令に基づく行為のすべてを意味するものではなく,公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち,その行為によって,直接国民の権利義務を形成しまたはその範囲を確定することが法律上認められているもの」をいう(最高裁判所昭和39年10月29日第一小法廷判決・民集18巻8号1809頁)。それは,法が認めた優越的な地位に基づき,行政庁が法の執行としてする権力的な意思活動であり,行政庁が相手方の意思のいかんにかかわらず,一方的に意思決定をし,その結果につき相手方の受忍を強制しう
るという法律効果をもつ行為を意味するものであり,換言すれば,いわゆる公定力を生ずるような性質の行為である。

 内閣総理大臣が靖國神社に参拝する行為は,法令上の行為ではなく,およそ国民にその結果の受忍を強いる法的効果をもつ行為ではないのであり,「その行為によって,直接国民の権利義務を形成しまたはその範囲を確定することが法律上認められているもの」にあたらない。そのような意味で,単なる事実行為にすぎず,行政事件訴訟法3条1項の「公権力の行使」にあたらないのである。

 このような行為が公権力の行使にあたらないことについては,自衛隊演習場内の土地につき入会権等を有すると主張する者が,その権利侵害に対する救済として,予防的不作為訴訟として同演習場における射撃訓練等の差止めを求めた事案において,最高裁判所昭和62年5月28日第一小法廷判決・行裁集34巻5号781頁が,「本件射撃訓練及び本件立入禁止措置はいずれも抗告訴訟の対象となる公権力の行使に当たる行為に該当しないとして,その差止請求に係る本件訴えをいずれも不適法とした原審の判断は,正当として是認することができ」ると判示するところである。

 なお,原告らは,本件参拝は原告らの法的権利ないし利益を侵害する行為であるから,「公権力の行使」にあたると主張するが,行政庁の行為が国民の権利ないし利益を侵害し,当該国民に損害賠償請求権が生じたとしても,当該行為がそのような権利義務関係を生じさせたというだけのことであり,当然のことながら,上記最高裁判所判決のいう「その行為によって,直接国民の権利義務を形成しまたはその範囲を確定すること」とは,このような権利義務関係が発生する事態をいうものではない。よって,原告らの上記主張は失当である。

_____(イ) 被告国の被告適格について(本件違憲確認請求について)
 
原告らは,被告内閣総理大臣のみならず,被告国に対しても,無名抗告訴訟として本件違憲確認請求をしているが,抗告訴訟は「行政庁」を被告として提起しなければならないものであって(行政事件訴訟法38条1項,11条1項),被告国には本件違憲確認請求における被告適格がない。

___(2) 本件各訴えには,訴えの利益があるか(両請求に共通)。

____ア 原告らの主張

 本件参拝は,次のとおり,原告らの法律上保護された権利ないし利益を侵害するものである。また,本件参拝が違憲であるとの確認判決がなされれば,将来において同様の参拝行為がなされることが予防できるので,原告らの権利ないし利益を守るのに極めて有益である。よって,原告らには本件違憲確認請求について,訴えの利益が認められる。

_____(ア) 原告らの属性について

______a 原告a及び原告bは,いずれも戦没者の遺族である。
 原告c及び原告dは,旧日本軍によって徴兵,徴用又は連行され,その結果,戦死,戦病死した当時の日本臣民の遺族である。
 これらの原告らは,それぞれの宗教ないし思想信条によって戦没者を追悼,祭祀している。

______b 原告は,戦没者の遺族ではないが,靖國神社の信仰と相容れない思想信条を有する者である。

_____(イ) 被侵害利益についての内容

 戦没者が靖國神社に祀られているとの観念を受け入れるか否かを含め,戦没者をどのように追悼するか,あるいは祀るか,祀らないか,またその具体的な死をどう評価するかということは,死者一般に対する肉親の思いと同様あるいはそれ以上に,生き残った者の世界観,信条,人生観,宗教等,人格の根本に触れるデリケートな問題である。

 私人間においてすら,この問題に関して自己の考えや行いを正統として他人に押しつけることは,その他人の自由を侵害する不法行為にあたるので許されない。まして,公権力がこの問題に関する一定の考え方,態度,行動が正統であると吹聴宣伝し,かつ,その吹聴宣伝するところに従って行動し,その絶対な影響力をもって国民の考え方,態度,行動に圧迫・干渉を加え,もって実質的に「正統」を押しつけることが許されるはずがない。

 すなわち,原告らが,本件参拝により侵害されたと主張する法律上保護された権利ないし利益は,「戦没者が靖國神社に祀られているとの観念を受け入れるか否かを含め,戦没者をどのように回顧し祭祀するか,しないかに関して(公権力からの圧迫,干渉を受けずに)自ら決定し,行う権利ないし利益」である。

_____(ウ) 上記(イ)の被侵害利益が法律上保護されるべき根拠

______a 人格的自律権,自己決定権(憲法13条)

 憲法13条は,個人の尊厳を規定した上で,その個人の幸福追求権を保障している。この幸福追求権は,「個人の人格的生存に不可欠な利益を内容とする権利」の総体である。それは,憲法各条が列記する個別的基本権を包括する基本権である。憲法13条と個別的基本権を保障する各条とは一般法と特別法の関係に立っており,個別的基本権によってカバーされていない場合に限って憲法13条が適用される。

 「個人の人格的生存に不可欠な利益を内容とする権利」のうちでも,その対象法益が身体の自由,精神活動の自由,経済活動の自由,適正な手続的処遇を受ける権利,参政権的権利等については,憲法各条の規定によってほぼカバーされている。それゆえ,憲法13条が独自に適用される領域は,上記以外の「個人の人格的生存に不可欠な利益を内容とする権利」,具体的には人格的価値そのものにまつわる権利(名誉とプライバシー)及び人格的自律権(自己決定権)である。

 このうち人格的自律権(自己決定権)とは,個人が「一定の重要な私的事柄について,他から干渉されることなく,自ら決定することができる権利」である。幸福追求権は,「個人の人格的生存に不可欠な利益を内容とする権利」の総体であるから,ここでいう「重要な私的事柄」というのも「個人の人格的生存に不可欠な重要事項」の趣旨である。

 「戦没者が靖國神社に祀られているとの観念を受け入れるか否かを含め,戦没者をどのように回顧し祭祀するか,しないかに関して(公権力からの圧迫,干渉を受けずに)自ら決定し,行う」ことが「個人の人格的生存に不可欠な重要事項」であることは議論の余地がない。したがって,これについて「他から,とりわけ公権力から干渉されることなく自ら決定することができる権利」は,憲法13条によって人格的自律権(自己決定権)として個人に保障された権利である。

______b 思想及び良心の自由,信教の自由(憲法19条,20条1項前段)

 憲法は,19条において思想及び良心の自由を,20条1項前段において信教の自由を保障している。これらの権利は,幸福追求権の内実である人格的利益のうち,精神活動の自由を対象法益とするものである。

 思想及び良心の自由,信教の自由の規定は,個人が公権力の侵害,干渉を受けることなく,その思想及び良心ないし信仰を選択し,保持し,変更することの自由を保障するものである。公権力が特定の思想ないし信仰を理由に不利益を課したり,特定の思想ないし信仰を強制したりすることが許されないことはいうまでもない。公権力が特定の思想ないし信仰を勧奨することも,事実上強制的な働きをする場合が多いので,思想及び良心の自由ないし信教の自由の保障に反する。

 「戦没者が靖國神社に祀られているとの観念を受け入れるか否かを含め,戦没者をどのように回顧し祭祀するか,しないかに関して(公権力からの圧迫,干渉を受けずに)自ら決定し,行う」ことは,まさに,ものの見方,考え方,信仰内容に関わる作用である。したがって,これについて「他から,とりわけ公権力から干渉されることなく,自ら決定することができる権利」は,憲法19条,20条1項前段によって思想及び良心の自由,信教の自由として個人に保障された権利である。

______c 宗教教育その他の宗教活動からの自由(憲法20条3項)

_______(a) 政教分離原則について

 憲法20条3項は,「国及びその機関は,宗教教育その他いかなる宗教活動もしてはならない。」と規定している。同規定は,政教分離の原則を定めたものであるが,この政教分離については,これを制度的保障とする説と人権規定とする説がある。しかし,制度的保障か人権規定かを峻別することに解釈上どれだけの実践的意味があるかは甚だ疑問である。むしろ,政教分離原則は,制度的保障であるとともに人権規定でもあると解するのが相当である。

 信教の自由は,思想及び良心の自由と共通の性格を持つが,信教の自由には,思想及び良心の自由にはない独自の内容が含まれる。それが政教分離原則である。すなわち,信教の自由と政教分離を一つの総体として捉え,日本国憲法における信教の自由に関する各条項は,狭義の信教の自由(信仰の自由)と広義の信教の自由(政教分離)を内容とするものであり,両者は保障の角度を異にするだけであって,両者とも信教の自由を間接的にではなく,直接に保障するものと解される。狭義の信仰の自由は,強制,抑圧,禁止による侵害からの保障の役割を持ち,広義の信教の自由(政教分離)は,国家的関与(宗教的活動の主体となること,宗教的活動・行為への参加・賛助,宗教団体に対する特権・援助の付与)による侵害からの保障の役割を果たすのである。

_______(b) 憲法20条3項の人権規定としての内容

 憲法20条3項は,国民に対する国及びその機関の宗教教育その他の宗教活動を具体的に禁止しているのであり,そうである以上,国民には宗教教育その他の宗教活動からの自由が保障されているものと考えるべきである。

 ここで,「その他の宗教活動」とは,宗教教育に等しいような宗教の普及宣伝,布教等個人の内心に対する積極的な働きかけを伴う一切の活動をいう。
 ところで,小泉をはじめ被告国の関係者は,「戦没者慰霊の中心的施設は靖國神社だ。」という宗教法人靖國神社の中核的教義を繰り返し口にし,これを理由に反復して参拝することによって,小泉,被告内閣総理大臣及び被告国による宗教法人靖國神社の中核的教義ひいては靖國神社そのものに対する支持を明白にし,同教義ひいては靖國神社を広く国民に受け入れさせようとしてきた。

 このように,本件参拝という宗教活動は,「戦没者慰霊の中心的施設は靖國神社だ。」という宗教法人靖國神社の中核的教義ないし靖國神社そのものの国家的布教宣伝活動を行ったことに他ならない。憲法20条3項は,まさにこのような国及びその機関の布教宣伝活動を禁止し,その楯の反面として,国民のこのような布教宣伝活動からの自由を保障したものである。

 そうであるとすれば,国及びその機関から布教宣伝を受けず,「戦没者が靖國神社に祀られているとの観念を受け入れるか否かを含め,戦没者をどのように回顧し祭祀するか,しないかに関して(公権力からの圧迫,干渉を受けずに)自ら決定し,行う」ことは,憲法20条3項によって保障された権利である。

______d 信教の自由の現代的展開

_______(a) 宗教の私事性

  憲法の定める政教分離原則は,国家の宗教的中立性と世俗性という要素からなっており,宗教の私事性が要請される。また,憲法は,個人の尊厳を基調とし,信教の自由に手厚い保護を与えているから,そこでは宗教が私事として尊重されていると解される。

 宗教が多元化し,ますます私的事項,個人的事項のものとなりつつあることから,宗教の私事性についてはより重視されてしかるべきである。

 宗教の私事性の重視は,プライバシーの権利と親和性を持つ。プライバシーの権利は,単に知られたくない権利から,私生活の自由あるいはライフスタイルの自由,さらにはどのように生きるかという自己決定権へとその内容を広げてきた。宗教の私事性の重視は,プライバシーの権利と親和性を持つことから,プライバシーの権利と密接な関係を持ちつつ,下記(b)で述べるとおり,信教の自由の概念もその内容を広げてきた。

_______(b) 信教の自由の概念の拡大傾向

  最高裁判所は,殉職自衛官を県護国神社に合祀したことが遺族の宗教上の人格権を侵害するとして国等に損害賠償を求めた事案において,事実関係を私人間の関係と認定した上で,私人間では相互の宗教上の感情について寛容であることが要請されており,したがって,宗教上の感情は法的救済を求めることのできる法的利益とは認められないと判示した(最高裁判所昭和63年6月1日大法廷判決・民集42巻5号277頁,以下「自衛官合祀最高裁判決」という。)。

  ところが,この判決以降,プライバシー権の理論の発展を受けて,判決例は「宗教的感情の保護」に向けて進み出している。すなわち,遺族感情の保護の観点から,遺骨の無断合葬処分を不法行為と認定した判決(横浜地方裁判所平成7年4月3日判決・いわゆる骨壺事件)や告別式の静謐を侵害する行為が不法行為にあたる可能性があると判断した判決(大阪地方裁判所平成元年12月27日・いわゆるエイズ・プライバシー事件)が出された。これらは,私人間の問題であったが,遺族の感情が法的利益とされた。

 また,最高裁判所においては,「エホバの証人」の信者がその教義を守って剣道実技を拒否し,あるいは輸血を拒否するのに,公権力が協力を図らなければならないとの趣旨の判決が出された(最高裁判所平成8年3月8日第二小法廷判決・民集50巻3号469頁・いわゆる神戸高専事件,最高裁判所平成12年2月29日第三小法廷判決・民集54巻2号582頁・いわゆる東大医科研附属病院輸血事件)。これらは,いずれも狭義の信教の自由の枠を超える事例として注目に値する。すなわち,いずれの事件も公権力が「エホバの証人」の信仰をやめるように強制したわけではない。しかし,剣道実技を拒否した信者を退学処分としたり,輸血についての事前の説明を十分にしなかったという行為が,事実上,信者の自分の宗教に根ざした生き方に圧力
を加える行為と評価されたのである。つまり,最高裁判所が,信教の自由の伝統的なレベルを超えて,その拡充拡大の方向へ一定の理解を示した事例といえるのである。

_______(c) 公権力から保護されるべき感情の判断基準

  宗教の私事性が深化する中で,「宗教」の定義自体が多様化し,宗教的プライバシー権の尊重という観点からすれば,宗教に準ずべき確固たる信念も公権力から守られるべきものと解釈することが可能である。
 そして,宗教者であれば,宗教的教義の中に位置づけられており,かつ,その教義に従って信仰生活を現に送っている場合には,その信仰による感情も法的に保護されるべきである。また,非宗教者であれば,「その人の生き方に関わる魂の問題」,「状況に応じて変わるような相対的なものではなく,絶対的な究極的な価値にかかわるという場合」であれば,その感情も尊重に値するものとして,法的に保護すべきである。

_____(エ) 遺族である原告らに対する侵害

______a 戦没者の遺族である原告a,原告b,原告c及び原告dにとっては,その親族が日本の戦争により命を奪われた一方で,生きながらえた自分がいるという重い事実が自己の存在の基底をなしており,それらが個人としての生き方に大きくかかわってきた。
 この不条理な事実を咀嚼し,生き続ける意思を汲み上げるために,遺族原告らに対して,「戦没者が靖國神社に祀られているとの観念を受け入れるか否かを含め,戦没者をどのように回顧し祭祀するか,しないかに関して(公権力からの圧迫,干渉を受けずに)自ら決定し,行う権利ないし利益」が保障されなければならない。

______b 原告c及び原告d

 原告c及び原告dの親族は,植民地宗主国であった日本の戦争に駆り出され,日本のために命を落とすことを余儀なくされた被害者であり,決して日本の天皇のために忠誠を誓って志願したのではない。原告c及び原告dは,「日本の国家のために戦死した者」を祀ることを趣旨として存続している靖國神社において,肉親戦没者が加害者である戦犯と同列に英霊として合祀されていることに対し,筆舌に尽くし難い精神的苦痛を感じている。

 本件参拝は,小泉の前後の発言と相まって,原告c及び原告dの肉親戦没者を思う心の中に土足で踏み込み,彼らの親族をこともあろうに加害者である「日本の国を守った英霊」として意味付けたことに他ならない。この行為は,肉親戦没者を加害者である「日本の国を守った英霊」とは考えていない原告c及び原告dの信仰や思想の中核に挑戦し,これを捨てるよう強制するものといえる。よって,原告c及び原告dは,本件参拝により,「戦没者が靖國神社に祀られているとの観念を受け入れるか否かを含め,戦没者をどのように回顧し祭祀するか,しないかに関して,自ら決定し,行う権利ないし利益」を侵害されたといえる。

______c 原告a及び原告bについて

 戦没した当時,日本人兵士は,大日本帝国憲法下での被告国の誤った政策の「犠牲者」であったと同時に,戦場となったアジア諸国の民衆にとっては,その生活を破壊し,数千万人もの命を奪った「加害者」であった。原告a及び原告bは,長年の思索を経て,そのような信仰内容,思想信条を抱くに至っている。

 その意味で,原告a及び原告bは,戦没者の死を今も痛恨の思いで深く悼み続けているが,決して被告国自身から,あるいはその代表者である内閣総理大臣から,敬意や感謝を捧げられるべきものとは考えていない。

 しかるに,本件参拝は,小泉の前後の発言と相まって,原告a及び原告bの肉親戦没者を思う心の中に土足で踏み込み,彼らの親族を敬意や感謝を捧げられるべき「英霊」として意味付けたことに他ならない。この行為は,肉親戦没者を敬意や感謝を捧げられるべき「英霊」とは考えていない原告a及び原告bの信仰や思想の中核に挑戦し,これを捨てるよう強制するものといえる。

 したがって,原告a及び原告bは,本件参拝によって,「戦没者が靖國神社に祀られているとの観念を受け入れるか否かを含め,戦没者をどのように回顧し祭祀するか,しないかに関して,自ら決定し,行う権利ないし利益」を侵害されたといえる。

_____(オ) 遺族ではない原告に対する侵害

 戦没者の遺族ではない原告eに対しても,「戦没者が靖國神社に祀られているとの観念を受け入れるか否かを含め,戦没者をどのように回顧し祭祀するか,しないかに関して(公権力からの圧迫,干渉を受けずに)自ら決定し,行う権利ないし利益」が保障されなければならない。

 原告e実は,国家の命令は決して「殺すな」という普遍的道徳律を解除するものとは考えていないし,国家に命令されれば,「殺す」ことも許され,英雄的行為となるというような考え方はできない。

 しかるに,小泉が戦没者に対して敬意を表するのは当然と言い切って本件参拝を断行したことにより,戦没者を英霊として慰霊・顕彰する宗教法人靖國神社の特殊な信仰,思想を援助,助長,促進した。この行為は,戦没者を敬意や感謝を捧げられるべき「英霊」とは考えていない原告eの信仰や思想の核心に挑戦し,これを捨てるように強制するものといえる。

 よって,原告eは,本件参拝により,「戦没者が靖國神社に祀られているとの観念を受け入れるか否かを含め,戦没者をどのように回顧し祭祀するか,しないかに関して,自ら決定し,行う権利ないし利益」を侵害されたといえる。

_____(カ) 本件参拝が原告らに向けられた行為か否か

 本件参拝は,一見,原告らに対して直接向けられていないようにも見える。しかし,実態として,内閣総理大臣が靖國神社を参拝すれば,それがニュースとなってテレビ,ラジオ,新聞等を騒がせるのであって,この影響力の強さを「直接の関係がない」と言って済ますことはできない。この実態に関しては,内閣総理大臣が靖國神社を参拝することは,宗教法人靖國神社及びそこに祭られた祭神に対して,国家が肯定的意味付けをしてこれをマスコミ等を通じて原告らに向けたと理解すべきである。

_____(キ) 本件参拝と「強制」について

 原告らは,本件参拝により,自己の信仰や思想の中核を捨てるように強制されたものであるが,ここでいう「強制」の具体的内容については,次のとおり考えるべきである。

 信教の自由や思想及び良心の自由といった精神的自由権が侵害されたというためには,そこに何らかの「強制」の要素が必要であるとするのが通説とされている。しかし,江戸幕府の「宗門改め」や「踏み絵」,戦前及び戦中の拷問や虐殺,治安維持法の成立以降の苛烈な思想・宗教弾圧,転向強制など,権力による明らかな強制,物理的強制は,日本国憲法下においては姿を消したといってよい。したがって,信教の自由に対する侵害を物理的強制があった場合に限るならば,憲法20条1項前段の「信教の自由は,何人に対してもこれを保障する。」との規定はほとんどその機能を果たさなくなるだろう。ここに「強制」の今日的意義を検討する必要がある。

 そこで,本件参拝をはじめとする政治権力の支えによって,靖國神社は他の神社とは別格の神社であるとして,靖國神社の宗旨を批判することを差し控え自粛する「世間全般の雰囲気」が粛々と作られているという現実に注目する必要がある。横並び意識の中で自分だけは突出していると見られたくないという「世間全般の雰囲気」は,ときに「自粛」を作り出すことがある。「世間全般の雰囲気」の中での「自粛」は,あからさまな強制ではないが,「自粛」という仮面をかぶった強制に他ならない。

 そして,原告らは,本件参拝をはじめとする政治権力の支えによって作られた「世間全般の雰囲気」によって,靖國神社の宗旨を批判することを差し控え自粛せざるを得ない状態にあったので,ここに原告らの信仰や思想に対する「強制」の要素を見てとることができる。

____イ 被告らの主張

 原告らが主張する権利ないし利益は,次のとおり,法的利益とはいえない上,本件参拝行為あるいは内閣総理大臣による靖國神社参拝は,原告らに対して,権利を制限し,又は義務を負わせる性質のものではなく,また,原告らの権利ないし利益を侵害するものでもない。したがって,本件各訴えは,訴えの利益を欠き,不適法である。

_____(ア) 法的権利とはいえないこと

  原告らが主張する「戦没者が靖國神社に祀られているとの観念を受け入れるか否かを含め,戦没者をどのように回顧し祭祀するか,しないかに関して(公権力からの圧迫,干渉を受けずに)自ら決定し,行う権利ないし利益」なるものは,保障される権利ないし利益の内容が不明確であり,いかなる行為によってどのような状態に至った場合にその権利ないし利益が侵害されたことになるのかも不明であるので,法律上保護された権利ないし利益とはいえない。

 自衛官合祀最高裁判決も,「人が自己の信仰生活の静謐を他者の宗教上の行為によって害されたとし,そのことに不快の感情を持ち,そのようなことがないよう望むことのあるのは,その心情として当然であるとしても,かかる宗教上の感情を被侵害利益として,直ちに損害賠償を請求し,又は差止めを請求するなどの法的救済を求めることができるとするならば,かえって相手方の信教の自由を妨げる結果となるに至ることは見易いところである。信教の自由の保障は,何人も自己の信仰と相容れない信仰をもつ者の信仰に基づく行為に対して,それが強制や不利益の付与を伴うことにより自己の信教の自由を妨害するものでない限り寛容であることを要請しているものというべきである。このことは死去した配偶者の追慕,慰霊等に関する場合においても同様である。
何人かをその信仰の対象とし,あるいは自己の信仰する宗教により何人かを追慕し,その魂の安らぎを求めるなどの宗教的行為をする自由は,誰にでも保障されているからである。原審が宗教上の人格権であるとする静謐な宗教的環境の下で信仰生活を送るべき利益なるものは,これを直ちに法的利益として認めることができない性質のものである。」と判示して,いわゆる宗教的人格権が法的利益であることを否定している(同旨の裁判例として大阪高等裁判所平成5年3月15日判決,大阪高等裁判所平成4年7月30日判決,福岡高等裁判所平成4年2月28日判決〈以下,それぞれ「大阪高裁平成5年判決」,「大阪高裁平成4年判決」,「福岡高裁平成4年判決」という。〉がある。)。

_____(イ) 憲法上の根拠

  原告らは,憲法20条3項によって上記権利ないし利益が保障されていると主張するが,同条項は,政教分離の原則という制度的保障を定めたものであり,人権規定ではないから,憲法20条3項が原告らの主張する被侵害利益の根拠とならないことは明らかである。

 すなわち,最高裁判所(最高裁判所昭和52年7月13日大法廷判決・民集31巻4号533頁,以下「津地鎮祭最高裁判決」という。)は,「元来,政教分離規定は,制度的保障の規定であって,信教の自由そのものを直接保障するものではなく,国家と宗教との分離を制度として保障することにより,間接的に信教の自由を保障しようとするものである。」との立場をとっている(同旨の判例として,自衛官合祀最高裁判決,愛媛玉串料最高裁判決等がある。)。

 したがって,原告らが主張する上記被侵害利益を憲法20条3項から導くことはできないというべきである。

_____(ウ) 本件参拝により原告らの権利が侵害されたか否か

______a 信教の自由の保障は,国家から公権力によってその自由を制限されることなく,また,不利益を課せられないとの意味を有するものであり,国家によって信教の自由が侵害されたというためには,少なくとも国家による信教を理由とする不利益な取扱い又は強制・制止の存在することが必要と解されている。
 自衛官合祀最高裁判決は,「信教の自由の保障は,何人も自己の信仰と相容れない信仰をもつ者の信仰に基づく行為に対して,それが強制や不利益の付与を伴うことにより自己の信教の自由を妨害するものではない限り寛容であることを要請しているものというべきである。」とした上,「被上告人が県護国神社の宗教行事への参加を強制されたことのないことは,原審の確定するところであり,またその不参加により不利益を受けた事実,そのキリスト教信仰及びその信仰に基づき孝文を記念し追悼することに対し,禁止又は制限はもちろんのこと,圧迫又は干渉が加えられた事実については,被上告人において何ら主張するところがない。(中略)してみれば,被上告人の法的利益は何ら侵害されていないというべきである。」旨判示した。

 大阪高裁平成5年判決も,「信教の自由に対する侵害があったといえるためには,私人に対して,直接,右信教の自由に対する強制的干渉が行われたことを必要とするものと解される。」と判示し,「(当時の)中曽根首相の行った本件公式参拝は,靖國神社に対する信仰を否定する控訴人らにとって不快感,憤りないし危惧の念を生ぜしめるものであったことは前記認定のとおりであるが,これらは,本件公式参拝の間接的・反射的効果であって,これをもって,本件公式参拝が控訴人らに対し,直接,その宗教的信条に強制的干渉を行い,控訴人らの信教の自由を侵害するものとはいえない。」とした(同旨の裁判例として,福岡高裁平成4年判決,大阪高裁平成4年判決等がある。)。

______b 本件参拝は,原告らの信教を理由として,原告らを不利益に扱ったり,原告らに特定の宗教を信仰することを強制したり,あるいは原告らの信仰する宗教を妨げたりするものではないから,原告らの信教の自由を侵害するものではないことは明らかである。

___(3) 本件参拝が憲法20条3項所定の宗教的活動にあたって違憲といえるか否か(両請求に共通)。

____ア 原告らの主張
 
本件参拝は,次の理由から,小泉が内閣総理大臣として行った公的参拝であり,憲法20条3項所定の宗教的活動にあたり,違憲である。

_____(ア) 宗教法人靖國神社の宗教団体性

______a 宗教法人靖國神社の設立目的等

  宗教法人靖國神社は,宗教法人法に基づき,東京都知事の認証を受けて設立された宗教法人であって,宗教の教義や宗教施設である靖國神社等の施設を備え,神道儀式に則った祭祀を行う宗教団体であり,神道の教義をひろめ,儀式行事を行い,また信者を教化育成することを主たる目的とする神社である。

______b 国民統合の宗教施設・軍事施設

  靖國神社は,国家機関として,明治初期から太平洋戦争の敗戦に至るまでの七十数年にわたって,国家神道体制の中核に位置した。「神聖不可侵」,「現人神」天皇制のもと,「天皇のために」戦没死,戦病死した人を「英霊」として祭祀・顕彰し,軍国主義の精神的支柱としての役割を果たしてきた。
 戦前の日本の軍国主義は,軍部の専横のみで独り成立し得たのではなく,独善と覇権の思想,天皇制国家神道のもとで培われた忠臣愛国,滅私奉公等,近代の「自我」を排する当時の国民の道徳観,世界観がその生成に大きな力を与えている。

 しかし,このような国民の道徳観,世界観は,決して国民の側から自発的に生まれたものではなく,学校を布教所とし,教育勅語を教典とする徹底した皇民化教育,すなわち国家神道の宗教教育によって国家が国民に強制したものである。これら皇民化政策は,日本の植民地支配によって「帝国臣民」とされた植民地人民に対しては,異民族性を徹底的に解体するなど熾烈を極めたものであった。これを明確な死生観,宗教観念によって支えたのが「天皇のために」戦死すれば神として祀る靖國神社であった。

 戦没者の霊は,国家と靖國神社により,一方的に,遺族に何の断りもなく,靖國神社に合祀され,「英霊」として扱われた。それによって累々と続く戦死が正当化され,美化された。靖國神社は,戦闘意欲旺盛な「帝国臣民」を無限に生み出す宗教的,思想的装置であった。

 国家は,戦争に駆り出された兵士に対し,戦死が「犬死に」であるとの疑念を挟ませず,その怨念を周到にも生前から鎮めるために,皇国史観を教育し,靖國神社に祀られることがあたかも栄誉であるかのような意識を「帝国臣民」に植え付け,靖國信仰を強制していった。

 このように,靖國神社は,軍国主義日本の象徴であり,植民地人民も含めて「帝国臣民」を戦争に向けて統合する精神的装置として,まさに「軍事施設」であった。靖國神社は,政治と宗教が結合したときの恐ろしさを如実に示している。

______c 戦後も変わらぬ靖國神社の本質

  靖國神社は,戦後,国家管理から離れ,単立の一宗教法人として存続する途を選んだ(宗教法人靖國神社の成立)。国家とのつながりはなくなったが,戦没者を「英霊」として慰霊・顕彰することにより戦死を他の死(例えば空襲などによる戦災死)と峻別し,戦死を尊いものとして褒めたたえるその教義や宗教施設としての本質は戦前のそれと何ら変わっていない。

 民間の一宗教法人となったものの,宗教法人靖國神社は,戦後も引き続き国家から特権を受けてきた。厚生省(現厚生労働省)が靖國神社に祀る戦没者の名簿を作成して交付し,宗教法人靖國神社がこの名簿により新たな祭神を霊璽簿に書き加え,合祀してきたのである。祭神として祀るべき戦没者の選択は,靖國神社の教義と礼拝行為の中核的作業である。宗教法人靖國神社の宗教行為は,国家の特別の便宜供与によって成り立ってきたのである。

 また,宗教法人靖國神社は,内閣総理大臣の公式参拝を求めているだけでなく,天皇の「御親拝」の復活をも悲願としている。宗教法人靖國神社が国家機関による参拝を求めるのは,まさに憲法20条1項後段が定める「いかなる宗教団体も国家から特権を受けてはならない」との規定に明らかに反する。この姿勢は,宗教法人靖國神社の時代錯誤と憲法感覚の欠如を示すものである。
 宗教法人靖國神社には,わが国の戦争,とりわけわが国のみならず中国,朝鮮半島をはじめアジア諸国に惨禍をもたらした侵略戦争に対する反省の態度は微塵も見られない。また,宗教法人靖國神社が合祀する戦没者の遺族が幾人も,自己の親族が靖國神社に合祀され「英霊」とされていることに怒りを覚え,合祀取消しを要求してきたが,宗教法人靖國神社はこれに応じていない。

_____(イ) 本件参拝の宗教行為性
 
靖國神社の本殿には,礼拝の対象である祭神が奉斎されている。靖國神社の祭神は,原告らの親族を含む戦没者の霊である。
 小泉は,上記2(2)アのとおり,本件参拝に際し,靖國神社本殿に昇殿し,戦没者の霊を祀った祭壇に黙祷した後,深く一礼を行ったが,宗教法人の宗教施設において,その祭神に拝礼することは,典型的な宗教行為であり,社会通念に照らしても,これが宗教行為に該当することは明らかである。

_____(ウ) 内閣総理大臣としての本件参拝

______a 本件参拝の態様

  小泉は,本件参拝に際して,上記2(2)ア及びイのとおり,秘書官を同行させ,公用車を用いて靖國神社に向かい,「内閣総理大臣小泉純一郎」と記帳し,「献花内閣総理大臣小泉純一郎」との名札を付けて献花した。また,小泉は,本件参拝の際,私人や一般参拝者では通行できず,過去に天皇が通行した通路を通って本殿に入った。これらの参拝の態様からして,小泉が内閣総理大臣としての立場で本件参拝をしたというほかない。

______b 小泉の発言

_______(a) 本件参拝前

 小泉は,本件参拝が純粋に私的なものであることを明確にしたことは一度もなく,かえって本件参拝の前には「首相になったら靖國神社の公式参拝を行う」(平成13年4月16日の日本遺族会及び軍人恩給連盟の幹部に対する発言),「首相に就任したら,8月15日の戦没者慰霊祭の日にいかなる批判があろうと必ず参拝する。」(平成13年4月18日の自民党総裁選挙討論会での発言),「靖國神社の公式参拝は日本人の原点だ。日本のために犠牲になった人のために参拝する。」(自民党総裁選挙中の公約),「戦争の犠牲者への敬意と感謝を捧げるために,靖國神社にも内閣総理大臣として参拝するつもりだ。」,「よそから言われてなぜ中止しなければならないのか分からない。首相には私生活はないともいえ,公式,非公式の議論は理解でき
ない。」(平成13年5月14日の衆議院予算委員会での答弁)等の発言を繰り返し,内閣総理大臣として参拝する姿勢を終始明確にしてきた。これらの発言から,国民の誰もが,小泉の靖國神社参拝は当然内閣総理大臣として行うものであると受け止めていた。

 なお,日本遺族会副会長は,小泉の上記公約を受けて,平成13年4月27日,「自民党総裁選挙では靖國神社参拝が争点となった。小泉さんが『絶対(公式参拝を)やる。遺族会にも伝えてほしい。』と電話をかけてきた。小泉さんなら勇気をもってやってくれる。」と発言していた。

 また,福田康夫内閣官房長官は,本件参拝の直前に,靖國神社参拝の実施日を8月15日から同月13日に変更した理由等について,「総理として一旦行った発言を撤回することは,慙愧の念に堪えません。しかしながら,靖國参拝に対する私の持論は持論としても,現在の私は,幅広い国益を踏まえ,一身を投げ出して内閣総理大臣としての職責を果たし,諸課題の解決にあたらなければならない立場にあります。私は,状況が許せば,できるだけ早い機会に,中国や韓国の要路の方々と膝を交えてアジア,太平洋の未来の平和と発展についての意見を交換するとともに,先に述べたような私の信念についてもお話ししたいと思います。」という内容の「首相談話」を読み上げた。
_______(b) 本件参拝後
小泉は,本件参拝の後には「公式かどうか。私はこだわりません。総理大臣である小泉純一郎が心をこめて参拝した。それだけです。」との発言をして公式参拝であることを否定しなかった。

 小泉は,平成15年1月23日の衆議院予算委員会において,「私は,確かに約束は致しました。しかし,私の最大の国民に対する約束は行財政改革ですから,そういう改革の中でこういうことを言ったのも事実であります。靖國神社に対しては,8月15日に行けなかったのは残念でありますが,それぞれ中国,韓国の立場も考えて,13日に参拝しました。(中略)私は,靖國神社は,総理大臣である小泉純一郎が参拝して悪いと思っていません。」と答弁し,首相に就任したら,内閣総理大臣として靖國神社に参拝することを公約した事実を明確にした。

_______(c) 小泉は,「本件参拝はプライバシーの問題だ。」とか,「私的なものだ。」と明言したことは一度もない。

______c 私的参拝とはいえないこと

  被告らは,本件参拝が内閣総理大臣の資格で行われたものではないと主張するが,本件参拝が小泉の個人としての行為(私的参拝)であるならば,小泉は,自民党総裁選挙以来,靖國神社参拝をことさら強調し,これを公約とする必要も,首相就任後の国会で「首相として参拝する」と明言する必要もなかったはずである。小泉の個人としての行為であるならば,好きな日に自分でそっと行けば済むことであり,ことさら「8月15日の戦没者慰霊祭の日にいかなる批判があろうと必ず参拝する」と力説する必要もないし,参拝を予定していた8月15日を同月13日に変更するのも勝手であり,13日に変更した理由についてわざわざ内閣官房長官に「首相談話」を代読させて弁解する必要もないし,その変更について「総理として一旦行った発言を撤回
することは,慙愧の念に堪えません。」などと大げさな感慨を国民に述べる必要もない。予定を2日早めたことについて,わざわざ「首相談話」を出して弁解したこと自体,本件参拝が内閣総理大臣の職務としてなされたことを雄弁に物語っている。

______d 小括

 これらのことからすれば,本件参拝が内閣総理大臣として行われたものであることは明らかである。

_____(エ) 小泉の靖國神社への強いこだわり

______a 小泉は,自民党総裁選挙中から,内閣総理大臣就任後は終戦記念日に靖國神社へ参拝することを明言してこれに固執し,再考を促す自民党内部からの意見にも,野党の批判にも,韓国,中国からの中止要請にも耳を傾けようとしなかった。

 また,小泉は,戦没者の追悼のための儀式として「終戦記念日に行われる政府主催の全国戦没者追悼式が不十分だと思ったことはない。」と発言し,現に本件参拝後,平成13年8月15日の全国戦没者追悼式に出席していたにもかかわらず,「戦没者にお参りすることが宗教的活動と言われればそれまでだが,靖國神社に参拝することが憲法違反だとは思わない。」,「宗教的活動であるからいいとか悪いとかいうことではない。A級戦犯が祀られているからいけない,ともならない。私は戦没者に心からの敬意と感謝をささげるために参拝する。」(平成13年5月14日の衆議院予算委員会での答弁),「戦没者慰霊の中心施設は,靖國神社だという人が多い。」(平成13年6月20日の党首討論での発言)と発言し,靖國神社参拝に強くこだわった


______b 小泉は,上記2(3)のとおり,平成14年4月21日の春季例大祭の初日に靖國神社に参拝した際,午前8時30分ころに靖國神社に到着したが,「不意打ち参拝」であったため,報道陣が間に合わず,マスコミの取材を受けるため靖國神社で約1時間待って,午前9時40分ころに参拝した。この事実だけでも,春季例大祭の参拝が単なる私的参拝ではないことが明らかである。

 小泉は,この参拝後,「私の参拝の目的は,明治維新以来のわが国の歴史において,心ならずも家族を残し,国のために命を捧げられた方々全体に対して,衷心から追悼を行うことであります。(中略)国のために尊い犠牲となった方々に対する追悼の対象として,長きにわたって多くの国民の間で中心的な施設となっている靖國神社に対して追悼の誠を捧げることは自然なことであると考えます。」との「所感」を発表し,改めて靖國神社が「戦没者慰霊の中心施設」であることを認めた。

______c 小泉は,上記2(4)のとおり,平成15年1月14日,首相就任後三度目となる靖國神社参拝を行った。

 平成14年7月13日に靖國神社の附属施設である遊就館(日本で最初の戦争博物館)が新装開館した。この遊就館は,明治15年に「御祭神の奉慰と道徳を欣仰するため」に開館し,戦争観を中心に近代日本の歴史についての靖國神社のイデオロギーを最も鮮明に伝えている。したがって,小泉の三度目の参拝は,遊就館の発するイデオロギーを公的に認めたことになる。

______d このように,戦没者の追悼のための儀式としては政府主催の全国戦没者追悼式があるにもかかわらず,小泉が首相就任後三度も靖國神社に参拝したということは,小泉が靖國神社参拝に対する強いこだわりの意思を持っているということができる。

_____(オ) 本件参拝の影響

 死はいかなる意味でも賛美されてはならない。これは憲法が定める「個人の尊厳」の当然の帰結である。「国家のために」死ぬこと,まして「天皇のために」死ぬことを賛美するのは,憲法が定立する近代の「個」を自覚し,自立し,自律する市民に対する冒涜であり,まことに恥ずべきことである。
 小泉は,「戦没者に対する敬意と哀悼の念をささげる。」,「二度と戦争を起こしてはならないという気持ち」からと言って本件参拝の目的を説明したが,戦死を賛美してやまない靖國神社はその目的に最もふさわしくない場所である。
 本件参拝は,後述するとおり,憲法の定める政教分離原則に明らかに反し,かつ靖國神社に合祀されたA級戦犯に「敬意」を表したことに帰結する。それは,憲法の平和主義を単なる画餅におとしめ,かつ,アジア諸国民との善隣友好を現実に危うくする。実際,本件参拝は,中国,韓国をはじめ太平洋戦争で甚大な被害を受けたアジア諸国から多くの反発を招いた。

_____(カ) 憲法20条3項の宗教的活動にあたるか否か

______a 本件参拝は,上記(ウ)のとおり内閣総理大臣として行われたものであるから,憲法20条3項の「国及びその機関」の活動にあたるといえるし,上記(イ)のとおり宗教行為というほかなく,また,後述のとおり宗教とのかかわり合いが相当とされる限度を超えるものといえるので,同条項の「宗教的活動」に該当するといえる。

______b 憲法20条3項の宗教的活動とは,最高裁判所の判例(津地鎮祭最高裁判決など)によれば,国及びその機関の活動で宗教とのかかわり合いをもつ行為のうち,それぞれの国の社会的・文化的諸条件に照らし相当とされる限度を超えるものに限られ,当該行為の目的が宗教的意義をもち,その効果が宗教に対する援助,助長,促進又は圧迫,干渉等になるような行為をいうものとされている。
 そして,愛媛県知事が靖國神社の例大祭,慰霊大祭に際し,毎年玉串料を支出していた事案において,最高裁判所は,「県が特定の宗教団体の挙行する同種の儀式に対して同様の支出をしたという事実がうかがわれないのであって,県が特定の宗教団体との間にのみ意識的に特別のかかわり合いを持ったことを否定することができない。これらのことからすれば,地方公共団体が特定の宗教団体に対してのみ本件のような形で特別のかかわり合いを持つことは,一般人に対して,県が当該特定の宗教団体を特別に支援しており,それらの宗教団体が他の宗教団体とは異なる特別のものであるとの印象を与え,特定の宗教への関心を呼び起こすものといわざるを得ない。」として,憲法20条3項,89条に違反すると判示した(愛媛玉串料最高裁判決)。

 愛媛玉串料最高裁判決では,「戦没者の慰霊及び遺族の慰謝ということ自体は,本件のように特定の宗教との特別のかかわり合いを持つ形でなくてもこれを行うことができると考えられる。」と指摘されている。

______c 戦没者慰霊のための行事としては政府主催の全国戦没者追悼式が毎年実施されており,戦没者の慰霊及び遺族の慰謝ということ自体は,愛媛玉串料最高裁判決が指摘するように特定の宗教との特別のかかわり合いを持つ形でなくてもこれを行うことができるのであって,あえて内閣総理大臣として靖國神社参拝をしなければならない理由はない。

______d 戦没者慰霊のための方法として全国戦没者追悼式が実施されているにもかかわらず,小泉は,上記(エ)のとおり,靖國神社参拝に強くこだわりこれを断行した。このような小泉の靖國神社参拝に対する強いこだわりの姿勢からして,本件参拝により被告国が靖國神社との間でのみ意識的に特別のかかわり合いを持ったものといわざるを得ない。

______e 小泉は,本件参拝後,記者会見に応じ,首相談話まで発表したことから,本件参拝は,一層国内外の耳目を集めた。

 宗教法人靖國神社も,自ら発行する「國」の一面で「ふだん意識的に國神社に対する報道を避けて来た嫌いのあるマスコミ各社が今回ばかりは一斉に取り上げ,首相参拝の是非論のみならず,國神社創建以来の歴史にまで遡って解説する特集記事や特別番組等が競って組まれた。こうした影響を受けてか國神社への国民の関心も日に日に高まり,当神社のインターネットホームページへのアクセス件数も六月が一万四千件,七月が四万八千件,八月には十九万三千件に急増した。」と報じている。

 このように,本件参拝は,一般人に対して,特定の神社である靖國神社への関心を呼び起こすのに絶大な効果をもたらしたのである。これが靖國神社の宗教への援助,助長,促進の作用を及ぼすものであることは明らかである。

 なお,玉串料の支出という現場に出向かない行為ですら,一般人に対して,県が当該特定の宗教団体を特別に支援しており,それらの宗教団体が他の宗教団体とは異なる特別のものであるとの印象を与え,特定の宗教への関心を呼び起こすものといわざるを得ないとされており(愛媛玉串料最高裁判決),これとの比較からすれば,小泉が被告国を代表して内閣総理大臣として靖國神社に参拝するという形で特別のかかわり合いを持つことは,なおさら,一般人に対して,被告国が宗教法人靖國神社を特別に支援しており,宗教法人靖國神社が他の宗教団体とは異なる特別のものであるとの印象を与え,靖國神社という特定の宗教への関心を呼び起こすものといわざるを得ない。

______f 以上のことからすれば,本件参拝は,愛媛玉串料最高裁判決が県の玉串料支出を宗教的活動と判断したことよりさらに明確に,その目的が宗教的意義をもち,その効果が宗教に対する援助,助長,促進又は圧迫,干渉等になると認めるべきであって,これによってもたらされる被告国と宗教法人靖國神社とのかかわり合いが,わが国の社会的・文化的諸条件に照らし相当とされる限度を超えるものといえるので,憲法20条3項の宗教的活動にあたるというべきである。

____イ 被告らの主張

 本件参拝は,内閣総理大臣の職務行為として行われたものではなく,小泉が,私人の立場で行ったものである。したがって,本件参拝は,憲法20条3項所定の「国及びその機関」が宗教的活動を行った場合にあたらないから,憲法20条3項に違反することはない。

第3 当裁判所の判断

__ 原告らについて

 証拠(甲23,24,26,35,41の1ないし5,甲43の1ないし3)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

___(1) 原告aについて

 原告aは,戦没者(父)の遺族であり,浄土真宗の僧侶であって,かねてから国家によって戦没者が「英霊」として称えられることは,再び戦没者の「いのち」がおとしめられることであると強く訴えてきた者であり,また,戦病死した父が靖國神社に祀られていることに対して,深い屈辱を感じており,数年にわたり,宗教法人靖國神社に対して霊璽簿から父の名前を削除するように要請してきた者であるところ,本件参拝により,国家がその都合で死者を意味付けし,国のために死ぬことが「至高の価値」であることを復活させようとしているものと受け止め,本件参拝に対して,激しい怒りと屈辱の感情を抱いた。

___(2) 原告bについて

 原告bは,戦没者の遺族であって,昭和55年,西山短期大学専任講師になり,平成4年,助教授になり,この間,浄土真宗大谷派教学研究所嘱託を平成3年まで努め,昭和60年の中曽根康弘首相(当時)の靖國神社参拝に関する訴訟をきっかけに結成された「真宗大谷派反靖国全国連絡会」の事務局を担当し,以来,政教分離原則に関連する訴訟を中心に数々の人権に関わる市民運動にかかわってきた者であるところ,本件参拝により,国家が靖國神社という特定の宗教を勧奨し,自己の信仰や信条に干渉したものと受け止め,本件参拝に対して,怒り,憤り,不快又は不安等の感情を抱いた。

___(3) 原告eについて

  原告eは,戦没者の遺族ではないが,朝鮮が日本の植民地であった時代に,その両親が日本の京都府に働きに来ていたため,その地で生まれ育った。原告eは,終戦後も日本に留まったが,戦前戦後を通じて,民族差別を受け続けたと感じており,また,民族差別の原因の根本は,戦前の日本の天皇制国家,すなわち,天皇を頂点として社会の底辺の隅々に至るまで人間に上下関係を作り上げてきた社会や民族間にも日本人と朝鮮人や他のアジア諸民族に上下関係をつける思想にあると考え,日本が戦前の植民地支配から今日に至るまでの過ちを認め,謝罪しなければ,人間として対等な関係を築きあげて行くことができないとの考えをもつ者であるが,本件参拝により,国家が民族差別を謝罪するどころか,これと反対の行動をとり,民族差別をなくし,
共に生きて行こうとする朝鮮人の願いを踏みにじるものであり,朝鮮人の心情を愚弄するものと受け止め,本件参拝に対して怒りや憤りを抱いた。

___(4) 原告cについて

  原告cは,戦没者(父)の遺族であり,日本政府が戦死した父についてその生死さえ知らせず放置していたことに対して怒りを覚えた上,父が日本の軍国主義の象徴である靖國神社に合祀されていることに対しても強い憤りの念を抱き,合祀撤廃を求める訴訟を提起した者であるが,本件参拝により,強制的に徴用された父を含む韓国人がすべて日本のために命を捨てたものと意味づけられ,日本は侵略戦争を反省せず,今後も再び過ちを犯す危険があるということを意味するものと受け止め,本件参拝に対して怒りや憤りを抱いた。

___(5) 原告dについて

  原告dは,戦没者の遺族であり,太平洋戦争韓国人犠牲者遺族会の会長であるが,かねてから靖國神社が戦没者を無断で「英霊」として合祀していることに対しても強い憤りの念を抱いていたところ,本件参拝により,強制的に徴用された韓国人戦没者がすべて日本のために命を捨てたものと意味づけられ,多くのアジアの民族を犠牲にした侵略戦争を正当化するものと受け止め,本件参拝に対して怒りや不安を抱いた。
__
 争点(1)(抗告訴訟の要件の具備)について

___(1) 抗告訴訟の要件

 本件差止請求及び本件違憲確認請求に係る訴えは,公権力の行使に関する不服の訴訟,すなわち抗告訴訟として提起されたものであるが,差止請求訴訟や行為の違憲確認訴訟という類型は,法定されている抗告訴訟の類型にはあたらないのであるから,法定されている抗告訴訟以外の抗告訴訟(無名抗告訴訟)として提起されたものといえる。

 抗告訴訟は,「行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟」をさす(行政事件訴訟法3条1項)ので,抗告訴訟においては,当該処分や行為等が「公権力の行使」に該当することが必要である。

 ここに,行政事件訴訟法3条1項所定の「公権力の行使」とは,行政庁の法令に基づく行為のすべてを意味するものではなく,公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち,その行為によって,直接国民の権利義務を形成しまたはその範囲を確定することが法律上認められているものをいうと解すべきである(最高裁判所昭和39年10月29日第一小法廷判決・民集18巻8号1809頁)。
 
___(2) 本件参拝が「公権力の行使」に該当する行為といえるか。

 本件参拝は,小泉が前記第2の2(2)に記載する態様で参拝したものであるが,これが内閣総理大臣の資格で行ったものであるか否かにかかわらず,およそ内閣総理大臣が靖國神社に参拝する行為は,法令に基づく行為ではなく,その行為によって,直接国民の権利義務を形成しまたはその範囲を確定することが法律上認められているものではないから,本件参拝行為あるいは内閣総理大臣が靖國神社を参拝する行為は,単なる事実行為にすぎず,いずれも「公権力の行使」にあたらない。

 なお,原告らは,本件参拝は原告らの「戦没者が靖國神社に祀られているとの観念を受け入れるか否かを含め,戦没者をどのように回顧し祭祀するか,しないかに関して(公権力からの圧迫,干渉を受けずに)自ら決定し,行う権利ないし利益」を侵害する行為であるから,「公権力の行使」にあたると主張するが,そもそも後記3のとおり,本件参拝が原告らの何らかの法的権利ないし利益を侵害したものとはいえないし,内閣総理大臣の参拝行為によって直接国民に損害賠償請求権が発生することを定めた法律の規定はないから,原告らの上記主張は採用できない。

___(3) 小括

  したがって,本件参拝行為あるいは内閣総理大臣が靖國神社を参拝する行為は,いずれも行政事件訴訟法3条1項所定の「公権力の行使」にあたらないので,本件差止請求及び本件違憲確認請求に係る訴えは,抗告訴訟の要件を具備しない不適法な訴えというほかない。

__ 争点(2)(訴えの利益の有無)について

 上記2のとおり,本件訴えは,そもそも抗告訴訟の要件を具備しない不適法なものであって却下すべきものであるが,念のため,争点(2)(訴えの利益の有無)についても検討を加えることとする。

___(1) 本件参拝が原告らの法的利益を侵害したか否か

 法的権利性と侵害の有無

 原告らは,本件参拝により,原告ら各自の「戦没者が靖國神社に祀られているとの観念を受け入れるか否かを含め,戦没者をどのように回顧し祭祀するか,しないかに関して(公権力からの圧迫,干渉を受けずに)自ら決定し,行う権利ないし利益」が侵害されたと主張する。

 しかし,人が,自己の信仰生活や戦没者回顧の在り方を決定する行為の静謐を他者の宗教上の行為によって害されたとして,そのことによって不快の感情を持ち,そのようなことがないよう望むことのあるのは,その心情として理解できるところではあるが,このような宗教上の感情は,法律上保護された具体的権利ないし利益とは認め難いから,上記のような宗教的感情を被侵害利益として,直ちに損害賠償を請求する等の法的救済を求めることはできないと解すべきである(自衛官合祀最高裁判決)。また,下記イで述べるとおり,本件参拝によって原告らの権利ないし利益が侵害されたものということもできない。
____イ 原告らの主張する憲法上の根拠

_____(ア) 憲法20条3項について

 原告らは,憲法20条3項により,「戦没者が靖國神社に祀られているとの観念を受け入れるか否かを含め,戦没者をどのように回顧し祭祀するか,しないかに関して(公権力からの圧迫,干渉を受けずに)自ら決定し,行う権利ないし利益」が保障されていると主張する。

 憲法20条3項は,「国及びその機関は,宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。」と規定する。この規定は,国家の制度として,国家と宗教との結合を禁止する法原則を定めたもの,すなわち政教分離の原則を定めたものと解される。この政教分離の原則は,国家機関に対し,一定の宗教上の行為を禁止することによって,国家と宗教との分離を制度的に保障し,もって,信教の自由を間接的に保障しようとするものであって,この政教分離の原則は,これを国民個人に対する具体的権利として保障したものではないと解すべきである(津地鎮祭最高裁判決,自衛官合祀最高裁判決,愛媛玉串料最高裁判決)。

 原告らは,憲法20条3項は,政教分離に関する制度的保障の規定であり,かつ人権規定でもあると主張する(龍谷大学法学部のg教授も,同様の見解をとっており,愛媛大学教育学部のh教授も,おおむね同様の見解をとっている〔甲39,45,48〕。)。しかし,憲法20条3項を人権規定と解する根拠が明確でない上,人権としての政教分離の具体的内容がいかなるものか,政教分離を人権と解した場合にそれが信教の自由とどのような関係に立つのか,信教の自由とは異なった独自の人権性はどのような点に認められるのかなど不明確な部分が多くの場面で存在する。信教の自由の保障をより広範に,かつ確固たるものにしようとする原告らの上記主張の意図は十分理解できるものの,かかる解釈には不明確,不確定な部分が残るため,当裁判所
の採用するところではない。

 よって,憲法20条3項により,直接的に原告ら主張の権利ないし利益が保障されていると解することはできない。

_____(イ) 憲法19条,20条1項前段について

______a 憲法20条1項前段は,「信教の自由は,何人に対してもこれを保障する。」と規定する。

 この信教の自由は,国家から公権力によってその自由を制限されることなく,また,いかなる不利益をも課せられないとの意味を有するものであり,国家によって信教の自由が侵害されたといいうるためには,少なくとも国家による信教を理由とする不利益な取扱い又は強制・制止の存在することが必要であり,それ自体が不利益な取扱い又は強制・制止にあたらないが,人によっては圧迫感や不快感を感じることがあるというような態様で,間接的・反射的に一定の影響力を及ぼしたというだけでは足りないと解される。

______b 憲法19条は,「思想及び良心の自由は,これを侵してはならない。」と規定する。

 この思想及び良心の自由は,信教の自由と同様に,国家から公権力によってその自由を制限されることなく,また,いかなる不利益をも課せられないとの意味を有するものであり,国家によって思想及び良心の自由が侵害されたといいうるためには,信教の自由と同様に,少なくとも国家による思想及び良心を理由とする不利益な取扱い又は強制・制止の存在することが必要であり,それ自体が不利益な取扱い又は強制・制止にあたらないが,人によっては圧迫感や不快感を感じることがあるというような態様で,間接的・反射的に一定の影響力を及ぼしたというだけでは足りないと解される。

______c 本件においては,本件参拝によって,原告らが,不快感や憤りを抱いたとしても,小泉が原告らに対し,原告らの信教,思想又は良心を理由とする不利益な取扱いをしたことはないし,原告らに対して一定の信教,思想又は良心を有することを強制又は制止したと認めるに足りる証拠はない。

 なお,原告らは,前記第2の3(2)ア(カ)のとおり,小泉が内閣総理大臣として靖國神社に対して肯定的意味付けをしてこれをマスコミ等を通じて原告らに向けたと主張するが,仮に本件参拝がマスコミ報道等によって大々的に報じられ,その結果,原告らに不快感が生じたことがあったとしても,それが不利益な取扱いや強制・制止にあたらない以上,本件参拝によって,原告らの信教の自由又は思想及び良心の自由が侵害されたとは認められない。

 また,原告らは,前記第2の3(2)ア(キ)のとおり,本件参拝を肯定的に理解する政治権力や社会勢力により,靖國神社の宗旨を批判することを差し控え自粛する「世間全般の雰囲気」が作られ,これにより原告らが靖國神社の宗旨を批判することを自粛せざるを得ない状態になったので,「強制」の要素があると主張する。しかし,そもそも,このような「自粛せざるを得ない状態」をもって一定の信教や思想を強制されたとみることは到底できない上,本件参拝等により,靖國神社の宗旨を批判することを差し控え自粛する「世間全般の雰囲気」なるものが作られたこと,原告らが靖國神社の宗旨を批判することを自粛せざるを得ない精神状態に陥ったことを認めるに足りる的確な証拠も存しない。よって,原告らの上記主張は,採用できない。

 以上のことからすれば,本件参拝が原告らの信教の自由又は思想及び良心の自由を侵害したとは認められない。

______d 原告らの主張する「戦没者が靖國神社に祀られているとの観念を受け入れるか否かを含め,戦没者をどのように回顧し祭祀するか,しないかに関して(公権力からの圧迫,干渉を受けずに)自ら決定し,行う権利ないし利益」とは,戦没者をどのように回顧し祭祀するか,しないかに関して自ら決定し,行うことに対して,国家から圧迫,干渉といった間接的な影響さえも及ぼされない利益をいうものと解されるところ,このような利益は,上記a及びbのとおり信教の自由又は思想及び良心の自由が国民の信教,思想又は良心に対して間接的な影響力を及ぼす行為からの自由まで保障しているものとは解し難いことから,信教の自由について規定した憲法20条1項前段や思想及び良心の自由について規定した憲法19条によって保障されるとは認め難い

  なお,g教授の意見書(甲39)には,宗教に対して強制や禁止のレベルではなく,「干渉」のレベルでも保護されるべき利益があり,これを宗教的人格権というが,このような利益が保障される根拠は,個人の自立・自律を支えるものとして信教の自由や精神生活の自由が拡充されるべきであること,宗教が多元化し,個人の価値観も多様化しているという今日においては従来の信教の自由を超えた新たな展開(現代的展開)を考えるべきことにあるとの記載がある。しかし,上記意見書では,強制に至らない程度の「干渉」の段階で保護するべきとする法的根拠が薄弱かつ不明確であり,また,いかなる場合に「干渉」にあたるかという点も不明確なものにならざるを得ないので,意見書の上記記載は当裁判所の採用するところではない。

  以上より,原告らの主張する被侵害利益は,憲法19条,20条1項前段によって保障されているとはいえない。

_____(ウ) 憲法13条について

 原告らは,憲法13条によって上記権利ないし利益が保障されていると主張する。

 憲法13条は,「すべて国民は,個人として尊重される。生命,身体,自由及び幸福追求に対する国民の権利については,公共の福祉に反しない限り,立法その他の国政の上で,最大の尊重を必要とする。」と規定する。
 この憲法13条の幸福追求権は,憲法の人権規定には列挙されていなくても,人格的生存に不可欠な利益を総体として含むものであり,ここから,名誉権やプライバシー権といった個別的人格権等を人権として承認することができると解されている。

 原告らの主張する「戦没者が靖國神社に祀られているとの観念を受け入れるか否かを含め,戦没者をどのように回顧し祭祀するか,しないかに関して(公権力からの圧迫,干渉を受けずに)自ら決定し,行う権利ないし利益」とは,戦没者をどのように回顧し祭祀するか,しないかに関して自ら決定し,行うことに対して,国家から圧迫,干渉といった間接的な影響さえも及ぼされない利益をいうものと解されるところ,このような利益は,信教の自由や思想及び良心の自由でさえも国民の信教,思想又は良心に対して間接的な影響力を及ぼす行為からの自由まで保障しているものとは解し難い上,人格的生存に不可欠なものといえるか否か疑問があり,いまだ利益として十分強固なものとはいえないから,憲法13条によって保障される法的利益とは認め難
い。

 なお,g教授の意見書(甲39)には,宗教が私事として他人の干渉から自由なものとして位置付けられるなら,宗教に対する強制や禁止を超えて「信仰生活の自由」をそこに認めることも可能であり,そのような「信仰生活の自由」は,宗教的プライバシーの権利と同義であり,宗教的人格権として議論されたものに重なるものであるとの記載がある。しかし,上記意見書には「信仰生活の自由」なるものの権利の内容やいかなる場合にそれが侵害されたといえるのかという点が明確に示されていないし,また,宗教に対する強制に至らない段階で保護するべきとする法的根拠も薄弱かつ不明確であるから,意見書の上記記載は当裁判所の採用するところではない。

 以上より,原告らの主張する被侵害利益は,憲法13条によっても保障されているとはいえない。

____ウ 小括

 以上のとおり,原告らの主張する上記利益は,法的権利ないし利益とはいえないし,また,本件参拝によって侵害を受けたともいえないものである。

___(2) 訴えの利益の有無について

    よって,本件参拝が原告らの法的権利ないし利益を侵害するものではない以上,本件各訴えは,いずれも訴えの利益が認められない不適法な訴えというほかない。

第4 結論

   以上の次第で,原告らの本件各訴えは,その余の点について判断するまでもなく不適法であることが明らかであるから,いずれも却下することとし,主文のとおり判決する。


  大阪地方裁判所第3民事部


 裁判長裁判官    村  岡     寛


           裁判官 小  堀     悟

 
           裁判官 辻  井  由  雅